6.ワープはこんなスキル
ダンジョンに初めて足を踏み入れた者は誰でも、何かひとつスキルを手に入れる。ダンジョン内でのみ発動させることができる特殊能力で、外では使うことはできない。
ダンジョン内で見つかる、外でも機能を果たすアイテム類とは対照的と言える。
その種類は多様で、どれだけあるのかは解明されていない。
危険なモンスターに遭遇した際には己の肉体と持ってきた装備以外では、スキルこそが戦う術となる。
他に使えるものは、ダンジョン内に時折出現する宝箱の中身や、モンスターを倒した時にドロップするアイテムや追加スキルくらい。俺の回復スキルも宝箱由来だ。
葵のように、光り輝く弓と、そこから光る矢を無制限に放つことができる"光る矢"のスキルは戦闘用の定番スキルといえる。
戦闘用ではない、灯里のワープみたいな補助用スキルも多く存在する。
『ワープスキルってレアだよな』
『どんなスキルなんだ?』
「えっとねー。ダンジョン中のあちこちにワープポイントがあるんだよ。ひとつのポイントから行けるポイントは複数あるけど、全部のポイントに行けるわけでもない。でも行き来できるって能力です」
『へえー』
『ワープポイントなんて見たことない』
『あかりんには見えてるの?』
「見えてる見えてる。アプリの地図にも表示されてるよー。わたしにしか見えないらしいけど。ここがワープポイント」
灯里が止まった場所は、洞窟内の何の変哲もない地面。
「一緒にワープさせられるのは、わたしに触れてる人、さらにわたしがワープさせるって意識してる人。つまり、百人を一気にワープとかは無理です。五、六人なら問題ないよー」
灯里が俺に差し伸べた手を握る。もう片方の手は配信用スマホを持ったまま。葵は慣れている様子で、姉の腰に抱きついた。
「ワープ」
一瞬後には周囲の風景が変わっていた。
『おおー!』
『すげえ!』
『どこでも行けるじゃん!』
『ダンジョン最下層まで行けるん!?』
「そこまで便利じゃないです。別の層に行くための階段の隣には必ずポイントはあるけど、層をまたいでのワープは無理。ポイントの間は自分で移動しなきゃいけない。未探索エリアにどんなポイントがあるかは当然知らないし、そこにワープすることもできない」
決して万能ではない。けれど、それぞれのポイントから行ける場所を把握していれば、移動は大幅に短縮できる。ある程度自由にダンジョン内を動き回れる。
実際、唯が言った通りの回数のワープで、ガレージから十数メートルしか離れていない地点までたどり着けた。
「あ、一応ここからは従業員の私室で社外秘なんだよ。壁しか映さないとかなら問題ないだろうけど」
「そうなんだね! じゃあ配信はここまでかな! 今日は色々あって大変でした。みっぴーさんについては、この後会社に報告します。よかったらわたしのチャンネルに登録してくれると嬉しいな! じゃあ、またね!」
「お姉ちゃん、間のとり方が悪いよ。お別れする時も、ちゃんとみんながお別れのコメント打てる間を作らないと」
「妹が厳しい!?」
「お姉ちゃんがバズった時のために予習してたんだから」
一方的に言いたいことを言って配信を切った灯里に、葵がダメ出しをした。姉を思ってのことなんだろうけれど。
「桃香ただいま」
「おかえり。おー、灯里ちゃんに葵ちゃん。いらっしゃい」
「お邪魔します!」
「お邪魔します、桃香さん」
またも机に向かって作業中だった桃香が手を振る。灯里と桃香が揃って頭を下げた。
「灯里ちゃん配信見たよー。一気にインフルエンサーの仲間入りだね!」
「あ。はい。ありがとうございます!」
「コーヒー飲む?」
「はい! ちょうど喉が乾いてみゃあっ!?」
「お姉ちゃん? こういう時は遠慮するものだよ?」
「だってー」
妹にお尻を叩かれながら、再度ダメ出しをされていた。
「みっぴーって人、かなり人気者だったらしいねー。ほら、あちこちで追悼スレが立ってる」
「ですよねー。うちの事務所のトップと言っていいキャスターですから」
「そうなんだ。灯里ちゃんも事務所にいたんだ」
「はい。スターライトキャスターっていう事務所」
「地下に潜っていく配信なのに、星か」
「まあそれは、イメージというか。人気者っていう意味のスターっていうか。コラボ案件も会社の命令です。まあ実際は、ワープスキルで目的地まで楽に行くのが目当てだったんだと思いますけど」
インフルエンサーに都合よく使われる底辺Dキャスターか。
「ねえ見てよ。みっぴー追悼掲示板」
俺の興味ない話題だと知っているはずなのに、桃香がスマホの画面を見せてくる。
『俺たちのみっぴーが』
『信じられない』
『R.I.P.みっぴー』
『とりあえず今夜は、みっぴーのアーカイブ見ながら酒飲むわ』
『俺もそうする』
『Me too』
『俺は既にそうしてるぞ』
『俺も。けど、なんか変なんだよな』
『なにが』
『なんで俺、こんな女に夢中になってたんだろう』
『おい。今それ言う事か』
『いやさ。配信アーカイブ見てると、時々この子舌打ちとかしてるんだよな』
『いきなり何言い出すんだ』
『みっぴーがそんなことするはずないだろ』
『いや。俺も見た。ってか、俺のコメント読み上げてすげえ嫌そうな顔してる所見つけちまった』
『なんだよそれ』
『あ、俺も見つけた』
うん? なんか流れ変わってきたな。