41.みっぴーの死の裏に
――彼女が邪魔なんだ。恋人役だけど、事務所に押し付けられただけでお互い好きじゃない。事故に見せかけて殺せないか?
ルイスにそう持ちかけられた際、冴子は舞い上がるような内心を抑えて、つとめて冷静な面持ちで了承した。
社長の命令でカップル系Dキャスターとして売っていたみっぴーは、自分の人気が上がるにつれて増長していった。カメラの外では態度が大きくなり、自分以外の人間を見下す言動を隠そうともしなくなった。
彼氏として最も近くで接しているルイスが辟易して殺意を持つのは当然だろう。
事務所に金を落とすのは結構だし、彼女の人格にどれだけ難があろうと冴子は気にしなかった。
問題なのは、ルイスの恋人役という点だけ。だから殺した。空席になったルイスの恋人の座に座るチャンスを手に入れるため。
難しい計画ではない。ダンジョンのことなんか何も興味がないみっぴーを、ルイスが嘘の情報を元にして電波の届きにくい探索済エリアの端まで誘う。
冴子は、社長という立場がありながら仕事をあまりやらず遊び回ることが多い社長の目を盗んで、密かにダンジョンに潜ってアンテナを壊した。
配信が途中で止まり、目撃者もいなくなったところでルイスは適当な言い訳をしてみっぴーから離れる。しばらく休んでてと言い残して。
他にいるのは、社長の命令で組まされた高校生と小学生。
探索済エリアの端とは、発生したが倒されなかったモンスターがウヨウヨといる未探索エリアに隣接した場所。しばらく待てば全員モンスターにやられるだろう。
D-CAST社員が思ったより早くアンテナを復旧させた上に高校生たちを助けたのは予想外。あの子たちも死ねばよかったのにとは思ったけど、別にこちらの計画が露呈したわけではない。
灯里だったか。クビになろうがバズろうが、こちらの目的にも相反しないものだから、どうでもいい。
何も知らない社長だけが妙に固執して、自分でクビにした女を連れ戻そうとしている。
おかげで、冴子はこうして次の計画に移れたから好都合なのだけど。
「しかし、襲われないな。運がいい」
ルイスの独り言が聞こえた。
社長に接近するモンスターはおらず、時折重装備のDキャスターとすれ違うくらい。
彼らベテランキャスターに駆逐されてしまったのだろう。
「心配しないで。もっと下にいけば、必ず襲われるはず」
今は、ただ待てばいいだけ。
――――
背の高いフルプレートの西洋鎧が俺にまっすぐ剣を振り下ろしてきた。これを回避して、逆にこちらから突っ込んでいく。敵は左手に持った盾で受け止めようとしたけれど、そこに大量の水を放った。
盾みたいに広い面積で水流を食らった結果、その鎧は盾ごと押されて地面に倒れることになった。
起き上がる前に、熱をまとわせた剣で鎧ごと中身を貫く。
ドロップしたのは骨だった。つまりこれは、スケルトン兵が鎧をまとった種類のモンスターだ。いわゆるアーマードスケルトン。
周りを見たら、葵が別の鎧に矢を射て額を正確に貫いて殺したところだった。陽希もまた別の一体を、兜が指の形に凹むくらいに強く握ってダンジョンの壁にたたきつけて潰していた。
鎧を射抜いたり握りつぶす力を小学生が見せている。普通じゃない。スキルっていうのは偉大だな。
どんなスキルも使いようだけど。どんなレアスキルを持っていても本人が使いこなせなければ無意味だし、低レアスキルでも本人が体を十分に鍛えていれば活用できるわけで。
ふたりの場合はセンスがいいんだろう。
だから、十数体のアーマースケルトンと遭遇してもあっさりと蹴散らすことができた。普通のパーティーだと全滅の危機すらある敵なんだけど。
「ひえぇ……スプラッタだ」
こっちにカメラを構えている灯里が、ちょっと引いた声を出している。
「敵はスケルトンで血は出てないから、スプラッタはちょっと違うけどねー」
「似たようなものですよ桃香さん! めくるめくバイオレンス! まあコメントが盛り上がってるのはいいんですけど!」
「灯里。お前も配信だけじゃなくて戦闘に参加してくれ」
「いやです! てか! 今のに混ざるとか無理無理! てかわたしいらないでしょ! 配信だけしてる係になります!」
たしかに、今の戦闘は三人でなんとかなったけど。桃香も武器であるスパナは構えつつ、必要なかった。
『ハルアオやべぇ』
『小学生の実力じゃない』
『克也もやばいけど、ちびっ子たちもすごい』
『いいもの見せてもらったから、見物料をあげようねえ』
灯里がそんなコメント欄を見せてくる。
「わたしはおとなしくコメント欄とおしゃべりする係です!」
「わかったから」
少なくとも、おとなしくはない。
それから社長の配信を確認。運良くモンスターに襲われていないようで、ビビりながらも第九層を歩いていた。
ここのあたりはまだ、探索する者も多い。けどこの十層からはすれ違う人間は少なくなる。しかもソロ探索者は少ない。
あと、配信しながら探索する者も減ってくる。モンスターが強力だから、スマホで手をひとつ塞ぐのは危険だ。
だから、ソロで配信しながらうろつくのは危険すぎる。
「もう諦めた方がいいですよ。ここは危険です、と」
そうコメントを送ってみたけど、社長は引き返す様子はなかった。それどころか、モンスターと遭遇しない幸運をダンジョン攻略は容易いと誤解し、十層への階段近くまで来ていた。
「俺たちも行こう」
「そうだねー。追いつかれそうになったらワープすればいいけど、社長を諦めさせるくらい深くまでいきたいねー」
『克也くん。その階層で救助要請が来ました。その近くだから行ってくれる?』
突然、オペレーターの声がした。
仕事か。社長から逃げてる最中だけど、さすがに人命軽視はできない。
「わかった。状況を教えてくれ」
『五名のパーティーと杉下洸希がゾンビに追われています』
またあいつか。いやそれより。
「ゾンビ?」