36.長かった日曜日の夜
「というか、陽希ってどこの学校行ってるの? わたしの……とは違うよね?」
「……たぶん」
そう前置きしてから陽希が口にしたのは、隣の県にある小学校。
もちろん葵の通ってる小学校とは違うし、俺たちの生活圏とも離れている。
「うん。明日は学校休もうかー。とういうか家がこんなことになっちゃったし、帰りたくないわよね? 今夜はここに泊まろ? で、明日一日はここで過ごそっか」
「……」
桃香の提案に、陽希は葵の方を見て。
「うん。そうしていいと思う。そもそも帰れないだろうし。桃香さん、陽希のことよろしくお願いします。……手を出すのは駄目ですからね」
「あははー。そんなことしないよー。陽希くんかわいいけど、さすがに年下すぎます」
「だったらいいです。陽希、わたしも学校終わったらすぐに来るから。良い子にしててね」
同い年に子供扱いされているけれど、陽希はあっさり頷いた。
あの父親がいる家に帰るのは気が咎めるけれど、一方で父親が生きている限りは余所の子になるわけにもいかない。
配信のおかげで、父に親の適性がないのは全国に知れ渡ってるし、なんとかなると思うけど。とりあえず陽希の身柄はここで預かるしかないな。
優雅にお風呂に入っていた灯里が体にバスタオルを巻きながら戻ってくると、桃香がデザートを用意していて俺たちは先にあらかた食べていて。ずるいずるいと騒ぐ灯里をみんなで笑いながら、日曜日は終わっていった。
――――
『ごめんなさい! スタスタ辞めます! 他の事務所にスカウトされたので! あとなんかネットでも良くないって言われたので! なんか文句とか言ってきたら、水着配信はスタスタに強制されたってネットで公表しますから!』
そんなメッセージがスマホに来たのを見て、スターライトキャスターの社長は机を拳で叩いた。
所属キャスターからの辞表のようなもの。
退職届を出すでもなく、メールで体裁の整った文書を送るでもなく、メッセージアプリでいきなり伝えてきた。
なんという礼儀知らず。社会人にあるまじき態度。これだから若い者は。これだから女は!
ここ数日、同じようなメッセージで契約解除を申し出るタレントが相次いでいる。皆、ダンジョンに潜らせてバズを目指させた女Dキャスターだ。
社長は自分の無茶な命令が原因だとは考えていなかった。若い女は根性が足りないと、身勝手な偏見で無理やり自分を納得させていた。
所属していたタレント共が根性無しなのは仕方がない。ひとりでも、死んだみっぴー並に人気を集めるDキャスターさえ生まれれば、会社は安泰だ。だから手当たり次第に若い女をダンジョンに送り込む方針を変えるつもりはなかった。
根性無しの雑魚共がどれだけ辞めようが構わなかった。
社長を苛立たせている要因がもうひとつあった。
あかりんだ。本名は忘れた。みっぴーのダンジョン内移動を短縮させるために同行させた高校生キャスターだ。
事件の翌日には契約解除を、まさかのダンジョン運営会社経由で突きつけてきたあの女は、今や時の人だ。
毎日のように配信をして十万もの同接を維持している。
なんでこいつが。インフルエンサーの死に同行していたから一時的に注目を集めただけの小娘のくせに。
社長は今も、パソコンで彼女の配信のアーカイブを見ていた。何が面白いのかわからないが、多くのコメントが流れて投げ銭が飛んでいる。
「冴子。なんとかして、この女をスターライトキャスターに引き戻せないか?」
社長は傍らに立つ秘書に尋ねた。なにか良い案を答えてくれないか期待したのに。
「無理です。本人が戻りたがらないでしょう。しかも彼女の今の所属は、ダンジョンそのものとも言えるD-CASTです。会社との関係を拗れさせるのは避けるべきかと」
「だがっ! この数字を放っておくわけにはいかない!」
「それよりも新しい看板キャスターの発掘が先かと。……社長。やはり、私にキャスターをさせていただけないでしょうか。いくつも配信を見てきました。勝手もわかっています。なのできっと」
「駄目だ」
秘書の提案を即座に却下した。
「なぜでしょうか。社長は所属タレント以外にも、事務職の女性社員にまで声をかけてダンジョンに送っているのに」
「駄目なものは駄目だ。前にも言ったはずだ。お前には、俺の近くにいてほしいんだ。人気タレントにでもなってみろ。俺の秘書が務まらなくなる。それは困る」
お前は仕事ができるから。そういう意味で言ったつもりだった。けど、秘書に向けた舐めるような視線は、相手に嫌悪感を抱かせるには十分。
それに気づく社長ではなかったのだけど。
「それに、またルイスと組ませろと言うのだろう? 駄目だ。ルイスには、死んだ恋人のために再起するシナリオで復活配信をさせなければ。時期を見てひとりでやるか、誰かと組ませるにしても前から関係があった人物じゃなければ駄目だ」
それこそ、あかりんという小娘みたいな者。
恋人の死から間をおかずに、突然出てきた女と組ませるのは受けが悪い。もう乗り換えたのかと避難を浴びかねない。
だから冴子の希望は聞き入れられない。
そして社長は、この話は済んだとばかりに配信画面に向き直った。
「くそ。この小娘さえ戻れば。もういい。俺が直接説得に行く。配信を始めたら位置を教えろ!」
「同行しましょうか?」
「いい! 会社で仕事をしていろ!」
苛立ち紛れに言いながら、社長は配信画面を閉じた。