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62/62

62.配信はこれからも続く

「いやいやいや!」


 灯里が真っ先に声を上げた。


「お金持ちと恋人なんだったら、最初からハイパーポーション用意してって言えば良かったじゃん! わたしたちダンジョンで働く必要なかったし!」

「ええ。苦労かけたことは謝るわ。けど、まだ夫になってない人からこんな大金はもらえないって、わたしから断ったの。もらったら結婚した後の力関係に影響する。連れ子になるあなたたちにも迷惑がかかるわ」


 夫に頭が上がらなくなるとか。連れ子である灯里たちも、継父やその息子である俺に逆らえなくなるとかの心配があったらしい。


「克也。お前が灯里ちゃんたちとダンジョンで出会ったのは幸運だった。私たちにとってもチャンスだったんだ。お互いの子供たちが良好な関係を築けて、しかも自力でハイパーポーションに手が届く稼ぎを得られるかもしれなかったから」


 だから、灯里と提携をしろと指示したのか。

 全ては再婚後の円満な家庭のため。


「待ってください! 克也さんと出会った時、わたしもお姉ちゃんも死にかけてたんですよ!」

「そうですよ! 怖かったんですから!」

「てか! お母さんも割と酷いこと言ってるし! 結婚する予定の相手との力関係って! そんな心配しなきゃいけないほど信頼ないのこの人のこと!?」

「そうだよ! 葵の言うとおりだよ!」

「も、もちろん信頼してるわ。けど、お金が絡むとどうしても。克彦さんだけじゃなくて、息子さんとの力関係も」

「またそれ! 力関係ってなに!? てか普通に克也さんに失礼なんだけど!?」

「そうだよ! 克也はいい人だよ!」

「家族になるんだったら! それくらいの厚意は受け取ってよ! 遠慮があるなら他のことで返せばいいじゃん!」

「そうだよそうだよ!」

「お姉ちゃんも! そうだよ以外になんか言ってよー!」

「ぎゃあああ! なんでわたしに怒るの!?」


 葵に胸ぐらを掴まれた灯里が苦しげな悲鳴をあげた。


「そ、そうね。葵の言うとおりね。遠慮しすぎちゃったかもしれないわ。ごめんなさい。でも、もう心配はない。克也くんとも仲良くやれてるみたいだから。……わたしたちの再婚、認めてくれる?」

「絶対に認めない!」


 瞬時に拒絶する葵だけど、表情は笑っていて。


「どうしてもって言うなら、この子を養子として引き取るって約束して!」

「わ」


 陽希の体に背後から抱きつきながら言った。

 他人の家庭の問題で自分には関係ない話と思っていた彼も、突然話題に出されてかすかに驚きの声を上げる。


「この子、親が死んだからどこかで引き取らないといけないの。うちの養子にするなら再婚を認めてあげる! お姉ちゃんもそれでいいよね?」

「え? うん! いいよ! 陽希くんかわいそうな子なんだよ!」

「そ、そうか。それはいいけど……」

「なんというか。葵? その男の子と距離が近いというか……」

「ねえ陽希知ってる? 養子と実の子供って、普通に結婚できるんだよ?」

「うん」


 耳元で囁かれた陽希は静かに頷いていた。喜んでいるのか困惑しているのか。その内面を伺う術は俺にはない。


「ま、まあ。陽希くんを引き取るのは構わない」

「そうね。後のことはゆっくり話しましょう」


 娘の思わぬ成長に、大人たちは困惑するばかり。


「か、克也。お前はどうだ? 父さんたちの再婚、認めてくれるか?」


 俺にチャンスがどうとか言ってきた無慈悲な経営者ではなく、ひとりの父親として俺に尋ねた。


 そうだな。


「親父。昨日のことだけどさ。みんなの前で言い切ったんだ。あのクソ親父今度会ったらぶっ殺してやるって」

「な、なんでそんなことを」

「なあ親父。再婚するってことは、そろそろ仕事よりも家庭に目を向けるってことでいいんだよな?」

「そうだ。これからは父親として、家庭を大事にしようと思う」


 今更かもしれないけど、変わろうとするのは立派だ。


「それに免じて、一発殴るだけで許してやるよ」


 次の瞬間、親父の腹に俺の拳がめり込んでいた。


「う……ぐっ……」


 一撃で病室の床に沈む大企業の会長の姿に、みんな一時無言になった。


「まったく。旦那様。だからいらっしゃるなら先に伝えて欲しいと申したのです。わたしから坊っちゃんを説得することもできたのに。……ですが、いいパンチでしょう?」

「ああ。強くなったな、克也」

「剣を持てば、もっと強烈ですよ? 見ますか?」

「いや、遠慮しておく……」

「いいえ。見るべきですよ。旦那様は彼らの仕事を。それも配信越しではなく直に。会長自ら現場を見れば、ダンジョン産業の今後の発展もスムーズに行くのではないでしょうか。現場主義、大事ですよ」

