47.スケルトン事件の終結
そのまましばらく様子を見た。
目標をなくしたゾンビたちは、目隠しをした個体含めてゆっくりと同じ方向に向かっていった。
さっき水流で押し流したゾンビたちも同じ方向に帰っていった。ゾンビが集まる場所があるのか?
スケルトンたちも目標を見失い、戦う相手を探してバラバラの方向に向かっていった。何体かはこっちに来る。もう少し引きつけてから片付けよう。それから残りの敵も退治する。
そう方針を固めていたけれど、直後に必要がなくなった。
「放て!」
短い指示と共に、数本の矢がスケルトンたちに降り注ぐ。階段の上から放っているのだろう。
スケルトンたちも敵を見つけたとばかりに階段に向かっていき、次々に矢を受けていく。そして階段に到達したところで、防御を固めていた人間たちに進行を阻まれて返り討ちにあった。
「待たせてすまない! ここまで来るのに時間がかかった! 怪我人がいたら手当する!」
俺と同じ作業着を着た、D-CAST職員たちだ。
詰め所が襲われるという事態に、各階層の精鋭を集めて救出隊を急ごしらえで編成。ここに急行したというわけだ。
彼らはあっという間に残りのスケルトンたちを蹴散らし、他のモンスターが来ないか周囲を見張ってくれた。
「た、助かったー! うええええ! 怖かったー! 疲れたー! 帰りたい! びえええええ!」
身の安全が確保できたとわかった途端、張り詰めた糸が切れたみたいに泣き出した。
「うんうん。よく頑張ったね灯里ちゃん。ガレージに帰ろっか」
「ももかしゃん! 帰りましょう! もうなにもしたくないです! えーん!」
うるさい。さっさと帰りたい気持ちは俺も一緒だけど。幸い、後片付けは救出隊に任せて良さそうだし。
桃香のタンクトップを涙でべしょべしょにしながら泣き止んだ灯里のワープで、ガレージまで帰った。
その間、混戦の中で何があったかみんなの話を聞いた。
灯里の懸念事項だった社長は、なぜか同行していた社長秘書と一緒にゾンビになったらしい。さっき追い立てた女のゾンビがそれか。
人の死を良かったと言うのは下品かもしれないけど、所属タレントに無茶な命令を出すような人間がいなくなったこと自体は、なんというか。
「良かったねお姉ちゃん! もうスタスタと関わることもなくなるよ!」
「うん。良かった良かった。ゾンビになってくれて!」
このふたりが言うなら俺も言おう。悪辣な社長が消えてくれて本当に良かった。
「なんかさ。あのお姉さんの出してた槍の跡、アンテナの穴と同じに思えるんだよね」
バイクを押しながら桃香が悩んでいた。
社長秘書のスキルは、光る槍を自在に出すことができるもの。取り回しの難しい長い武器を簡単に扱えるという、使い勝手のいいスキルだ。
「フェンスの網目も抜けられそうな太さだったし、あの槍でアンテナ突いたんじゃないかな?」
その結果、電波が来なくなってインフルエンサーが死んだ。
なんのためかは知らない。
「まあいいだろ。今後、同じようにアンテナが壊される事件が無いなら、それで」
「まあそうねー。いらない仕事が増えなければ、それでいっか」
よく知らない社長秘書のことなど、すぐに忘れることにしたらしい。
それから、さっきの件で命を落とした者がもうひとり。
「……」
実の父の死に、陽希は一切の感慨を持っていないようだった。少なくとも、その様子はない。
陽希の感情を読み取るのは難しいから、俺にはなんとも言えない。
とにかく、あの男はどこかでアンデッドを引き寄せるアイテムを入手した。そして近くのゾンビを引き寄せてしまい、逃げ回る羽目になった。しかも無関係なパーティーを巻き込んで。
詰め所に大量のスケルトンが押し寄せたのも、あの炎のせいだ。
「どこで手に入れたんだろうな」
今となってはわかるはずもないこと。だったのに。
「ねえみんな。これ見て。陽希くんのお父さんがバズってる」
「なに?」
ガレージに戻って夕飯を食べて、何をするともなく静かに過ごしていると、スマホを見ていた灯里に呼ばれた。
DキャスターとしてSNSでのファンとの交流や情報収集に余念がない灯里は、バズ動画のチェックも欠かさない。そして見過ごせないものを見つけた。
「配信が終了したら、終了したら自動的にアーカイブとしてチャンネルに残る設定になってたみたいだね。ゾンビから逃げてる途中で配信が切れて、それが見れるの」
陽希が玩具を紹介して人気を集めた、とても浮ついた名前のチャンネル名のページの最新動画がそれだ。黒歴史を一瞬見せられた陽希が少し鋭い顔をしたけど、問題はそれではない。
大量のスケルトンとの戦いみたいな、盛り上がるシーンはない。成功に必死すぎるだけの男がダンジョンを彷徨うだけの配信で、見ている人も多くなかったはずだ。
ハルちゃんの父が死んだという話題性だけで、このアーカイブを見た人がいた。そこでとんでもないものを見つけて、拡散させた結果バズった。
動画を見ると、あの男がダンジョン内をスキルを駆使して駆け抜けていた。目指すは宝箱。探し回っても見つからないから、どんどん進んでいく。俊足スキルのおかげで見逃した宝箱もあるかもしれない。
そんな彼はスキルによって、遭遇したモンスターと戦わずに逃げ続けてダンジョンを下に降り続けた。スマホのライトだけを頼りにして。そして彼は。
「嘘だろ。第十三階層に行ったのか……?」