50.家族
「ごめん。頭冷やしてくる」
視線に耐えられず、ガレージのドアを開けて外に出た。
見たところ周りにモンスターはおらず、ただ薄暗くて静かな見慣れたダンジョンの景色が今日も変わらず広がっていた。
なんでこんな物に人は惹かれるんだ。殺風景で危険で。そして頻繁に悲劇を起こす。
それでも人は冒険と、おまけについてくる富を求めるもの。自分で冒険できない臆病者は、冒険の様子を配信するDキャスターに称賛の声を投げる。
馬鹿馬鹿しい話だけど、確かに金が動く商売になった。
ゴールドラッシュで最も儲けた人間はツルハシを売った人。俺がふと口にしたこの一言で、親父はダンジョンを金儲けの場に変えてしまった。
そして俺はここに閉じ込められた。
あれは紛れもなくクソ親父だ。いつか痛い目に遭うべきだし、俺が遭わせてやる。けど、クソ親父を恨んでいることと、俺が人前で怒鳴り散らして灯里たちを怖がらせるのは別問題。
やっちまった。後で謝らないと。
ガレージの外壁に体を預けて、しばらく心を落ち着かせる。みんな許してくれるかな。くれるとは思うけど、その後も気まずくなったりするのは嫌だな。
ああ。嫌だ。俺はみんなのことを自分で思ってたより好きだったらしい。灯里も葵も陽希も。もちろん、長い付き合いの桃香も。
変な奴らなのにな。頼れるんだよ。一緒にいると楽しい。
そろそろ謝ろうか。そう考えていた頃、ドアが開いた。
桃香だった。俺と並ぶようにガレージの壁にもたれかかって、同じ方向を見ながら話しかけた。
「やー。ぶちまけたわねー。そんなに会長のこと嫌いだったんだ」
「ああ。大嫌いだ」
「実のお父さんでも?」
「実の親父でも、尊敬できなければ切り捨てるべきだ。……陽希みたいに」
「あははー。ある意味、克也も陽希くんと同じかもね。親に振り回されている。親の命令でダンジョンに入れられて苦労してる」
「そうかもな。……ごめん。我を忘れて怒鳴ったりして」
「誰も気にしてないわよー。こっちに怒ってたわけじゃないのは知ってるから。気にしてないってみんな言ってた」
「そうか……」
「そして、わたしは嬉しかったです! 前の克也が戻ってきたみたいで!」
「前の、俺?」
「それはもう。わたしと出会った頃の克也はまだ小さくて。そしてわがままし放題だったの。親が不在で寂しかったのね。あれが欲しい。これをしろって。ことあるごとに騒いでた。自分の本音に忠実な子だったなー」
「……昔のことだよ」
「ええ。十歳くらいになると大人しくなってきたわね!」
本当に、思い出したくない過去だ。
高い屋敷に住んでいて、欲しいものはなんでも手に入った。
家族と過ごす時間以外は。
本当に小さな頃の自分は覚えてない。でも小学校の半ばくらいまでは、相当わがままなクソガキだった。自覚はある。
「忘れてくれ」
「そんな勿体ない。あの頃の克也も正直者で可愛かったわよー」
「だからな……」
「だからね。久々に本音をぶちまけてくれて嬉しかったの。別に今のあなたが、自分の気持ちを口にするのを避けてるとは思わない。けど会長のことだと、やっぱり言うことを聞いてしまうの、心配だったの」
「それは……親の言うことだし」
「でもさっき、実の親でも尊敬できなければ切り捨てるって言ったわよね?」
「それは……そうだけど」
「だったら、会長の言う通りになんてしなくていいんじゃないかしら。会長の狙いは、大勢のキャスターがあの階層に押し寄せて配信が盛り上がること。アプリ使用数と飛び交う投げ銭で儲かるのが狙い」
「突き詰めればそういうことだよな。子会社が儲かれば、それだけ自分も儲かる」
「克也はそれを止めたいって思ってるでしょ? どうするつもりかは、わたしにはわからないけど」
「……考えはある」
明日の夜、大量のDキャスターたちが未探索エリアに来るのを止めたい。それには、来る理由を無くせばいいだけ。
「俺たちで、先にホーリードラゴンを殺してハイパーポーションを手に入れる。そして灯里に渡す」
「でもいいの? 会社の方針に逆らうことになるわよ? 会長の子供って言っても、その会長の命令に従わなかったのなら庇ってくれる人はいない」
「いい。その結果、このダンジョンから追い出してくれるかもな」
「せっかく有名人になれたのに。みんなが欲しがってるものを先に掠め取ったら炎上するかも」
「別に有名になりたくてなったわけじゃない」
「なるほどね。克也の気持ちはわかりました。けど、わたしは会長からお目付け役を命じられています。克也が馬鹿な行動をしようとするなら、止めなきゃいけません」
馬鹿な行動か。その通りだな。桃香の立場もわかっている。
でも、あの親父の言いなりになるのはもう嫌だった。
「見逃してくれないか? 協力もしてくれたら嬉しい」
「できません。……どうしてもってお願いしてくれたら、考えてあげないこともないかもー?」
チラチラとこっちを見ている。顔が少しニヤついていた。
「どういうことだよ」
「小さい頃の、自分の欲望に忠実な克也くんとしてお願いしてくれないかなー?」
「おい。やめろ」
「うん、よく考えたらお願いじゃないわよね。命令よね?」
「ああもう! あのクソ親父に痛い目合わせたいから! ハイパーポーション欲しいから! だから俺に協力しろ! ……ももねえ!」
「かしこまりました、お坊っちゃま」
少女の時から折付家の使用人であり、ガキだった俺とお世話係として一緒に過ごしてきた桃香が、お目付け役ではなくメイドとしてペコリとお辞儀をした。
この女は小さなクソガキだった俺を気に入って、わがままを可能な限り叶えてくれた。ちょうど今のように。