33.ふたり一緒に
「宝箱!」
「あ! 待って葵! ひとりで行っちゃ駄目!」
方向を聞いた途端に駆け出した葵。彼女の足音と、もうひとつこちらに急速に近づいてくる足音が聞こえた。
陽希の父親だ。葵とぶつかれば怪我をさせるかも。
俺が動く前に、既に陽希は駆け出していた。相変わらずの無言だった。
こんな息子を育てた父親は、対照的と言えるくらいに饒舌で。
「どこだ!? 俺の宝は!? どこだ!?」
声が先行して聞こえてくる。すぐに、薄暗い洞窟の通路の向こう側から姿を現した。
かっと開いた目は血走っていて、存在しない栄光を探していた。
そんな彼はほとんど前が見えてない様子で。自分の前にいる小さな子供に気づかなかった。
一方、勢いのまま駆け出した葵はまだ冷静で、男の姿を見てなんとか止まろうとしたものの、急停止した勢いでバランスを崩してしまう。
そこに、まっすぐ突っ込んでくる男を避ける余裕なんてなくて。
「あ。まずい……」
俺では間に合わないと悟った。
しかし陽希は違った。
うわ言を口にし続ける父親に急接近すると、その勢いのままに跳躍して回し蹴りを放った。
「おごっ!?」
息子からの強烈なキックを受けた彼は俊足の勢いをほぼ削がれて、その場で前に倒れ込んだ。
陽希は男の体の下敷きになる前に退避した。
「怪我、ない?」
「あ。うん。大丈夫。ありがとう、助けてくれて」
「当たり前のこと」
「そっか」
ビクビクと痙攣している実の父親は無視して、陽希は葵を気にかけていた。気遣う言葉すらかけている。
「うっわー。尊いとか、拝むみたいな絵文字と一緒に大量の投げ銭が。嬉しいけど。なんか複雑っていうか。妹のこういうのでお金稼ぐのは、なんかあれっていうか……」
「そういうものよ。カップル系キャスターは人気だから」
「でもー。小学生にはまだ早いですよ!」
「お姉ちゃんうるさい! 宝箱はどこ?」
「うぅっ。妹のことこんなに大事にしてるのに、大事にされてない……そこです……」
灯里が指差したのは、洞窟の壁面。そこに細い亀裂があった。
高さもあまりなくて、大人が入るのは不可能な大きさ。けど、その中にちょっとした空間があった。
薄暗い洞窟内では、壁の凹凸でできた影にも見える。だから多くの人間は気づかず通り過ぎる。仮に見つけたとしても、中を覗いても何もないし、そもそも入ることができない。
けど、昨日突然そこに宝箱が出現した。
裂け目は小学生くらいの子供ならなんとか入れるサイズ。
陽希の母には、これが絶好の機会に見えた。陽希なら開けられて、素晴らしい中身を手に入れられる。バズるに違いないと。
詳しいことは、夫にも息子にも伝えてなかったようだった。
「わたしたちなら入れるね」
葵が先に入っていき、次に陽希もそれについていった。
子供ふたりと宝箱。それ以外にはほとんど余裕がないほどの狭い空間。
「じゃあ葵、さっさと開けちゃって。この人の未練を断ち切るためにも!」
「うん。……じゃあ陽希、一緒に開けよっか」
「……?」
いいのかと言いたげに、陽希が微かに首を傾げた。
ハイパーポーションかそれに類する物が出てくる万一の可能性を期待するなら、自分の存在は不要だと陽希は言いたいのだろう。
「いいの。どうせ出てこないし。それに……ハイパーポーションが出るかもって走り出したさっきのわたし、なんかあの男みたいで。自分でも嫌だなって思ったの」
『そんなことないよ』
『頑張る葵ちゃんは素敵だよ』
灯里が見せてきたスマホ画面には、そんなコメントが流れていた。
でも、あくまで葵の自意識の問題だから。
「この宝箱、開けた人の考えを読むらしいけど、それでいて意地悪だから。わたしの願い通りにはならないかなって。だから、まあ、なんというか……」
「?」
「その。わたし、陽希のこと。なんというか前から……。前からだし、さっき出会った時もその。えっと……」
「……?」
葵がハイパーポーションを諦めたのは理解しつつ、自分も一緒に開けることに繋がる理由は、まだ陽希はわかってない。
難しいことじゃない。葵は、陽希と一緒に開けたい。それだけだ。
『葵ちゃん頑張れ!』
『ガチ恋勢だったのか』
『子供向けチャンネルのガチ恋勢?』
『ええやん。青春だねえ』
『よっしゃ陽希くん素直に一緒に開けよう!』
『開けろー』
『むしろ抱け!』
『初めての共同作業!』
『開けろ!』
『抱けっ!』
『抱けー!!』
コメントが荒ぶってる。抱けは言い過ぎだからな。
「あー。うあー。うん。よし。陽希くん。一緒に開けてあげてください。葵にとって陽希くんは憧れの人だから。一緒にこういうことするの、やりたかったんだよね。なんかほら。コラボみたいなものって思って。だよね葵?」
「え? うん! そういうこと! お姉ちゃんありがと!」
まだ、本心を告げる勇気がなかった葵は、姉の助け舟にあっさり乗っかった。
憧れと言い換えることも、できなくはないかな。
「わかった。じゃあ、一緒に」
陽希も納得した様子で、宝箱に手を伸ばした。
「ありがとう。せーの」
葵の声と共に、灰色の宝箱はあっさり開いた。中に入っているのは。
「ミラクル・ルミナス変身ブレスレット?」
朝やってたアニメの関連商品である、玩具だった。