31.クソ親父の脱走
「陽希くんのお父さんは生きてます。だから陽希くんは本来ならあの人の家に帰らなきゃいけないんだけどね」
『反対だな』
『上に同じ』
『あの親父に任せていいわけがない』
『あいつの地元どこ? 児相に通報する』
『施設もあれだけど、ここで養えない?』
『絶対ダンジョン攻略に役立つだろ。あの強さ』
別に、俺たちはダンジョン攻略を目指しているわけではない。その手段を用意しているだけ。
とはいえもうすぐ控えている第十三層の探索に、あの力が欲しいのは確かだ。しばらく置いていてもいいかもしれない。
『そういえばさ、今日もスタスタのキャスターの配信大量にあるぜ』
『あー。何人ものキャスターを送り込んでるやつな』
『目指せインフルエンサー』
『そんなの、何人も同時に配信させたら同接も分散するだけだろうに』
『社長も必死なんだろ』
『ほとんどが過疎ってるみたいだし』
『さっき、水着で配信してた奴がレスキューされてたの見たよ』
「あー。水着かー。この層で?」
『いや。第六層』
深いところまで行こうとして、危険なモンスターが出る階層に差し掛かったところでギブアップか。
浅い階層には、川や大きな湖もある。そこで水着姿で配信して同接を稼ごうとする行為はよく見る。そういう需要があるのは構わないし、本人がやりたくてやってるなら何の問題もない。
それでDキャスターという仕事が盛り上がるなら、会社としても良いこと。
ただし軽装備極まる格好で深い層まで行くのは自殺行為だし、事務所からそんな要請があったと明るみに出れば大問題になる。
「わたしもねー。全然同接伸びない時は水着配信やろっかなって思ったことあるんだけどねー」
『あかりんは制服くらいがちょうどいいよ』
『胸ないしね』
『そんな簡単に肌を晒すことないよ』
『そのままのあかりんが素敵だよ』
『高校生だしね』
『脱いでも胸ないしね』
『そのままで頑張ってるあかりんがいいと思うよ』
「みんなありがとう。なんか失礼なこと言われてる気がするけど」
『そんな感じだから、レスキューたちは忙しいらしいよ』
『D-CAST忙しそうだねー』
『稼ぎ時だねー』
『過労死だけは気をつけて!』
『ところで、事務所に強制されて危険なダンジョン入りをした場合、レスキュー費用は事務所とキャスターどっちに請求がいくん?』
視聴者からの素朴な質問が来た。
「事務所による。請求は、とりあえずキャスター本人に行く。ただしまともな事務所なら代わりに払ってくれる。そこは事務所と会社の契約で決まってるはず。キャスターが一旦立て替えて事務所が補填してくれるパターンが多いけど、事務所が直接送金してくるのも珍しくはない」
そこの管理は経理とかの事務職の仕事だから、俺もそこまで詳しくはない。あくまで聞いた話だ。
「ちなみに、スタスタではキャスター本人の負担になります!」
Dキャスター側が生の情報を言ってくれた。
『#スタスタを出よう』
『#スタスアは駄目だ』
『#スタスタはブラック』
『#スタスタはなんかよくない』
『うん、なんかよくない』
『普通によくない』
『やっぱ推しのキャスターが破滅する前に所属変えするのを勧めるわ』
『てか、これだけレスキュー多発してるなら、会社としてスタスタに抗議すべきじゃね?』
たしかに、そうすべきかも。けど、いちバイトの俺が会社に意見を出すことではないよな。
もっと上の人間がやること。社長とか。グループの会長である俺の親父とか。
そんな調子で雑談しつつ。日曜日の午後を穏やかに過ごしていたのだけど、問題というのは突然起こるもの。
『杉下洸希が脱走しました』
オペレーターからの通信が入った。
「脱走?」
『要救助者が多くて人手が足らず、目を離した隙に逃げられました。杉下洸希のスキルもあって』
「そうか……」
俊足スキルを持ってたから、普通の職員では追いつけない。俺でも無理。
「現在位置は?」
『不明です。スマホを持たずに出ていったので』
「そっかー。じゃあ追いかけようが無いねー」
灯里が、まったくやる気を感じさせない言い方をする。今日はもう仕事をしない。雑談だけして終わらせる。そんな意志を感じさせる言い方。
「行き先がわからないなら、わたしたちで探しに行くのも無理だよねー。うん、わからないなら」
「わかる」
「ひぇえっ!?」
隣にいつの間にか陽希が立っていて話しかけられて、灯里は情けなく悲鳴をあげた。
「脱走したのは、お父さん?」
オペレーターからの通信を受けるイヤホンは陽希には用意されてない。だから俺たちが何の話をしているのか、詳しくはわからないのだろう。
葵は聞いてるはずだから、少しは状況を聞いたのかもしれないけれど。
そして陽希は、父が脱走したとすれば目的はなにかを最も把握でそうな立場にある。
「そうだ。行き先はわかるか?」
「さっきの、場所」
「さっきの……お前がミノタウロスと戦ってた?」
頷き。
「目的は?」
妻の遺体は既に回収されているだろうし、弔いの花を手向けに行くタイミングではない。そういう事をしそうにない性格だし。
「白い、宝箱」
陽希は短くそう言った。