30.五人の団欒
灯里のワープのおかげで、階段横詰め所までの往復は時間をかけずにできた。
戻ってきたところ、ガレージの外で桃香が待ち構えていて、静かに入るように言われた。今いいところだから邪魔しちゃ駄目だって。
なんと、無口な陽希が自分の生い立ちを話してくれているのだという。なぜか葵が、親身になって話しているらしい。
その疑問への答えは、じっと聞いていればわかった。恩人か。
言われた通りに静かに、こちらの登場に気づかれないように話を聞いた。それが一段落して葵が陽希への気持ちを伝えたところ、感極まった灯里がふたりの方に駆け寄ったというわけ。
「お姉ちゃん、いつから聞いてたの?」
「んー? 陽希くんのお母さんが、陽希くんの稼いだお金でブランドもの買ったところ?」
「ほとんど最初!?」
恥ずかしさから顔を覆って俯く葵。灯里はそんな妹を気にせず、陽希の手を取った。
「陽希くん! ありがとう! 葵の助けになってくれて! お姉ちゃんも嬉しいです!」
「……」
「あははー。やだもー。じっと見つめないでよ。照れちゃうじゃん。ていうか、どうしたの? わたしがこんなにかわいいから見とれちゃった?」
「お姉ちゃん。陽希、ものすごくウザそうな顔してるよ」
「え? またまたー。無表情すぎてそんなのわかるはずないよー。陽希くんは、こんな美人のお姉さんに手を握られて、本当は嬉しぎゃあああ!? 痛い! 痛いんですけど!?」
陽希が握ってきた手を握り返して、しかも力を込めたらしい。
「お姉ちゃんが変なこと言うから。陽希、やめてあげて? こんなのでも、わたしの家族なの」
「……」
「た、助かった……思ったよりヤバい子だった」
フラフラと離れていく灯里を、陽希はまだ警戒しているように睨みつけた。
無表情のくせに、この表情だけはしっかり顔に出るんだよな。
「ひいぃっ!? わ、わたし、食べても美味しくないですよ!?」
俺の後ろに隠れた灯里は、すっかり怯えてしまっていた。
お前は陽希を何だと思ってるんだ。
「さて、みんなお昼ごはんにしましょうか。お腹すいたでしょ?」
いつの間にかキッチンにいた桃香が声をかけて、陽希は表情を戻して葵の方を見た。
「いいよ。一緒に食べよ。いいよね桃香さん」
「もちろん。陽希くんの分もあるわよー」
「……ありがとう」
喋った。
というか今、陽希は困惑とか不安を顔に出してたのか? 昼ごはん食べようの呼びかけに自分が含まれてるかどうかに対して。俺には全然わからなかったけど。
「いただきます」
無口なくせに、昼食を食べる時はちゃんとそう言う。あんな両親だけど、本人には礼儀が身についているらしかった。
「陽希くん笑ってる」
「え? 本当に?」
「うん。わかりにくいけど」
「……わからない」
昼食のオムライスを頬張る陽希を、灯里が凝視して諦めた。俺にもわからなかった。葵にだけは、なんとなく見えるのかな。
でもよかった。この場を心地よいと思ってくれたらしくて。
たぶん、陽希の家庭環境は良くなかったのだろう。金だけはあったけれど、家族の団欒を重視はしなかった。
家族で過ごす時間よりも、動画撮影を優先してたのだろうな。
俺も同じだ。父は忙しいらしくて、なかなか帰ってこなかった。母もおらず、使用人が作った料理をひとりで食べるだけ。
灯里の家も同じだったのかも。葵がさっき、母の仕事が忙しかったと言っていたし。
けど、今の俺たちは違う。家族ではないけれど、こうして一緒に食卓を囲む仲間がいる。
とても、心地よかった。
「ねえ陽希。今のプリミラって見てないよね。おもしろいよ。一緒に見よ」
食後、今日の仕事は終わりとみんななんとなく共通して思ったから、葵は陽希を誘ってテレビの前に行く。サブスクでプリミラの過去の放送回も見ることができる。
陽希にとってはプリミラの玩具は忌むべき存在かもしれないけれど、さっきの葵の説得でかなり考えが変わったらしい。そうだよな。アニメに罪はない。
そして俺たちはガレージの隅で壁を背景に配信を再開した。いわゆる雑談配信というやつだ。休日ということもあって、あっという間に同接が十万に達した。
朝の一連の件、なにがあったかを視聴者に説明する。
それから大事なこととして、陽希をハルちゃんとは呼ばないで、リアルに見かけてもそんな呼び方はしないでほしいし、もしクラスメイトが見ているなら彼に余計なことはしないでほしいと伝えた。
冷静な子だけど、チャンスがあれば父さえ殴る胆力を持っている。彼にちょっかいを出さないのは、自分を守るためでもあると。
『リスペクト大事』
『そうだよな。小さい頃の動画が大きくなってもついて回るの、嫌だよな』
『陽希くんをいじめてたキッズ見てるかー?』
『てか、あの子供ミノタウロス三体を素手で殺したってマ?』
『克也お前よりやばくないか?』
「真正面から戦ったら、エンチャントもあるし俺の方が強いと思う。けど、単純に力比べしたら負ける」
『そっかー。陽希くんやばい』
『ただでさえ最強の克也に、最強の陽希がつく』
『しかも遠距離攻撃もできるメンバーもいるし、あかりんはワープもできる』
『桃香さんは胸がでかい』
『そこはメカニックとして完璧と言ってやれ』
勝手に陽希が俺たちのメンバーに入っていることにされている。
まあ、彼が家に帰ることを望まないなら、こちらで引き取ることもできなくはないけど。
『そういえば、陽希くんは今どこに?』
「葵と一緒にプリミラみてるよー」
『あのふたり、仲良いの!?』
『同い年だもんね。仲良くなれるよね』
『ハルアオ尊い……』
『青春だねえ……』
『ハルアオの順番入れ替えたらアオハルじゃん!』
『マジだ。青春だ』
『デート代をあげようねえ』
投げ銭が勢いよく入ってくる。ありがたいことだけど。勝手に付き合ってることにはするなよ。