52.理由のある反抗
翌朝。いつもより早く起きた俺は、地上への出入り口である第一階層まで向かった。
途中、各階層の同僚たちがバイクや自転車で送ってくれた。今日は示し合わせたように、みんな階段前で待ち構えていた。
そして出入り口付近に立つ支店のロッカールームにて、いつものように作業着から制服に着替えて、いつもとは違ってダンジョンに戻っていった。
行きに送っていった同僚たちが、やはり待ち構えて次々に階段まで送ってくれる。
頑張れよ。みんなそう声をかけてくれた。
ガレージに戻ると、みんな準備ができているようだった。
「克也が制服着てここにいるの、なんか新鮮だね。でもお揃いでなんかいいね」
「そうかな。……そうかもな」
俺も悪い気はしていなかった。
D-CASTの人間ではなく、ただの折付克也として親父に反抗したかったから。バイトを辞めさせられる覚悟は出来てるぞと意思表示する意味もある。
桃香もいつもの作業着の下ではなくジーンズを履いていた。上は相変わらずのタンクトップだけど。
そして誰からともなくガレージを出る。葵はしっかりプリミラのブレスレットをつけてるし、桃香はアンテナやライト機能が備わったバイクを押している。
目的の第十三階層に続く階段まではすんなり行けた。
灯里のワープのおかげでもあるし、各階層の職員が経由地点の周囲をパトロールしてモンスターの出現をチェック。あらかじめ倒したり、困難な敵の場合は迂回するよう指示を受けた。
親父のやり方に反発した現場の職員が協力してくれたというわけだ。
こうして、あっさりと目的地にたどり着いた。朝八時。会社が予定した集合時間の半日前。
学校に行かなきゃいけない時間だけど、今日はみんなでズル休みだ。
五人で十三階層にゆっくりと降りていく。昨日の配信で見た通りの光景。だだっ広い空間内に生物の気配はない。
階段横に携帯式のアンテナを設置する。これで、ある程度の範囲なら電波が届く。隣の部屋にホーリードラゴンがまだいるなら、そこの様子もしっかり配信できる。
「それじゃあ、配信始めましょうか」
「そ、そうですね。よし、やります!」
いつになく緊張している様子の灯里だけど、カメラに五人全員が入るように調整した上で配信開始ボタンを押す。
「おはようございます! あかりんだよー。ここがどこかわかるかな? そう、第十三階層です!」
『あかりんおはよー』
『ホーリードラゴンいたところ?』
『なんで今ここにいるの?』
『行くの夜じゃないの?』
『まさかと思うけど……』
「そう! そのまさかです! わたしたちで一足先に、ホーリードラゴン倒しちゃいます! そしてハイパーポーションはわたしのもの! 悪く思わないでね?」
『は?』
『え?』
『は?』
『なにいってんの』
『本気でフライング?』
『なんで?』
『今俺、仕事休んでそっちに向かってるんだけど?』
『わたしも予定キャンセルして今夜行こうとしてて』
『フライングは許されざる』
『なんでそんなことするの?』
「だよねー。みんな気になっちゃうよねー。うん。理由はね、えっと……克也任せたー」
「おい。……一週間かけて準備しなきゃいけない仕事の納期を無茶苦茶にしやがった、グループ会社の会長への抗議だ。おいクソ親父。なんでも思い通りに行くと思ったら大間違いだからな。見とけよ」
俺たちはホーリードラゴンがいるはずの場所へと向かっていく。
コメント欄は見ない。こちらを非難するコメントが多いみたいだし。
会社の方針に疑問を呈す奴も少しはいれば嬉しいな。
それから、今から必死にここへ来ようとする探索者やキャスターもいるだろう。けど、たどり着くことはない。
単純にここまで来るには相当優秀な探索者しか無理だ。俺たちは灯里のワープと職員の協力で簡単に行けただけ。
それに、今はそもそもダンジョンに入れない。
――――
灯里の配信を見て即座に追いかけようとダンジョン入口に向かった者たちが見たのは、入場規制中の表示だった。
入口である階段の前を塞ぐようにトラックが停まっていて、D-CASTの職員たちが大きな資材を手作業で搬入していた。
「申し訳ございません。夜の探索に向けて資材を急遽運ばなければならなくなったので。しばらくダンジョン内の階段は通行止めとさせていただきます。なにとぞ、ご了承ください」
普段はオペレーター室で働いている女性社員が、入ろうとする者たちに頭を下げた。
ダンジョンに入る人間が少なくなるなら、オペレーターも暇になる。今日のオペレーション室にいる人員は半分で、代わりに現場に出て説明の仕事というわけだ。
押し寄せる探索者たちを前に、礼儀正しくかつ一歩も引かず。「ご了承ください」「ご迷惑をおかけします」「社長の方針です」「昼過ぎには作業が終わりますので、お待ちください」
これらを繰り返すだけ。
灯里の配信画面を見て行かせろと言う者もいるけど、それは作業を中断する理由にはならない。
個々の社員の予定外の動きに対処するのは、同じ現場の人間ではなく、もっと上の立場あるお偉いさんだ。
会社とはそういうものだ。
各階層の階段も同じ理由で通行止め。
とはいえ朝早くから潜ってる者や、ダンジョンで夜を過ごした探索者もいるだろう。彼らが強引に突破しないとも限らない。
「早く終わらせてよ、みんな」
オペレーターは小声でつぶやいた。