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54.母ときょうだい

「どうしたのお姉ちゃん!? なにかあったの!?」

「これ見て! このドラゴン、お母さんなんだよ! わたしたちの!」

「えっと?」


 言ってる意味がわからなくて葵が首を傾げた。俺も同じだ。


 とにかく、ゾンビを蹴飛ばして凍らせながら灯里たちの方へ行く。


 ホーリードラゴンが体を丸めているその中に、二匹の小さなホーリードラゴンがいた。

 兄弟なのかな。大きさは少し違っていた。親に守られながらも、こちらを敵と認識しているのか揃って睨みつけていた。


「ホーリードラゴンの子供? ドラゴンって子供を産むのか?」


 ダンジョンのモンスターは、突然現れて人を襲って倒されドロップに変化するだけの存在。生物に見えるけれど、生物とは根本的に違うもの。そう思われてきた。

 ミノタウロスやスケルトン兵が子供を作る様子は想像がつかない。


 けれど、周りにいるゾンビたちはそういうモンスターとは違う出自を持つモンスターだ。それにブラッドレッドウルフみたいな群れを作るモンスターもいる。ずいぶん生物的な特徴じゃないか。

 子供の狼が確認されたことはないけれど、そもそも誰もモンスターを生物として見ていなかったから気づかなかっただけじゃないのか?


「わからない。けど、こうして子供がいて親が守っているのは間違いないわ。お父さんかお母さんかはわからないけど」


 ついでに子供の性別もわからない。けれど、灯里はこれを自分と重ねて見てしまった。


 病気の親と、それに寄り添う兄弟。


 灯里が、そっと息を吐いた。とても辛い決意をするかのように。そして。


「駄目。わたしには殺せない」


 静かに、けれど断固として言い切った。


「でもハイパーポーションは」

「……葵ごめん。他の方法で探すか買うかする」

「うん。わかった。お姉ちゃんがそれでいいなら、わたしも賛成」

「いいの?」

「うん。お母さんも大事だけど、わたしはお姉ちゃんも大事だから」

「と、いうわけです。えっと。そういうことなのでホーリードラゴンは倒しません! たぶんもうすぐ寿命で亡くなると思います! それを待ちます。ドラゴンさん。騒がせてごめんね」


 配信はずっと続けていたらしい。灯里は視聴者に呼びかけてから、ドラゴンの体に優しく触れて語りかけた。


 凍っていないゾンビは、さっきからひっきりなしに俺たちを背後から襲おうとしてくる。俺は風と水と氷で、それをしっかり押し戻して凍らせ続けていた。

 けれど灯里が語りかけて、ホーリードラゴンが弱々しいながらも意思を感じさせる鳴き声を発すると、ゾンビたちの動きが止まった。

 人間を見れば襲うはずのモンスターが、俺たちを視認しているのに動こうとしない。


 このホーリードラゴンはゾンビを操れるのか? どういう仕組なんだ。

 とにかく、とりあえずの戦闘は終わった。問題は残っているけどな。


 灯里の配信画面を覗く。フライングしてポーションをかすめ取ろうとした俺たちの行動を非難するコメントは息を潜めていた。

 配信で起こった光景に困惑している内容が多い。


『信じられない』

『モンスターって子供産むの?』

『ということは性別もあるの?』

『家畜化することもできる? 品種改良とか』

『そもそもモンスターってなんなんだ』


 たぶん、すぐには解明されない謎。そもそもダンジョン自体が謎の存在。不条理の塊。そこの中身についても、確かなことは良くわかっていない。


 そこに、こんなコメントが付き始めた。


『ホーリードラゴンの子供がいるってことは、そいつもハイパーポーションドロップする?』

『おいやめろ』

『するだろうな。子供からでもするはず。試す価値はある』

『おい。子供だぞ』

『子供でもモンスターなんだが?』

『モンスターに愛着なんかないんだが?』

『三億円』

『絶対ほしい』

『俺はやるからな! 絶対三億手に入れる!』

『なあ。夜になったら入れるんだろ?』

『逃さないぞ』


 そうだ。問題は何も解決していない。

 俺たちがホーリードラゴンを倒さないと決意したことは、金に目が眩んだ連中が討伐を諦める理由にはならない。

 夜になったら大量の探索者とDキャスターが押し寄せてくる。


「灯里。どうする? このドラゴンを永遠に守り続けるのか?」

「それは……ねえ。このドラゴン、どれくらい持ちそう?」

「わからない。本気で衰弱してるから、いつ死んでもおかしくないように見えるけど……数日持つかもしれない。モンスターの寿命なんてわからないわよ」


 そう。誰にもわからない。人間の死期だって詳しくはわからないものなのに。今夜が峠と言われた病気の老人が数日耐えるなんてよくあること。

 モンスターが寿命を迎える瞬間なんて誰も見たことがない。


 見た目だけで言うなら、今にも死にそうだけど。しかも俺たちが余計に動かしたし傷も少しはつけた。

 悪いと思ってるよ。


『あの。報告が』


 ダンジョン内を見守っているオペレーターのひとりが、通信をよこした。


『そちらの階層に向かっているパーティーがいます。その数、十名。職員の制止もきかず、強引に階段を降りています』


 無理やりこっちに来ようとするパーティーがいることは想定していた。今の配信を見てというよりも、俺たちと同じくフライングを試みて進んできた奴らなのだろうか。


「どんな奴らか、わかるか?」

『ルイスというDキャスターがリーダーのようです。同行しているのも全員が男性。全員が何らかの武器を所持しています。おそらく、同じ事務所の無名タレントかと』

「ルイスさん!? なんでこんな所に!?」


 灯里と同じ、スタスタの男だったか。

 なんでかは考えなくてもいい。誰もが欲しがるものだから、誰が来てもおかしくない。


「灯里。そのルイスさんがこっちに来て、このドラゴンを殺そうとする。夜になるにつれて、もっと人が押し寄せてくる。それでも守りたいか?」

「うん。守りたい。……わたしじゃ守れない。だからお願い。克也力を貸して」

「わかった。任せろ」

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