60.事件の終わり
同じようなコメントが次々に来る。
『わたしの娘もゾンビに襲われたそうなんです! お願いします! 名前は――』
『父が』
『親友が』
『母が』
『クラスメイトが』
「わわっ! 皆さん落ち着いてください! 克也ー! どうしよう! なんか元に戻った人の知り合いがコメントすごくしてくれるの!!」
声を張り上げると、克也たちが人混みをかき分けてやってきた。
「オペレーター。状況は見てるな? 夜の大規模探索は中止だ。可能な限りの人員をこちらに寄越してくれ。彼らの保護と身元確認を頼む」
『既に人員を向かわせています。おめでとう、すごい発見ね』
克也の呼びかけに、オペレーターはすぐに答えた。それは灯里にも聞こえた。
オペレーターはさらに続けた。
『灯里ちゃん。これはあなたの手柄よ。あなたがホーリードラゴンを殺さないと判断したおかげで、多くの命が救われた』
「わ、わたしの……おかげ。えへへっ」
「それからオペレーター。俺たちは一旦ガレージに帰る。俺たちで保護しなきゃいけない相手がいるから」
『了解。すぐに、十二階層に駐留してる人員が来ます。引き継いで、早く帰ってください』
「えっと。保護しなきゃいけない相手って?」
「お姉ちゃん、これ」
葵と陽希がそれぞれ、小さなホーリードラゴンを抱えてやってきた。
懐いているようで、子供たちの体に寄り添っているようだった。
そうだよね。これはわたしたちで守らないと。
「来たわね、頼れる同僚たちが。じゃあわたしたちは帰りましょうか。楽しい我が家に」
「はい! あ、そうだ。配信終わらせる挨拶しないと」
一部始終を配信してたけど、今日はここで終わり。画面に自分が映るようにして、見たことのない同接数に驚きながらも語りかける。
「改めまして、あかりんです! 今更ですが、さっきはフライングしてハイパーポーション手に入れようとしてごめんなさい。でも、思ってもみない結果になってしまいました。わたしたちが会社の方針に逆らったことは事実なので、これからどうなるかわかりません。みんなから怒られることをしたのも事実です。でも、これからもわたしたちを応援してくれると嬉しいな。ではではー」
配信を切る直前に見たコメント欄は、応援が多いみたいだった。
――――
無事にガレージに戻った俺たちに、オペレーターから状況が逐一伝えられた。
D-CAST職員たちは驚くほど速やかに目的地まで到達し、彼らを地上まで送り届けているそうだ。
職員だけではなく探索者たちが大勢協力して、帰り道のルート上のモンスターたちを積極的に排除して安全を確保しているという。
みんな、俺たちのフライングを見てダンジョンに押しかけた人たちだ。
ホーリードラゴン以上に珍しい事件の当事者になれたことを喜び、我先にと配信を始めて視聴者数を稼ぎながらモンスター退治や元ゾンビたちの護衛に励んでいる。
楽しそうでなによりだ。俺たちのフライングは、少なくとも世論としては許されたんだと思う。
ルイスの死亡が正式に確認された。ホーリードラゴンの子供に殺されたからゾンビ化するわけもなく、もちろんそこから人間に戻されたわけでもなく死んだ。
ホーリードラゴンが死に際に放った光はすべての傷を塞ぐそうで、ルイスの火傷の跡は完全に消えていたそうだ。だったら綺麗な死に顔だったかといえばそうでもなく、目を食い荒らされていたから瞼が完全に塞がった奇妙な顔になっていた。
「もう。やりすぎちゃ駄目だからね」
「ギー!」
「あ! 待って! わたしまで襲ったりしないで!」
「ギー……」
「う、うん。いい子いい子」
ホーリードラゴンの子供の飼い方なんかわからないから、とりあえず毛布に包んだ二匹に話しかける灯里。一応、飼い主として頑張ろうとしてるんだと思う。大人しくなった背中を撫でている。
「そういえば、ゾンビから元に戻った社長も死んでたよ」
「ああ。あの秘書もゾンビ化から戻ったけれど喉が欠損していたから死体として発見された」
それ以外に死亡が確認された元ゾンビは確認されていないと聞いている。
ルイスが引き連れていた男たちも全員無事だ。大怪我した者もいたけれど、それもホーリードラゴンのおかげで完治した。
彼らは俺たちと同じくフライングでホーリードラゴンを狩ろうとしただけで、特にお咎めがあるわけじゃない。視聴者のヘイトもルイスひとりに集中しているし、彼らが今後大人しくしているならば、大きな非難を浴びることはないと思う。
現場の様子では、彼らもこんなことは二度としたくないと考えている様子。身の丈にあった活動をするようになるはずだ。
しかも、所属していたスターライトキャスターという会社は潰れる可能性が高くなったと聞くし。
所属タレントに無茶なダンジョン探索をさせたことに、行政がついに動いて立ち入り指導することになったらしい。
社長もおらず、稼ぎ頭のキャスターも死んで、他にも契約解除するタレントが相次いでいる。
遠からず解散するはずだというネットの書き込みは多い。
それからもうひとつ。ホーリードラゴンの動画が世界中に拡散されているらしい。
ダンジョンは世界中にある。今までダンジョンに入る誰もが、モンスターを倒すべき敵としてしか認識していなかった。
しかし生物的特性と、生物としてもあり得ない特性を見せたことで、にわかに研究対象としての需要が高まったそうだ。
モンスターを家畜化して資源を効率よく手に入れるだとか、他のモンスターにも隠された特性があってなにかに利用できないかだとか、そんな視点で見る者が多く出てきたそうな。
ダンジョンとモンスターを人々がどう認識するか。今日は、それが大きく変革した記念日になるのかも。
そんな、世界が大騒ぎした一日でも、時間はしっかり流れる。ガレージの中は静かだし、そこでのんびり過ごしていても腹は減る。明日、俺たちは学校に行かなきゃいけない。二日連続のズル休みは避けたい。
俺たちはいつものように五人で飯を食って、それぞれの場所で寝て一日を終えた。
翌朝。
「配達でーす。折付克也さんに」
ガレージの外でそんな声。ダンジョン内デリバリー担当の社員が、応対に出た俺に小包を渡して去っていった。
朝からご苦労なことだ。なんだろうと小包を開けると。
ハイパーポーションが入っていた。