吹雪の夜、いずれ土に還るまで
目が覚めたとき、全てが灰へと塗り替えられていた。私を虐げていた継母も、いじめてきた連れ子も……助けてくれなかった父すらも、全て、全てが燃えて……私の居場所はどこにもなくなった。
誰もいない路地裏で、私は赤い炎を抱えて眠っていた。炎は私を焼かず、ただ暖かな熱を私に伝えるのみ。でも、何かの拍子に燃え移ったのなら、それは数秒もたたずに灰へと変えてしまうのだろう。
だから、ここには私と……この炎しかいない。
雪が舞い降り、口から吐き出す息が白くても、私が生き永らえているのは皮肉にも、この炎のお陰だった。本当に、嫌な皮肉だと思う。
朝早くに体を起こして、ご飯を探し始める。もちろん、こんな私だから、私にパンを売ろうとする人はいない。誰だって、火傷したくはないのだから、当たり前だった。だから、私は路地裏に廃棄されたパンをあさって日々を食い繋いでいた。それでも、満足に食べられるのだから……なにか起こる前に家を出るべきだったのかもしれない。
どこにも行く宛はない、そんなものがあればもう……いや、こんな罪人に助けを求める資格などないのだ。こんな日々擦り切れるような生活を続けて、最後に灰となって人知れず消えることだけが私に望まれた結末なのだから。
こんな生活を続けていると、昔……まだ母が生きていた頃を思い出す。まだあの時は父も私を見てくれたし、誰も不幸にならなかった。それから母がなくなって、いつの間にか継母が家を支配するようになって……恨んだこともあった、でも殺したいわけじゃなかった。どうしてこんなことになっちゃったんだろう。何もわからない。何も知らないから、ただ私が無知蒙昧な化け物でしかないことだけ分かる。罪人はその身を持って償わなければならない。誰にも気付かれず、ひっそりと死に場所を探すことだけが、私の心の慰めだった。
厳しい吹雪だった。家の外はこんなにも凍えるのかと、家に灯された明かりを見てそう思う。私は私の罪をぎゅっと握って縮こまり、この夜を耐え忍ぼうとした。でも、炎は少しずつ弱まり、肌に打ち付ける雪が私の感覚を徐々に奪っていく。ここで死ぬのだろうか、もっとましな死に方をしたかったのに……でも、これが私への報いなのかもしれない。凍える吹雪の夜に、最後、小さな月明かりを見つけたところで意識を失った。
気付いたら、私は知らない天井を見上げていた。久しぶりに木目を見た気がする。あたりを見回すと、路上生活をする前、稀に姿を見たことがある教会の司祭様が椅子の上で寝息を立てていた。暫く寝台の端で司祭の様子を伺っていると、司祭も目を覚ました。彼は吹雪の中で私を保護した旨と、これから教会で働いてもらうと告げられた。
私が困って、暫く頭を悩ませていると、司祭の手がこちらに伸びてきて思わず悲鳴をあげて、身体を引き寄せた。けど、少し司祭の手が私に触れて、驚いて司祭様を見るが、何も起こらない。私はよく分からなくなって、暫く寝台の隅で体を丸めていた。
何が起こっているのか、これがいいことなのか、悪いことなのか、何で今、これも私に課せられた試練なのか……頭がぐるぐる回って、気付いたら震えていた。
少し落ち着いて、あの炎はどこに消えたのかと思い出した。不安はすぐに解消された、寝台から離れた窓際の上に炎がカンテラらしきものの中に閉じ込められていた。暫く眺めていると、司祭様が温かな雑炊を持ってきた。私が口を開いて質問すると、司祭様は安心したように息を吐いて、あれはもう誰かを焼き尽くすことはないだろうと言った。私には何もわからなかった。
それから数年、私は教会で日々の仕事に励んだ。教会の清掃や炊き出しの用意など……時折鋭い視線を向けられても、私は仕事に励んだ。
仕事の傍らで勉強もした、司祭様が私に必要だからと教会に収められたいくつかの本を渡してから、色々なことを学んだ。教養だけでなく、社会のルール、自分のことやあの炎のことも……暫くはもう触れたくないと目を背けていた。でも、あれは私のものだから私が抱えなければならない罪だから……私は受け入れることにした。もうカンテラから炎は出さないけれど、それでいいと思っている。カンテラの炎は明るく、暗闇を照らす……でも、もう誰かを燃やすことはさせない。
それから、司祭様がなくなった。正確に言えば、天涯を全うした。穏やかな表情を見て、私も今際の際にそう思えたらいいなと思った。私を拾って十数年……私はこの教会を引き継ぎ、司祭となった。その頃には誰も、私を見る目は少しずつ変わっていた。いや、そもそも私のことなんて社会はもう覚えてもいないのだろう。だとしても、私は……この罪を背負い続けなければならない。多くの人は真面目に生き、人を傷付けることはあっても罪を犯すことはない。
私は少なくとも、そのあり方がとても良いもののように思う。この極寒の氷雪の地で、人々が生きるには助け合うことが必要であり、それは約束でもあった。人々は互いに生きるために約束を交わす。綺麗事でもなく、必要なことだから。助けるから助けられる、相手を縛らないから自分も縛らない。そんな単純な約束。
私はそんな約束を守りたいから、今日もまた教会の仕事に励む。