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58.ゾンビの壁

 弱々しい。けれどこの空間全体にしっかりと響いた声。

 それに反応したのはゾンビたちだった。

 俺が凍らせた足元もいつの間にか解けていて、動ける状態になっていた彼らはドラゴンの周りに集まり始めた。


 何が起こっているのかはわからない。肉の壁を作って、ドラゴンが自分を守っているようにも見えた。


「駄目だ! ゾンビ共に囲ませるな! 突っ込め! 殺せ! ホーリードラゴンを殺せ!」


 必死に叫ぶルイスに男たちがすぐさま反応する。


「葵、陽希。ゾンビたちの中に紛れろ」


 ドラゴンの指示によって、ゾンビは人を襲わない。俺たちも、どうやらルイスたちも。

 単に肉の壁になるだけなら、使わない手はない。


 ゾンビたちが密集していく中に紛れ込む。男たちもゾンビをかき分けてドラゴンに近づこうとする。

 武器を振るう隙間なんてない。動きも緩慢。


 ふと横を見ると、陽希が葵を肩車していた。小学生ふたりとはいえ、この体勢ならゾンビたちの中でも上に飛び出ることができて。


「くらえー!」


 ちょっと間の抜けた声と共に、敵のひとりに矢が放たれる。

 正確に肩を射抜いていた。その気になれば脳天に当てることもできただろう。

 痛みと死の恐怖と、小学生に手加減されたという事実に負傷した敵は悲鳴をあげて座り込んだ。


 葵は次々に矢を放ち、敵の肩を使えなくしていく。

 大量のゾンビに阻まれて身動きが取れない中で狙撃される恐怖に、姿勢を低くしてそのまま座り込んでしまう。

 他の男たちは仲間が次々にやられている状況にも、ゾンビの群れのせいで気づくことなく前進しようとして矢の餌食になっていった。


 中には自分の配信に夢中になっている者も。ゾンビをかき分けながらドラゴンに近づいていく状況は絵になるのだろうか。興奮気味に喋っている彼のスマホが矢に射抜かれた。

 彼は悲鳴をあげて逃げていく。ドラゴンとは別方向、ゾンビの群れから抜けて階段の方へ続く通路まで逃げようとしたけど。


「あっ」


 少し遅れてやってきた桃香のバイクに衝突してしまった。肋骨でも折ったのか、体を押さえて悶絶している。かわいそうに。


「ごめんなさい! でも、あなたもスマホ持って配信してる途中だったから……この状況はなに?」


 バイクの後ろに座っている灯里が、ゾンビが群がっている様子に驚きスマホを向けた。


 次に、葵たちのいる方向から男の悲鳴が聞こえた。狙撃してくる葵を潰そうと姿勢を低くしながら苦労して接近したところ、陽希に見つかり大怪我を負ったのだろう。手首を砕かれるとかで。

 哀れ彼は、ゾンビの足元で怪我した箇所を押さえて転がり、ゾンビに蹴られ続けることになった。


 彼らは心配なさそうだ。俺はゾンビの波に乗りながらホーリードラゴンの方へ向かう。

 うずくまっている巨体に、ゾンビたちは手を伸ばしていた。その最前線、ドラゴンとゾンビの境目までなんとかたどり着けた。


 ルイスはいるか? 慎重に姿勢を低くして、矢から逃れながらこちらに来ている可能性はある。


「ごめんな。ちょっと乗らせてもらうぞ」


 ホーリードラゴンが自身の子供を抱えている細い腕に、足を乗せて体重をかける。

 一段高い場所からゾンビの群れを見るけれど、ルイスの姿は見えない。ゾンビがドラゴンに手を伸ばしているのが見えるだけ。


 そのドラゴンはといえば、さっきと比べても明らかに衰弱していた。息も絶え絶えで、今にも死にそうで。


 長くはない。直感した次の瞬間、こっちに向かって振られる刃を目の端が捉えた。


 エンチャントを付与する暇もなかったけど問題ない。俺は自分の剣でこれを払いのけた。


 カランと音がして、ゾンビの群れの隙間から振られたルイスの剣は持ち主の手から離れて、ゾンビの一体の頭を掠めてから地面に落ちた。


 しかしルイスは諦めなかった。ゾンビから抜け出した彼の拳が飛んでくる。咄嗟に剣で庇うと。


 俺の剣が、根本からぽっきりと折れた。


「はははっ! やっぱりそうだ! 君の剣は安物で、しかも使い込まれている! エンチャントを付与すれば武器としての寿命も縮まる。もしかしてと思って殴れば折れてくれた!」


 狭い場所で、ルイスが勝ち誇ったように俺の前に出てくる。

 指にはシルバーリング。メリケンサックの代わりにできるような丸い突起がついている。

 若作りしてると見せかけて、緊急時の武器だったか。首にかけているチェーンアクセサリーまで武器の代わりとは思わないけど。



 悔しいがルイスの言うとおりだ。

 俺のスキルは武器に属性を付与できるってだけ。武器は自前で用意しなきゃいけないし、エンチャントで雷をまとわせたり一気に加熱したり水を出して急冷すれば金属疲労が蓄積する。

 使い捨てだから、スケルトン兵からドロップするような、タダで集まるような剣を使っていた。そして壊れる時期を見誤った。


 武器を失ったルイスは、矢による攻撃を警戒して姿勢を低くしている。故に、その目線が小さなドラゴン二匹を捉えた。


「ほう。これはこれは。ホーリードラゴン一体だけと思ったら小ドラゴンもいるとは。成体のドラゴンは無理でも、子供なら僕の拳でも殺せそうだ。ハイパーポーションふたつ、確実にもらわないとね」


 ホーリードラゴンの子供を見て、にんまりと笑った。

 自身に向けられる殺意に子供たちも睨み返している。けど、守るのは俺の役目だ。


「させねえよ。そいつらも、お前には殺させない」

「はんっ。武器も持ってない癖に生意気な。子供はさっさと帰ってママと一緒に寝てな!」


 それができればどれだけ幸せだっただろうな。


 俺の身の上など知らないルイスが、先に邪魔者を排除すべく殴りかかってきた。

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