53.大量のゾンビを前に
バイクのヘッドライトに照らされた先に、昨日の配信で見た通りの光景が広がっていた。
見たところ百体ほどいるゾンビに囲まれて、白いドラゴンが体を丸めて眠っている。硬い鱗に覆われたドラゴンの体が、寝息に合わせて上下している。巨大故に、寝息も相当な音量だ。
ゾンビはそれに群がっているように見える。攻撃するでもなく、崇めるような形。モンスター同士が攻撃し合わないのはわかるが、さりとて両者がこうもくっつく理由もわからない。
そんなゾンビたちは、俺たちの登場に一斉にこちらを見た。
何体かが駆け出して襲いかかってくる。他の大勢は、相変わらずドラゴンの側から離れようとしなかった。
まずはゾンビたちをかき分けてドラゴンまでたどり着かないとな。それも、ゾンビへの殺生はできるだけ抑えて。
「エンチャント・風」
前面に猛烈な風を吹かせた。百体のゾンビを吹き飛ばすほどの風量は無理でも、徐々に後ろに下がらせるくらいはできる。
「みんな。俺の後ろに」
そして周囲に風の渦を作った。ゾンビたちが俺たちの周囲から離れていく。
ホーリードラゴンまでゆっくり歩みを進めながら風を吹かせ続ければ、道ができるかのようにゾンビの群れが割れていく。ドラゴンもまた風を感じたらしい。というか、その巨体が風に押されて少し動く。風を受けた翼がはためく。
ゆっくりと目を開けたそれは、ゆるゆると首を動かしこちらを見た。
雄々しい強敵であるドラゴンにはふさわしくないような、濁った目をしていた。
「病気とかで弱ってるの? それで、ゾンビたちに守られている? でもどうして?」
灯里の訝しげなつぶやき。理由はわからない。けど弱ってるなら殺しやすい。
ゾンビたちも、俺たちの狙いがホーリードラゴンと知ったらしい。だみ声をあげながら全力で駆けてくる。風の力でゾンビの群れの真っ只中に来ているから、周囲から一斉に襲われる形。
「みんな伏せろ!」
四人がしゃがむと同時にエンチャントを水に切り替えて、ゾンビ共に大量の水をかけながら押し返す。ゾンビの何体かは転んだし、ゾンビ間の互いの距離もかなりばらけた。
水が逆側にも流れてこっちの足元に来る前に、再度エンチャント切り替え。氷にして周囲に冷気をばら撒くと、ゾンビたちの足元が凍り始めた。
中身まで凍らせるほど強力な冷気ではない。冷凍から逃れたゾンビもそれなりにいる。
しかしゾンビは死者だから体温がない。だから氷が溶けるまで時間はある。
それまでに、無事なゾンビを無力化しつつ目の前にいるホーリードラゴンを殺してしまえばいい。
桃香が荷物入れから、球形のLEDランタンをいくつも出しては周囲にばら撒く。これでこの空間の明かりは確保できた。
「行くぞみんな! 葵! 脳天を狙え! 陽希はその援護!」
ドラゴンも生き物。脳を貫かれれば死ぬ。葵はそれをわかって、ホーリードラゴンまで走りながら矢を射る。同時にドラゴンも唸るような咆哮をあげた。
弱々しい咆哮だ。しかし巨体故に吐息の勢いは凄まじく、矢が微かに失速。ドラゴンが顔を動かしたのもあって、脳天ではなく頬に刺さった。
ホーリードラゴンの悲痛な叫びは、あまりにも弱々しかった。立ち上がって反撃することもない。
「なんだろ。全然動かないなんて。なにか守ってるみたいな……」
灯里が体を丸めているドラゴンを見て、灯里が
そこに、冷凍から逃れたゾンビが迫ってきて。
「灯里ちゃん!」
桃香がそのゾンビの首にスパナをスイングして危機から救う。
「あ、ありがとうございます、桃香さん。ついでにもう少し守ってください!」
「え? あ! 待って灯里ちゃん!」
「お姉ちゃん!? 陽希! お姉ちゃんを守って!」
弾かれたようにホーリードラゴンへと走る灯里を、桃香と陽希がそれを追いかける。葵は再度ドラゴンを狙おうとしていたのを、灯里に近づくにゾンビに気づいて咄嗟にそっちへ狙いを変えた。
足を射抜かれたゾンビが倒れる。灯里はそれにちらりとも目を向けず、まっすぐドラゴンまで駆ける。
「仕方ない。葵、俺たちでなんとかするぞ」
「は、はい! どうしましょう!?」
「至近距離から脳天を貫くか、俺がこれで喉を切り裂く」
「わかりました! 行きましょう!」
接近してきたゾンビを蹴飛ばして、水と氷の合わせ技で地面に磔にしながら説明すれば、大雑把な指示ながら葵は頷いた。
ゾンビを殺さない程度に痛めつけながらドラゴンに接近。相変わらず濁った目でこちらを見て、大口を開けて威嚇した。
力が衰えて、逃げることすらしないのに、大人しくやられる気もないらしい。
だが、ホーリードラゴンは他のドラゴンと違ってブレスを吐かない。その代わりの回復能力が強力なのだけど、一撃で死ねばそれも意味がない。
弱って体もうまく動かないなら、俺だけでも倒せるはず。
ドラゴンがわずかに首を伸ばして、接近する俺に噛みつこうとした。そこを葵がすかさず矢を射て鼻腔のあたりに深々と刺す。痛みに咆哮をあげたドラゴンの首が一瞬俺の前に出た。
剣に熱を纏わせながら振れば、太い首に横の筋ができる。表面を切っただけで、気道や血管を切り裂いたわけではない。
ドラゴンは首を隠そうとこちらを睨むように頭を下げた。その瞬間、ドラゴンの顔が真正面に晒される。
葵が弓で脳天を射抜ける状態になって。
「葵! 克也! やめて! ドラゴン殺すの中止! 殺さないで!」
灯里の声が聞こえて葵は狙いを逸らせた。