8.スターライトキャスター
第一階層の人の動きを見極め、衝突を回避しながら最短ルートで下へ続く階段へ向かう。
第二階層はだだっ広い草原だ。地下にこんな場所があって階段で行けるという理不尽に、最初はみんな戸惑った。ここも危険なモンスターはあまりいない。週末にはキャンプみたいに行楽で家族連れが来ることもある。
第三階層からは、もしかすると危険なモンスターが出るかも。けど、俺の敵ではない。階段の位置もわかっているから、俺は迷路のような洞窟を走り抜けていく。
第五階層で小さな洞窟ウサギと遭遇。よせばいいのに俺に飛びかかってきたから、剣で払いのける。壁に当たった洞窟ウサギは首を折って死んだ。
ドロップはウサギ肉。貰っていくか。肉はいくらあっても良い。
第八階層で、またモンスター。通路上に、成人男性サイズの骸骨が立っていた。手には、俺が持ってるのと同じような剣。
俺を見つけた骸骨、スケルトン兵は剣を振り上げ襲いかかってきた。その一撃を難なく避けて、懐に入って体当たり。骨がガラガラと崩れ落ちていく。頭蓋骨を剣で貫いて殺しておく。
軍隊として出てきたら厄介ではあるけど、一体だけなら雑魚だ。ドロップは鉄の剣。
レアドロップではないけど、これも貰っておこう。
そのまま走りを再開して、俺はガレージにたどり着いた。
仕事場。そして俺が寝泊まりする普段の生活の場だ。
扉を開けるのと同時にストップウォッチを止める。タイムは。
「新記録だ……」
イレギュラーな挑戦だったけど、これまでの最短記録が出た。
なんでだろう。仕事をして体が温まってたとか?
「おかえり、克也。おめでと。やっぱり知り合いの女の子とダンジョンで会えたから気合い入っちゃったかな?」
「ただいま。そんなのじゃないから」
ただのクラスメイトで、それ以上の接点はこれまでなかったし。けど桃香は、ニヤニヤとからかうような笑みを向けていた。
「ほら。オーク肉とウサギ肉。今夜の晩飯にできるか?」
「おー。焼き肉にしちゃう?」
「うまそうだ」
ガレージの奥。キッチンとして使っているスペースまで、手に入れた肉を持っていく。
「じゃあ、夕飯作っちゃいますね」
「はいはい」
「克也も昔みたいに、ももねえって呼んでいいのよ?」
「呼ばないから」
「えー。あ、そういえば会長からメッセージがあったわよ。電話しろって」
「親父から?」
会長とは、株式会社D-CASTの親会社でもある、大手動画配信・投稿サイト運営会社を中核とするグループ企業のトップ。
そんなお偉いさんが、一介の高校生でD-CASTのバイトでしかない俺に、なぜ連絡を取るのか。
会長の名前は折付克彦。俺の父だからだ。
「話したくない」
「そう言わないの。わたしの顔を立てると思って」
「桃香の体面は関係ないだろ」
「関係あるわよ。わたし、克彦のお目付け役なんだから。それも会長直々に任命された」
「わかってるよ。まったく」
キッチンに向かっていく桃香を見ながら、スマホで電話をかける。
「もしもし親父?」
――――
ダンジョンの最寄り駅から三駅。そこから徒歩五分。
灯里が所属する芸能事務所、スターライトキャスタープロダクション、略してスタスタの社屋はそこにあった。
大企業という程ではなくても、五階建てビル一棟を丸々所有しているのだから、それなりに大きな会社だ。
芸能人事務所とは言いつつ、名前の通り所属しているのは動画配信者ばかり。Dキャスター以外にも、ダンジョンとは無関係に動画をあげてるインフルエンサーも多く所属している。
みっぴーはDキャスター部門ではトップの稼ぎをもたらしていた。それも過去のことだけど。
「あー。気が重い。帰りたい」
「お姉ちゃんそれ何度目?」
「わかんない」
ダンジョンからここまで、計十回は言ってる気がする。けれど逃げるわけにもいかず事務所に入る。
エントランスにみっぴーの等身大パネルが飾られていて、憂鬱な灯里を出迎えていた。等身大と言っても、本物より少し細身に写真を加工している。たぶん顔も美人に見えるよう修正してるようだ。
灯里を出迎えた者はもうひとり。
「冴子さん……」
「こちらへ。社長がお呼びです」
こちらを睨むように仁王立ちしている女。目つきが鋭く、灯里に怒りを向けてるらしい。
社長秘書の冴子さんだ。二十代の半ばくらいで、まだ若い。けど社長に気に入られて秘書として働いている。
愛人関係って噂もあるけど、本当かな。
冴子に連れられて、灯里と葵は五階の社長室まで向かった。その間の廊下にはたくさんのポスターが貼られている。所属タレントの仕事関係のものだ。
みっぴーのもあった。数日中に剥がされるのかな。
社長室は社屋の最奥にある。灯里も入ったことはほとんどない。
「葵は外で待ってて」
「いいの? お姉ちゃんだけで大丈夫?」
「大丈夫じゃないけど、たぶん大丈夫」
「意味わかんない。てか、そこは嘘でも平気って言ってよ」
「あははー。頼りないお姉ちゃんでごめん」
社長室の前で葵とそんなお喋りしてたら、冴子がまた睨んできた。うん、早く入らないとだよね。嫌だけど。