「わ、わかった。どこかで視察しよう」


 桃香が畳み掛けると親父は怯んだように頷いた。やっぱり桃香も、昨日の決定は腹に据えかねてたんだろうな。


 これで、俺が家庭ってやつを少しは味わえるようになるならいいんだけど。


「いいぜ親父。再婚を認めてやる。ほら帰るぞ。俺の家に」


 あのガレージじゃなくて、本当の家に。親父を起こしながら話しかけた。

 成人男性の体を軽々と持って起こさせたところ、親父は驚いた表情を見せた。


「本当に強くなったな……」


 静かに呟いた。





「こ、これが本物のお金持ちの豪邸……大きい。しかも庭広い……」

「わたしたちの家の何倍あるんだろ」

「…………」


 一時間後、俺たちは自宅の前にいた。俺の家であり、今日からは灯里たちの家でもある。

 灯里たちは想像以上の大きさに呆気にとられているようだ。俺にとっては小さい頃から見慣れた家なんだけど。


 十分すぎる広さがあるから、この人数で住んでも問題はない。俺がダンジョンにいて親父が仕事で帰らない日が多かったから、管理は使用人に任せてしまっていた。

 半ば空き家みたいなものだったけど、これからは違う。


「入ってくれ。使用人が掃除し続けてくれてるから、今も綺麗なはずだ」

「そうだメイドさんいるんだよね!? 使用人!」

「ああ。うちで雇ってるのはメイドがふたりと、庭師がひとり」

「庭師! だからなんか庭が綺麗なんだ。なんか花とか! いっぱい咲いてる!」


 灯里の語彙が終わってる。季節の色とりどりの花を、住人がいつ帰ってきてもいいように庭師が日々整えていたのが見て取れた。


「うわー。玄関広い! リビングもなんか広い! ソファはフカフカ!」

「お姉ちゃん! あんまりはしゃがないで!」

「ここならふたりもいっぱい遊べるね!」

「ギー!」

「ギーギー!」


 広い家にテンションが上がった灯里が満面の笑みで動き回り、一緒に連れてきた子ドラゴンが楽しげにそれを追いかけて、ドラゴンが暴れないようにちびっ子たちがさらに追いかけていた。

 微笑ましい光景。これが家族なのかな。


「いいぞ。もう灯里の家でもあるんだから。好きに使え」

「では遠慮なく!」

「克也さん! ……じゃなくて、お兄ちゃん……かな? あんまりお姉ちゃんを甘やかさないでください!」

「ねえねえ! それで、メイドさんってどんな人なんでしょうか!?」

「わたし。そしてもうひとりは、わたしのお母さんよ」

「桃香さん!?」


 ソファに座りながらの灯里の質問に答えたのは、いつの間に着替えたのかシンプルなメイド服に見を包んだ桃香だった。


「え? ええっ!? 桃香さんがメイドさん!?」

「元々母親が働いてて、それの手伝いをするために桃香も働き出したんだ。で、俺がダンジョンで働くにあたって、お目付け役として転職」

「へー。そんなことが」

「これからは、D-CAST社員と折付家のメイド両方頑張るから、よろしくね!」

「は、はい! よろしくお願いします! あ、そうだ。配信しよっと」

「……なんの?」

「わたしたち、家族になりますってみんなに報告しないとね!」

「報告する必要あるのか? てか、配信はこれからも続けるのか?」

「もちろん! だって楽しいじゃん? これからもわたしたちの仕事はみんなに見せていきます!」


 母の病気は解決した。だからもう、配信を続ける必要はないはず。親父も、もう仕事を配信しろとは言ってこないだろう。


 けど、楽しいからか。理由としては十分だ。


「さあ葵も陽希くんも桃香さんも来て! ドラゴンたちも……後で名前考えないとね! じゃあ……配信スタート!」


 灯里が俺に片腕を回して引き寄せながら、配信ボタンを押した。


「やっほー! あかりんだよー」


 同時に大量のコメントが流れてきた。


『あかりんだー!』

『やっほー!』

『桃香さんメイド服!?』

『てかその背景なに!? お屋敷!?』

『葵ちゃんと陽希くんにお小遣いをあげようねえ』

『お小遣いいるか?』

『小ドラゴンちゃんかわいい』

『ダンジョンの外にいるの新鮮っすね』

『克也さんの活躍は今日はお預けっすか?』

『いや、きっとダンジョン外でも何かすごいことをしてくれるに違いない』


 今日も大量の同接が期待できそうだ。

 確かに楽しいな、配信は。



〈おしまい〉

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

流行り物ということで、思いついたので書いてみた次第です。楽しんでいただけたら幸いです。

ブクマや☆評価やいいね。感想やレビュー等いただけたら大変助かります。


いずれ、彼らの冒険の続きを書きたいと思っています。その時にまたお会いできる日を楽しみにしています。

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