37.灯里の偉大さ
月曜日。予定通り陽希はガレージに残って桃香の仕事の手伝いをすることに。俺たちはちゃんと学校に行く。
葵はブレスレットを大事につけていたけど、さすがに学校に持っていくわけにはいかない。俺の剣と同じように会社のロッカーに閉まった。
昨日の出来事はかなりの人間が目にしたらしい。もちろん、学校の生徒たちも。
だから学校につくなり。
「折付配信見たぞ!」
「あの親父クソだなー」
「今日も配信するの!?」
「灯里ちゃん頑張ってね!」
「陽希くんだっけ!? あの子かわいいよね!」
「灯里ちゃん灯里ちゃん! 葵ちゃんに彼氏できて良かったね!」
人だかりに囲まれた。教室までは簡単には行けそうにない。
「うわー!? なんですかこれ!?」
「すっかり有名人だな」
「なんで克也は冷静なんでしょうか?!」
「現実を受け入れることにした」
一過性のブームだと思ってたけど、想像より長引きそうだった。
正直、注目されている現状には戸惑っている。
けれど配信を見るなとも言えないし、わざと嫌われるようなことをして自分の評判を落としてブームを終わらせるのも良い手ではない。灯里の事情もあるし。
ならば群がってくる人間たちを上手く捌くやり方を考えた方がいい。
つまり、人の群れから可能な限り早く抜け出すということだ。
「行くぞ。灯里ついてこい」
「うえぇっ!?」
灯里の手を握ったら、かなり上擦った声が返ってきた。いきなり触ったら、そりゃ驚くよな。
とにかくこの場から離れないと。俺は人だかりの間のわずかな隙間を見つけて、そこに体を滑り込ませて抜け出していく。こんなもの、ダンジョンのモンスターに囲まれた状況よりは余裕で切り抜けられる。
もちろん、灯里の手を引いたまま前進した。すると。
「ぐえっ! ぎゃんっ!? あいたっ!? あぎゃー!?」
灯里は俺ほど人の流れを読むことができなかったらしく、次々に人にぶつかっていった。
「ちょっ! 克也やめて止まって! あとあなた! 別に葵と陽希くんは付き合ってないですから! そこんところ間違わないでください! あとご視聴ありがとうございます! 今日も配信します!」
灯里は戸惑いながらも、できたファンたちを大事にして交流することを選んだ。
必要に迫られての配信業だから、掴んだチャンスを逃したくないのだろう。それ以外にも、灯里の本来の性格もあるのだろうけど。
妹と陽希の関係の否定の方が気持ちが込められてる気もするけど、気にはするまい。
始業のチャイムが鳴る直前まで、灯里はファンたちの対応をしていたし、その後の休み時間もクラスメイトたちが話しかけてくるのを嫌な顔せず受け止めていた。
ちなみに俺は、灯里みたいにファンとの会話なんてできない。
灯里ではなく俺目当てで話しかけてくる奴もいるけど、俺は当初の予定通りファンたちから逃げることにした。普段から鍛えてるから、うまく行った。
灯里の方が俺より現実を受け入れてるじゃないか。
「えへへー。なんかいいよねー。学校中の人がわたしを見てるって」
「そうだな。よく相手してられるよな」
「インフルエンサーになるのは憧れだったから! 思いがけず有名人になっちゃったけど、むしろこれは楽しまなきゃ損です!」
放課後、ようやく学校から解放された俺たちは足早にダンジョンへと向かっていく。
「インフルエンサーか。そんなになりたいものかな」
「まあ、わたしの場合はお母さんの病気もあるけど。それでも有名人って憧れるじゃん? みんながわたしを見る! なんか褒めるコメントしてくれる! あと、セレブみたいな生活する! やってみたい!」
随分と俗っぽい願いだ。けど、たしかに誰もが憧れることだ。
俺だって、大金持ちの息子だ。
ダンジョン暮らしを強いられてる現状を考えれば不満しかないけど、周りからは憧れられる立場なんだろうな。
だから、灯里の考えを否定はできない。
「わたしがこうやってみんなの人気者になれたのも、克也のおかげなんだよね! ありがとう!」
「ああ。どういたしまして……でいいのかな? 俺は普通に仕事をしただけなんだけど」
「いいのいいの。感謝は素直に受け取るものだよー。じゃあ、今日も配信頑張ろうね!」
「ああ。そうだな」
親父に命令されて組んだ灯里だけど、この圧倒的な素直さには心惹かれるものがあった。配信するのも、実のところ結構楽しい。
対面でファンが押しかけてくることだけは勘弁してほしいけど。
小学校を終えた葵も合流。俺はいつものようにガレージまでのタイムを測ろうとしたのだけど。
「あ。克也さんのランニング、わたしもついていっていいですか? 足手まといになるかもしれませんけど」
「いいけど、どうした?」
「新しい弓スキルの威力を確かめたくて。克也さんについていきながら、遭遇したモンスターに撃ちたいんです。克也さんほど早く走れないので、記録更新には役立てないと思いますけど……」
立派な向上心だ。
「ああ。いいぜ。一緒に行こう」
「え? じゃあわたしは?」
「お姉ちゃんはワープで、ひとりで行って」
「でも。ポイントの間でモンスターに襲われるかもしれないし。その時はボディーガードの葵がいないと、わたし戦えないし」
「じゃあ、わたしたちについてきて、走って」
「待って! ここから八層まで走る!? 無理ですわたしにはできない! 無理無理! むーりー!」
「あ、配信しながら走るのはどう? 見てる人の応援があれば頑張れるかも」
「頑張れません!」
お前、さっき配信頑張ろうって言ってただろ。
「お姉ちゃんもキャスターとして鍛えないといけないでしょ? そのための運動だよ。じゃあ克也さん行きましょう」
「ああ」
「待ってー! 待ってください! お願いします置いてかないでー!」
結局、ある程度走ったところで灯里は音を上げて座り込んでしまい、そこから先は俺が背負って走ることになった。
葵の新装備の威力は絶大だった。第七層で人食い狼が単独でいるのに遭遇したけれど、葵はかなりの距離から正確に狼の頭蓋を貫いて殺した。
威力だけではなく、命中精度も上がっているらしい。
ちなみに灯里のせいで、記録更新は無理だった。