57.ウィリー戦法
「仲間? そんな……」
「本当だよ。予備戦力さ。深夜からダンジョン内に入り込ませていた。配信でドラゴン退治をして、僕たちだけでは無理かもと思わせて援軍が登場って演出をするために備えておいたのさ。これはエンターテイメントだからね」
勝ち誇ったような笑みを浮かべて説明するルイス。直後に、少し顔をしかめた。
「僕たちだけの手柄にしたかったのに。雑魚どもに活躍させるなんて」
小声で吐き捨てる。本当は使いたくない手だったんだろうな。
ルイスにとっては雑魚だけど、雑魚配信者故に活躍の機会に飢えている。みんなドラゴンを殺して名を上げて、インフルエンサーの仲間入りを狙っている。
「あー。なるほどね。そういうことね。ねえみんな。報告があるの」
バイクに跨ったままの桃香が、ため息混じりに無線に話しかけた。
「増援の三十人、ルイスって奴の仲間だって。だから……遠慮なくぶちのめして!」
そうだ。誰も絶望なんかしてないんだな。
「ぶちのめされるのはどっちだい?」
「あなたたちに決まってるでしょ?」
「言うねえ。ねえ君たち! こいつらから倒して! 僕に逆らったことを後悔させてやって!」
「できるもんならねー」
バイクを駆ってこっちに近づいてきた桃香は、そのまま階段へと突っ込んでいく。
勢いよく降りていった男たちは轢かれるのを恐れて立ち止まり避けようとして、後続に押されてバランスを崩して次々に階段から落ちていった。
もちろん桃香も本気で衝突するつもりはなく、途中で反転して灯里の前に停まって。
「ヘイ彼女。乗ってく?」
「え。あ。はい!」
「そこのお兄さん! こんな所で寝てると風邪ひくわよー」
灯里を乗せたバイクが、倒れている男の膝を思いっきり轢いた。メキメキという嫌な音と、男の悲鳴が混ざり合う。
それから桃香はウィリー走法を始めて、前輪で男の顔面をひっぱたき、さらに後輪で別の男の踵を踏み潰した。
バイクに襲いかかる男たちの攻撃を走り回って華麗に避けて、時折反撃して大怪我を負わせる。
もちろん、後部に座っている灯里も振り回される形になって。
「ひえっ! ひいぃっ!? 桃香さんもっと安全運転! 怖いので! なんか失敗して転けたら痛そうなので!」
「あれ? そういえば言ってなかったっけ」
「なんでしょうか!?」
「わたしのスキル、これなのよ。ダンジョン内だとタイヤのある道具の扱いが格段にうまくなる。バイクに限らず、自転車でもローラースケートでもね」
「そんなスキルあるんですか!?」
「あるのよー」
後輪を横に滑らせて迫る男たちを数人跳ね飛ばしながら、気軽そうに言ってのけた。
「だから、こんな曲芸めいたことしても事故らないの!」
「いえあの! だからってウィリーやめてください! 後ろに座ってるとめちゃくちゃ怖いんですけど!」
でも、暴れ回る大型バイクに敵が戸惑っているのも事実だ。
「おい! 何してるんだ! さっさとこのふたりを倒せ! そうしたら……おい! どこに行くんだ!?」
ルイスの言葉を無視して、男たちはドラゴンのいる方へ走っていった。
「はいどうもー! 今日はですね、噂のホーリードラゴン退治をやっていこうと思います! この仲間たちとレイドバトルみたいな感じで! 盛り上がって行こうと思います!」
中には、そんな風に配信を始める者までいた。しかも見たところ半数以上。
そりゃそうだよね。バイクに乗った女をふたり苦労して倒しても、得はなにもない。
本来の目的であるホーリードラゴン退治に向かった方がいいに決まってる。
彼らも、自分たちが予備戦力で、下手をすると出番がないまま終わっていた事実をわかっているんだろう。
チャンスだからここに来たけど、ルイスへの忠誠心は薄い。
「くそ! 待て! ドラゴンを討つのは僕だ!」
「行かせないわよ」
「行ってもまた戻しますから!」
立ちはだかるバイクに、ルイスは剣を振る。
さらにさっきバイクに轢かれて倒した男たちのうち、まだ闘志のある者が同時に襲いかかってきて、剣やら槍やらを向けてくる。
それを回避した桃香は追撃してくる敵をバイクで蹴散らした。
ルイスはその間にドラゴンの方へ駆けていったらしい。
「怪我した仲間のこと、全然見てなかったですね」
「仲間とも思ってないのよ。ほら、わたしたちも行くわよ」
「安全運転でお願いします! ああ! すぐそこなのにスピード出しすぎです! ぎゃぁぁぁ! 段差! 段差でガクガクしてる!」
――――
ルイスが引き連れてきた奴らを第一波だとすると、奴らは既に倒されていた。
手首が砕けてたり膝に矢を受けたりして、死んではいないけれど大怪我で動けなくなっている。大量のゾンビたちが大人しく立ち尽くす中で、転がってうめき声をあげていた。
俺たちが全力で戦った結果だ。
そこに第ニ波が来た。
やはり全員武装している。が、軽症を負ってる者もいるし、数も二十人あまり。
足りない分は桃香が倒してくれたのだろうな。
しかも片手を塞いでまでして配信している奴らもいる。
「素人集団だな。お前ら。ドラゴン退治なのに、カメラ係が多すぎる」
「これはこれは。配信してくれるキャスターがいてこそ儲かる仕事なのに、そんなこと言っていいのかい?」
ルイスという奴が、しつこく戻ってきた。
かなり息が上がってるように見えるから、そろそろ限界かもしれないけど。
ま、疲れているのは俺も同じか。
「お前らみたいな素人集団がこんな所まで降りてくるから、レスキューの仕事が増えるんだよ。身の程を弁えろ。それから、会社辞める決意ならとっくにしてるんだ」
「そのドラゴンに、一億円を手放す上に会社を辞めるだけの価値があるって? 笑わせるな」
「そうだな。もしかしたら無いかもな。けど、これは俺に必要な反抗なんだ。俺の人生、お前のより複雑なんだよ」
「ガキが調子に乗りやがって。お前たち!」
挑発したらすぐに乗るのは、こいつが小物だから。
ルイスは仲間たちに一斉攻撃を指示した。
それと同時に、ドラゴンが咆哮をあげた。