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38.いいニュースとどうでもいいニュースと悪いニュース

 俺の背中でぐったりして、無い胸を押し付けてる灯里を地面に降ろしている間に、葵が先にガレージの扉を開けた。


「ただいま! 陽希、いい子にしてた?」


 葵の問いに、陽希は黙って頷いた。


「みんなおかえり。陽希くんのおかげで、昼間のアンテナ整備の仕事は安心してできたよー。モンスターが出てきても守ってくれるから安心ね」

「そっかー。陽希偉い!」


 恋人というか完全に保護者目線になっている葵に褒められて、陽希も嬉しそう。


 別に会社と契約してるわけではない陽希を仕事に同行させることの是非はあるだろうけど、深く考えることじゃない。そう思ってたら桃香は俺の方を見た。


「克也。いいニュースとどうでもいいニュースと悪いニュースがあるけど、どれから聞きたい?」

「……桃香に任せる」

「じゃあいいニュースから。会長さんから連絡があって、陽希くんの身柄をこっちで預かることに支持を表明しました」

「親父が?」

「ええまあ。会長もニュースで昨日の配信を知って、アーカイブ見たんでしょうね。陽希くんを親元に返すのに反対して、とりあえずガレージに住ませろって。ないと思うけど父親が返せって言ってきたら、会社の弁護士が出てくるらしいわね」

「よかったね陽希! 一緒に住めるよ!」

「……うん」


 葵は無邪気に喜んでる。確かにいいニュースだな。

 実際には親父が、どうすれば会社の利益になるのか考えを巡らせて、弁護士とも相談した上でこれが最善と判断した結果なんだろうけど。


 法的には、陽希は保護者の元に帰すべきだ。けどそれをすれば世間からバッシングを受けて会社のイメージダウンに繋がりかねない。

 だから、虐待から保護したとかの名目で帰さない。俺たちの配信にも登場させた方が盛り上がって会社の利益に繋がる。そういうことだろう。


 実際、あの父親が今更保護者面して陽希を取り戻そうとするとは思えないけど。何か問題が起こった時に自分の責任からは逃れるために"支持を表明した"なんて回りくどい言い方をした。

 判断を下したのは別の誰かと言い張れる。


 まあ、いいニュースなのは間違いない。



 次は?


「どうでもいいニュース。その父親。杉下洸希さんが再びダンジョン入りしたの」

「マジか。どうなってるんだよ。誰か止めなかったのか」

「止める理由は誰にもない。この男は昨日の夜、ダンジョンの外まで職員に付き添われて解放された。それで今日、再び入った」


 それは仕方ない。救助されたキャスターが再びダンジョン入りしてはいけないという規則はない。

 普通は、もっと装備を整えてからとか鍛えてからとか、そういう準備に時間を費やすものだ。翌日すぐは危険すぎる。


「目的は?」

「さあ。本人がなにも言ってないから。でもわかるでしょ?」

「わかる」


 あの男はまだ諦めてない。今度こそ自分で宝箱を見つけて、大儲けするつもりだ。

 妻子を失った今、彼にはこの道しか残されていないのだろう。眼の前で宝箱から本当にレアアイテムが出てきたのも、やる気にさせた。


 まあいいさ。ダンジョン内で奴がどうなろうと、俺たちには関係ない。遭遇したら気まずい程度だ。

 スマホは返してもらったらしく、今もひとりで配信中らしい。

 どうせ盛り上がってないのだろう。様子を見る気にもなれないから放っておこう。


 たしかに、どうでもいいニュースだ。



 では最後に。


「悪いニュースだけど、スタスタの社長がダンジョンに潜って配信しているわ」

「えー!? あの社長が!? なんで!?」

「灯里ちゃん。あなたを探してるの。事務所に連れ戻す説得をするために」

「うあー! 悪夢だ……」


 フラフラと椅子まで歩いて力なく座り込む。ここまで途中まで走っていった疲労に、忘れていた厄介事まで思い出した心労で灯里はダウンしてしまった。


「その配信、今もやってるんですか?」

「ええ。灯里ちゃんが見つかるまでやるって言ってたわ」

「どれどれ……」

「葵待って! 探さないで!」

「あ。これだ」


『視聴者のみなさん、あかりん、衛藤灯里が配信を始めたら、その場所を教えてください。すぐに向かいますから。あかりん、見ていたら連絡をくれ。誤解があったようだから、直接話し合いたい。うちの事務所に戻ってきてくれ。お前のためにこの層まで来ているんだ。誠意を汲んでほしい』


 太った男がそんなことを繰り返しながら、この第八層をうろうろしていた。

 階段がある場所の近く、つまりなにかあればすぐにレスキューが来る場所を、いったりきたりしてるらしい。


 もちろん、さっき俺たちも階段を通った。トレーニングだから一瞬で走り抜けたし、たぶん社長が離れていたタイミングだったのだろう。


 社長が階段横でずっと待ち構えるとかの知恵を働かせていたら、見つかっていた。


 配信を見ている人数は多くない。十数人程度だ。コメントも社長に同意するものではなく、諦めろとか帰れとかを、やんわりと伝えるものが時々流れる程度。

 ダンジョンまで来て喋ってるだけとかつまらない、みたいなコメントもログの中にあった。申し訳程度に動き回っているのは、それを受けてか。


 会社の方針を非難するコメントも来ていたけど、それに対しては誤解だと言い返すだけ。どう誤解なのかは、具体的な説明は一切なかった。


「はー。最悪。どうしよう。配信始めたら、絶対そこまで駆けつけるよね……」


 灯里は心底嫌そうだった。


「てかなんなの。誠意を汲めって。そっちから言う事じゃないじゃん。てか誤解じゃないし」

「お姉ちゃん、社長が嫌すぎてやさぐれてる」

「会いたくない。絶対に会いたくない……」

「そうよねー。直接話し合いたいってつまり、なんかいい感じに都合よく言いくるめたい人間が言うことだから。灯里ちゃん応じちゃだめよ?」

「お姉ちゃん、話し合いには弱いから言いくるめられそうだしね」

「うえー」


 力なく机に突っ伏した。

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