56.ワープ攻勢
想定はしていた。俺たちと同じくフライングしようと考えてたり、ダンジョンで寝泊まりする物好きなんかが来ることも。
俺たちが配信を始めたのを見た時点なのか、ホーリードラゴンの子供の存在が明らかになった時点なのか。彼らも職員の通行止めを強引に突破してこっちに来る。ありえることだ。
けど、数が多すぎないか? 早くから通行止めはしていたのに、そんな朝早くから入ったり、ダンジョンに泊まる人間がそんなにいるのか?
考えている場合ではないか。
「休む暇もないな……」
槍男がヨロヨロと立ち上がって、仲間と共に俺を睨んでいる。ルイスの軍勢も、別に倒せているわけじゃない。
まいったな。
「る! ルイスさん! ここは一時休戦といきませんか!?」
灯里の切羽詰まった声。もちろん、聞き入れられるとは灯里自身も思ってないのだろう。
ホーリードラゴンを守るように立ちはだかる灯里が、ルイスと対峙していた。
――――
ここに、さらに多くの人が来るという連絡は灯里も聞いた。でも今はそんな場合じゃない。
眼の前にルイスが来た。もう一人隣にくっついてきた男は一足先にドラゴンに斬りかかろうとして、桃香がスパナで受け止めて少し離れたところで押し合いをしている。
他のみんなも忙しそうで、灯里を守る者はいない。もちろん、後ろのドラゴンも。
「休戦? いいよ。そのドラゴンを差し出すなら、灯里ちゃんと戦う理由はないからね」
「それは駄目です!」
「まだそんなこと言うんだ。じゃあ、僕からそのドラゴンを守れるの? その前に灯里ちゃんが先に死ぬかもしれないけれど」
ルイスは剣の切っ先を灯里に向けた。冗談で言っているようには見えなかった。
「僕は若い女の子が好きだ。特に制服姿のね。灯里ちゃんみたいな子が死ぬのは残念だけど、この成果を手に入れれば僕は制服の女をいくらでも手に入れられる」
「えー……」
急に何を言い出すんだこの人は。成功を前にして気分が昂ぶっているのだろうな。
灯里が配信している最中なのを忘れているみたいだ。コメントを見る暇はないけれど、たぶんみんなルイスに引いているはず。
この場はうまくいっても、その後はうまくいかないことは間違いないだろう。
だとしても、このホーリードラゴンを殺させる気はないけれど。
「は、ははは! だったら戦うしかないですね! 別にビビってなんかないですから! ルイスさんなんて全然怖くないですから!」
本当は、自分に向けられた悪意と剣がすごく怖い。けれど自分が言い出したことに従って、みんな戦ってる。自分だけ逃げるわけにはいかない。
「ぜ、全然怖くないから、一歩だけルイスさんに近づいたりできますよー。あと、ちょっと左に寄ってみたり? カニさんみたいに横移動してー」
両手をピースの形にして、カニをイメージしてチョキチョキさせながら、三歩横に移動。
ルイスはそれを挑発と受け取ったらしかった。
「ふざけんなよクソガキがっ!」
穏やかだった話し方を忘れて、剣を振り上げながら突進してきた。
そこから何歩前に出ればいいかはよくわかっていた。だから灯里は剣の動きだけに注意を向けて当たらないようにしながら、数歩前に出ながらルイスの体を掴んで。
「ワープ!」
前方左に少し寄った所にワープポイントがあるのは見えていた。他の誰も知らない、灯里だけに見えているもの。
それに乗った灯里はルイスと共に瞬間移動して、ドラゴンの前から遠ざけた。
違う階層と未探索エリアの外にはワープできないから、向かう先はひとつだけ。階段の横だ。
「ちぃっ! やってくれるね、小娘の癖に。だが多少の時間稼ぎにしかならない」
「そうでもないですー! ルイスさんがドラゴンの前に来るたび! 何度でもワープしてやります!」
「させるかよ!」
「あっ! 待って!」
ルイスがさっきの空間まで走る。十数メートルの通路を挟んだ隣だから、本当に少しの時間稼ぎにしかならない。
一度しかワープが成功しなかったらの話だけど。
ルイスの方が足が早いから、灯里は普通だと追いつけない。けど向こうには仲間がいる。
もちろんルイスが引き連れた敵もいて、しぶといそいつらの相手も忙しいだろうけど。
「葵! ルイスさんを転ばせて! ふたつ数えてから!」
「えっ! うん! いち、に!」
完璧なタイミングでルイスの足元に矢が刺さる。
咄嗟に立ち止まってバランスを崩したルイス。その隙に追いついて。
「えーい! ワープ!」
灯里は突進してワープポイントに押し倒して、さっきの位置に戻る。
「くそっ! だが!」
「うわー! ルイスさん諦めが悪い! 陽希くん! ルイスさんをさっきの位置で足止めしてください!」
「うん」
敵のひとりの胸ぐらを掴んで殴りながら、陽希はルイスの前にたちはだかった。
ルイスの振った剣を回避しながら、小さな体で懐に潜り込んで押す。
ワープポイントに来るようによろけたルイスの体に触れた。
「ワープ!」
また階段横。わかってるとばかりに駆け出したルイスを、灯里も追いかける。
「そろそろ疲れてきたと思います! 諦めませんか!?」
「誰が! 諦めるか!」
「桃香さん通せんぼしてください!」
「おっけー」
バイクに跨っていた桃香がゾンビの群れの間を縫うようにして走り、ルイスの前を塞ぐ。それだけでは飽き足らず、強烈なハイビームを真正面から当てて目を眩ませた上で軽く追突。ワープポイントの前に押し出した。
「ワープ!」
また階段横。
さらに、エンジン音が聞こえてきた。桃香がそのままバイクに乗って、階段前の空間からドラゴンの居場所に続く通路に立ちはだかった。
「あんたが連れてきた仲間全員、しばらく動けそうにないくらいに痛めつけられたわよ。あなたも諦めたら?」
「ふん。それがどうした」
桃香に圧倒的劣勢な状況を突きつけられても、ルイスは余裕そうだった。
ほほ同時に、階段から多くの足音が聞こえてきた。
さっきオペレーターが言ってた、ダンジョン内にいた三十人か。
男ばかりで、みんな武装している。さっきのルイスの手下みたいに。
「あの! 皆さん! ここは平和的にいきませんか! あのホーリードラゴン、子供を守っていて」
「無駄だよ。こいつらは僕の仲間だ」
ルイスが不敵な笑みを浮かべて、灯里の説得を遮った。