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59.ホーリードラゴンの最期

 ドラゴンとゾンビに挟まれて逃げ場もない。ただし、向こうも拳を振りかぶれるほどのスペースはない。

 それに、ルイスという奴はそれなりに鍛えてはいたらしいけど、俺ほどではなかった。シルバーリングのついた拳を、俺は難なく手のひらで掴んで受け止めた。その上で。


「エンチャント・(フレイム)


 俺のスキルは武器ならば何にでも属性を付与できる。触れていれば、たとえ敵がはめているメリケンサックでも。


 シルバーリングが急激に熱を持ち、ルイスの指と俺の手のひらを焼いた。


「あ゛っづ!? あだっ!? は、離せっ!」

「断る!」

「おまっ! お前のっ! 手も!」

「だからどうした!?」

「ああああっ!」


 指を焼かれる感覚に悲鳴を上げるルイス。十数秒ほど焼いた後、ようやく離した俺は次に奴の首に手を伸ばす。

 首にかかっているチェーンアクセサリーにも、炎を付与。ルイスの首をぐるりと囲むように炎が上がり、首と顔を焼く。もちろん俺の拳も同様だ。


「ぎゃぁぁぁ! 俺の! 俺の顔がっ!」

「喋るなよ炎を吸い込むぞ」

「やめろー!」


 両腕を振り回して逃れようとするも、その腕をゾンビの一体が掴んで止めた。

 他のゾンビはドラゴンに手を伸ばすだけなのに、ゾンビの一体だけが特異な行動をしていた。


 見覚えのある顔だ。ルイスの事務所の社長秘書だった女のゾンビが、噛み千切られた喉の血の跡を見せつけながら、ルイスに抱きつこうとする。

 ゾンビは生前の記憶に基づいた行動をすることがある。

 同じ会社の所属だし、なにか関係があったのだろうか。俺にはわからないことだけど。


 秘書の目はタオルで隠していたのだけど、それが解けて彼女は視界を取り戻した。時間経過なのか、それとも外的要因があったのかな。

 そういえばさっき弾き飛ばしたルイスの剣が、この女の顔を掠めた気がする。それで知り合いであるルイスを見つけて近づいたというわけ。


「離せっ! お前なんか好きじゃない!」


 唇の無い口を近づけてくる秘書の足をガンガン蹴り、ルイスは逃れようと必死で暴れた。

 その甲斐あって、なんとか秘書を引き剥がすことに成功。勢い余って倒れ込んでしまった。


 さっき殺意を向けていた、小さなドラゴンの前に。


 ホーリードラゴンは大人しいモンスターだ。しかし敵と味方の区別はつくし、敵には容赦しない。


「あ、ああ……ひゃめろ。ひゃめへくへ……」


 頭部に大きな火傷を負って話すことも満足にできないルイスの命乞いを聞く理由もない。

 焦げ臭い彼の顔にドラゴン兄弟が噛み付いて、食い散らかした。


 ルイスの体がビクビクと痙攣してから、動かなくなった。



 その様子を見ながら、俺は焼けただれた自分の右手に意識を向ける。


「ヒール」


 失われていた右手の感覚がだんだん戻っていくのがわかる。

 回復スキルを持っているから、多少の無茶はできるし元に戻せる。でも、さすがに熱かったな。できればやりたくはない。



 ルイスが死ぬのは想定外だったけど、決着はついたらしい。

 男たちがゾンビをかき分けようとしたりスマホに語りかける姿は見えず、葵も肩車から降りるところだった。


 ふと、視線を感じた。ドラゴンが片目でこちらを見ていた。


 優しい目を向けたその目が、ゆっくり閉じていく。最後に感謝を伝えたのだろうか。寿命を全うさせてくれた俺たちに。


 ドラゴンの命の灯火が消えるのがわかった。


 次の瞬間、あたりが眩い光に包まれた。



――――



「え? なに? 何が起こったの!? 葵! みんな! 無事!?」


 ゾンビが群がるホーリードラゴンの体が急に発光して、目を開けてられないくらいの明るさが周囲を満たした。

 光はすぐに消えて、あとに残ったのはピクリとも動かなくなったドラゴンの体。


 それから、血色のいい肌をして目に生気を宿した、さっきまでゾンビだった集団。


 彼らは長い眠りから覚めたように、不安げに周囲を見回していた。次に自分の両手を見て、傷を負った箇所を確かめるかのように体のあちこちを触り始めた。

 中には、ここはどこだと周囲のに尋ねる者も。


「まさか。ゾンビが人間に戻ったの? そんな。ありえない」


 桃香が呆然とした様子でつぶやいた。


 ゾンビだけではない。さっきバイクと衝突して骨を折ったらしい男は、痛みに悶て地面を転げまわっていたのをやめて恐る恐る立ち上がった。


 痛みが無くなったらしい。怪我が治ったのかな。あの光で。


 光を出したホーリードラゴンは動かないまま、光の粒子となって体を消滅させていく。

 その意味はなんとなくわかった。


「ホーリードラゴンが殺されずに寿命とか病気で死ぬと、その瞬間に強力な回復効果を周りにもたらす。ゾンビも治すくらい強いもの。……てことかしら」


 桃香の推論に、灯里は答えることはできなかった。

 でも、きっとそうだろう。


『奇跡だ』

『やばいものを見た』

『ゾンビ化の治療法が見つかったのか?』

『そうだよ。てか、ホーリードラゴンは死ぬことをわかってて、ゾンビを自分の周りに集めたんだ』

『治してやるためにか?』

『マジでそんなことできんの?』

『じゃないと、ゾンビがこんなに集まった理由がない』


 興奮気味のコメントが次々に流れる。

 ホーリードラゴンがゾンビを呼び寄せたのは本当だと思う。


 スターライトキャスターの太った社長の体が横たわっていた。

 体に受けた傷は塞がってるみたいだけど、喉を食いちぎられた状態で回復したから、残念ながらそのまま再び死んだようだ。その目にはタオルが巻き付いて、視界を塞がれている。


 なのに他のゾンビと一緒にここにいるのは、ホーリードラゴンが誘導したからだろう。その方法はわからないけど。


「ホーリードラゴンは死期を悟って、小さな子供たちを守るためにゾンビを集めた。ゾンビも元に戻ることを理由に協力した。ホーリードラゴンとゾンビが意思疎通できることを知れたのは発見ね」

「はい。すごい発見です。ダンジョンのモンスターの見方が一気に変わります」


『あの! その中に俺の弟はいませんか!? 配信中にゾンビに襲われて行方不明なんです! 名前を呼びかけてください!』


 ふと、そんなコメントが流れた。

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