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35.ダンジョン内デリバリーサービス

 この発言には大きな事実誤認がある。

 宝箱を見つけたのは彼の妻だし、見つけたから所有権が発生するわけではない。持ち主はあくまで、開けた小学生ふたりだ。


 さっきはこんな物と言ってたくせに、価値がわかった途端に手のひらを返す浅ましい男に、俺たちはみんな冷たい目を向けた。


「なんだ……その目は。なんだ!? 大人を馬鹿にするなよ! 俺はな! 俺は……」

「お金持ちなのも、有名なのも、僕のおかげ。あなたじゃない」

「うわあああああ!」


 息子に言われて、自分には何ひとつ誇るものが無いと悟った男は、葵に向かって突っ込んでいく。


 けど、葵は冷静だった。陽希が守ろうとしたのを視線で制して、矢を射る。

 男の肩を掠める、正確な狙いだった。

 肩に大きめの擦り傷を作り、服の一部を持っていかれて、それに引っ張られる形で男は倒れた。


 彼の顔を、陽希が覗き込んで睨みつけた。


「ひっ!?」

「もう、僕に関わらないで」


 陽希の要求に、男は首を横に振るしかできなかった。

 どういう意味かはわからない。実の息子に、こっちに来るなと拒絶しているように、俺には思えた。


 だったらお互いの意見は一致してるな。


「オペレーター。この場所に回収班を寄越してくれ。俺たちはガレージに戻る」

『了解しました。向かわせます。お疲れ様でした』

「うん」

『それともうひとつ。彼は、また脱走すると思いますか?』


 それは俺の知ったことではない。今ので、もはや成功の目はないと悟って諦め、素直に帰宅してくれるならそれでいい。


 諦め悪く別の宝箱を探してダンジョン内を彷徨い歩く未来も、容易に想像できた。



 どっちにしろ、次に脱走しても今度は俺たちで行き先を特定なんかできない。助けに行く義理もないさ。


「さ。長い日曜日だったわねー。帰りましょうか」

「そうですねー。あー、明日月曜日か……うー、疲れた。休みたい」

「学校はちゃんと行くんだぞ」

「ふぁーい……あ、ワープポイントこっちだよー」


 すすり泣く男をその場に放置して、俺たちは灯里についていきガレージへと帰還する。




「はー! おいしい! 桃香さんの料理、最高です!」


 夕飯のハンバーグカレーを勢いよく食べる灯里は、心から言ってるようだった。


「ありがとねー。いやー、食べてくれる人が多くて作り甲斐があります!」

「そういえば、料理の材料ってどうやって調達してるんですか? モンスターの肉とかは現地調達できるでしょうけど、野菜とかスパイスとかは無理ですよね」

「まあねー。浅い層で野菜を栽培する試みは会社でしてるけどね」

「そんなことしてるんですか!?」

「ええ。草原エリアはいい感じに日当たりがあって、でも気候変動はない。ある意味、植物の栽培に適してるのよ。あのエリアは洞窟と違って土を耕すことは難しく無いし。今、家庭菜園レベルの実験から始めてるわ。将来的には、ダンジョン産の食材を使った食堂にまで発展させたいらしいわねー」

「なるほどー……でも、質問には答えてないですよね。ここまで野菜を持ってくるのは誰ですか?」

「小さいものは俺がお使いを頼まれることが多い。大型の荷物とかは、社内で宅配サービスがあるんだ」


 このガレージに住んでいる桃香もそうだし、より下の層の詰め所でも半ばそこに住んでいるみたいな勤務をしている者も多い。

 外の世界に出る用事がないとか、特別手当が出るからとか理由は色々。


 そんな人たちが注文した荷物を届ける人員も、会社は雇っている。


「へー。大きな会社だから、そんな仕事もあるんですねー」

「お姉ちゃん、その担当者にも密着配信してみたら?」

「いいんじゃない? みんな喜ぶと思うなー。ワープあれば時間短縮もできるし」

「んー。暇っていうか、克也の密着配信がそんなに撮れ高無い期間があれば、そっち手伝うみたいな?」

「あ。ちなみに配信員にもそれなりに戦闘能力が求められるから気をつけてね」

「え? そうなんです?」

「凶悪なモンスターが増える下層まで、重い荷物を持って移動する仕事だからな。ここより下の階層にも行く。移動中にモンスターと遭遇したら、逃げるか倒すかしないといけない」


 もちろん荷物を持ったままで。

 倒す必要はないし、運が良ければモンスターと遭遇することもない。けれど普通のレスキューの仕事よりも過酷な面もある仕事だ。


 故に、ルートの短縮ができるワープスキルは有り難がられるだろう。


 当の本人はやりたくなさそうだけど。


「あー。まあ、わたしは今のまま、克也たちのアンテナ整備の仕事についていって、たまにレスキューするくらいがちょうどいいかなー。あははー。よし、明日は月曜日だし早めにお風呂入って寝よーっと」


 実に説明的なセリフを感情の籠もらない声で言ってから、灯里はカレー皿を流し台に置いて風呂場まで向かった。


 デリバリーの仕事は灯里には無理だな。少なくとも誰か護衛がついてないと。


「月曜日といえばさ、陽希は明日どうするの?」


 葵に尋ねられて、陽希はそっちを見た。それ以上の反応は返さないけど、葵は気にする様子もなくて。


「ほら。今日の陽希のこと大勢が見たからさ。なんか学校で評判になって。大変だろうなって思って」


 なるほど。


 陽希は元々、過去の動画のせいで学校では有名人。それも周りから持ち上げられるとかではなく、僻みなんかの感情を向けられて孤立している種類の有名。


 それが話題のDキャスターである灯里の配信に登場して再び脚光を浴びた。今度は、その生い立ちに同情的な視聴者も多いだろう。

 けど、小学生のクラスメイトたちは違うかも。生意気にも有名になったと、さらに僻みの感情を向けて攻撃的になる子はいるかも。

 陽希の知名度を利用して自分もインフルエンサーの仲間入りしたいと考える、小学生のくせに背伸びしすぎの野望を持った子につきまとわれるかも。

 あるいは純粋に同情して、声をかける子が大勢押し寄せるかもしれない。


 いずれのパターンでも、寡黙な陽希にとっては避けたい出来事だ。


 最悪、話しかけられても沈黙を守る陽希を見て、こっちは構ってやってるのにといらぬ世話をかけた自分を棚に上げて怒り出す奴も出かねない。

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