3.助けたのは同級生
この剣でもメタルアントは断ち切れない。けど問題ない。
「エンチャント・炎!」
スキルを叫ぶと同時に、剣の刃が炎を纏う。炎はすぐに剣に吸収されていき、高温になっていく剣が赤い光を発した。
金属を断ち切るには熱くすればいい。簡単なことだ。
メタルアントの一体の顎が金属音をたてながら開閉し、少女に迫っていた。俺はすんでの所でそいつの首へ剣を振り、断ち切る。
「キシャアアアァァァァ!」
「キシャアアァァアアア!!」
他のメタルアントたちが怒ったような声をあげた。悪いな、その子はお前の餌じゃない。
奴らは俺を、優先して殺すべき脅威と見たらしい。一斉に襲いかかってきた。
だからなんだ。洞窟の通路なら、前から来る敵を順番に殺していけば囲まれる心配はない。
大顎を開いて噛みつこうとするのを回避して剣を振る。高温の刀身が一撃で蟻の頭部を真っ二つに両断。さらに踏み込んで次の蟻の頭を貫いた。
蟻の表皮が高温の金属となって手元に垂れてくる前に剣を引き抜き、次に控えていた蟻の胴を真っ二つにする。
「キシャアアアアアァァァァァ!!」
最後に残った蟻が、一際大きな声をあげた。
洞窟の通路とほぼ同じ太さの幅の蟻。それが後ろの足で天井いっぱいに身を起こして威嚇していた。
俺もまた、剣を構えて踏み込む隙を伺った。一瞬、睨み合いがあって。
カン。小さな音がした。メタルアントの頭に細い矢が当たった音。
襲われてた少女の攻撃だろう。刺さらず音が鳴っただけに終わったけど、一瞬だけ蟻の注意が俺から逸れた。
瞬間、俺は踏み込み蟻の胸に剣を突き刺す。
敵は苦しみの咆哮を上げ、しかし死ぬことなく腕をバタつかせて俺を払いのけようとした。しかし。
「エンチャント・氷!」
瞬間、蟻の中の刀身が急速に冷えていく。剣それ自体だけではなく、金属で覆われた蟻の中身の温度を下げ、凍結させていった、
メタルアントの表面に霜が降りる。中が完全に凍って息絶えたそいつから強引に剣を抜くと、奴の体は消滅していき素材に変化する。どういう仕組みかは知らないけど、ダンジョン内で死んだモンスターはこうなる。
ドロップしたのは少量の鉄グズ。レア度は低く、売っても見た目以上の金にはならない。
「うぇぇぇぇぇ! ありがとうごじゃいましゅぅぅぅ!!」
「うおっ!?」
突然後ろから抱きしめられて、俺は少しよろめいた。
「死ぬかと思ったあぁぁぁぁ! びぇぇぇぇ!」
「と、とりあえず無事で良かったです……」
「あの、助けていただき、ありがとうございました」
さっき弓を放ってくれた、小さい方の女の子が遠慮がちに俺の前へ来て、頭を下げた。長い髪が揺れる。
小学校高学年くらいかな。明るい色のシャツにショートパンツの、動きやすそうな格好。
「ダンジョンのレスキューの方ですよね」
「そうだ。正確にはアンテナの補修要員で」
「すごいです!」
「おぉっ!?」
彼女が目を輝かせて顔を近づけたから、俺は身をのけぞらせた。
すごいって、何が?
「あんなに大勢のメタルアントを一瞬で倒すなんて! みんな驚いてますよ!」
そう言いながら、彼女はスマホ画面を見せてきた。
配信画面だ。同接数が……二十万人!?
まさか、この子が例のインフルエンサー?
猛烈な勢いでコメントが流れている。
『信じられない』
『ヤバいヤバい』
『メタルアントとか、五人がかりでやって一体倒すのも苦労する奴!』
『斧で滅多打ちにするのがセオリーのはず』
『剣で倒した!?』
『こいつ何者?』
『Dキャスの社員?』
『格好いいかも!』
「え……なにこれ」
「お兄さんがバズってるんですよ」
「そ、そうか」
これくらいの敵、大したものじゃないんだけどな。
普通のDキャスターの感覚だと、こうなのかも。
「とにかく、君が無事でよかった。えっと、インフルエンサーが配信途中で通信が途絶えたって聞いたけど、君? ご迷惑を……」
「いえ。わたしじゃなくて。インフルエンサーさんの配信から人が移ってきただけ……だと思います」
「そうだ! みっぴーさん!」
「うわっ!?」
俺の背中にしがみついていた、もうひとりの少女が急に復活した。
「みっぴーさーん! 無事ですか!?」
「不用意に動くな」
「ぐえっ!?」
ここはアンテナ設置区域の端。不用意に動けば電波の範囲から外れて迷子になりかねないから、彼女の後ろ襟を掴んで引き止めた。
Dキャスターは大切なお客様。その命を守るための行動だ。雑に扱ったわけではない。
「もー! 何するの!?」
彼女は起こったように振り返り、ここに至ってようやくその顔をまともにみることができた。
最初に気づいたこと。彼女は俺の高校の制服を着ていた。紺色のブレザーにチェックのスカート。間違いない。胸元のリボンから判別するに同学年。というか。
「え? 折付くん?」
「お前……衛藤か?」
短い黒髪に、猫を思わせる吊り気味の目。
衛藤灯里。俺がつい先日入学した高校の同級生だった。
「わー! 折付くんだ! こんな所で偶然だね! なになに? 折付くんもキャスターなの? わー。今度コラボしよっ!」
「お、お姉ちゃん。あの……」
「あ! 紹介するね! 妹の葵! 姉妹でキャスターやってます! あんまり登録してくれてる人は多くないんだけど、毎日頑張って配信して」
「お姉ちゃん!」
「静かにしろ」
「みにゃー!?」
小学生の妹に尻を叩かれ、俺からも頭に軽いチョップを受けて、灯里は変な悲鳴をあげた。