29.誰かを救っていた
幼いと言っても、五歳にもなれば自分の好みは出てくる。
杉下陽希は他の大勢の男の子と同じように、変身ヒロインアニメよりもヒーロー番組の方が好きだった。
けれど両親は陽希の容姿のかわいさ故に、女の子向けの玩具のレビュー動画を撮り続けた。
間違いなく効果はあって、杉下家は結構な動画収入を得ていたようだ。それは陽希の将来のために貯蓄に回されたりはせず、両親の贅沢のために使われた。
高い車にブランド物のバッグ。おおよそ、金の使い方が下手な成金が欲しがる物から買っていった。
陽希が嫌がり再生数が減って収入が落ちていっても、彼らは生活水準を落とすことはできなかった。
とにかく、かわいい物で遊ばせれば再生数を稼げるはずだ。そう考えた両親はとにかく陽希に女の子向けの玩具を与え続けた。
やがて陽希が、かわいい物をだけではなく動画として自分の姿を世に晒されていること自体に嫌気がさして、一切の動画出演を拒絶するようになった。
それでも両親は贅沢な暮らしを続けたかったようだ。
「だから、陽希をまたインフルエンサーにしてお金儲けようとしたんだ」
陽希はゆっくり頷いた。
あまり口を開かない彼の事情を探るのは簡単じゃない。けど、ちゃんとお話してくれる。
だから、ゆっくり聞いていれば大丈夫。
あの父親が、克也にあんなに必死にコラボのお願いをしていた理由も、陽希が父を容赦なく殴った理由もわかった。
息子を金づるとしか見ていない、最低の親。世の中にはこういう親もいるんだと、少しショックを受けたのは確か。
けど、あの父親に葵が好印象を持てないのも確か。
今の話でわからないことがひとつあった。
「女の子向けの玩具ばかり買い与えられるのは嫌だよね。けど、動画に出ること自体が嫌というのも、また別の話なの?」
頷き。それから。
「学校の、女の子が。嫌味言う」
「嫌味? どんな?」
「僕のせいで、玩具買ってもらえなかった」
「……そっか」
レビュー動画は玩具の宣伝になるものだから、メーカーもお目溢ししてることが多い。
けど、家庭によっては違う受け取り方をする所もあるはず。
動画を見て遊んでるつもりになりなさい。これで我慢しなさい。そういう家庭だ。
そもそも玩具を買うつもりなどない親御さんだから、動画が見れるだけマシなのかもしれない。けど、子供にとっては違うのだろうな。
自分は買ってもらえないのに、この子はたくさん買ってもらった上に人気者。同い年の誰かから嫉妬を集めてしまう。
小学校に入学した当初の、まだ親に言われるままに動画に出ていた陽希は、ある日クラスの女の子にハルちゃんだと気づかれて、そういう嫌味を言われた。
ずるい。あなたのせいで買ってもらえない。
男の子からの反応も冷淡なものだった。男のくせに女の玩具で遊んでるなんて、その頃の分別のつかない子供には異常者にしか見えない。
子供ゆえの残酷さによって集団から疎外された陽希は、動画撮影のことしか頭にない両親のいる家にも居場所はなく、次第に他者との関わりを避けるようになり、あまり口を開かなくなった。
彼はダンジョンに入って初めて、両親に反抗できるスキルを手に入れた。そして陽希だけではなく他の人にまで迷惑をかけ始めた父に、積年の恨みをぶつけた。
これが、杉下陽希という少年にあったこと。
「そっか。辛かったんだね」
「……」
普段はこんなに話すことはないのだろうな。陽希は、それきり口を閉ざしてしまった。
「ありがとう。色々話してくれて」
「……」
また、黙ってこっちを見ている。表情の変化はない。
いや、微かにあった。口元が緩んでいる、気がした。
少しだけ、緊張が解けたのか。誰にも言えない気持ちを伝えられて嬉しかったのか。
かわいく笑うじゃん。あ、かわいいって言うのは駄目なんだっけ。男の子として扱わないとね。
けどその前に、ひとつだけ言っておかなきゃいけないことがあった。
陽希が自分のことを話してくれたんだ。わたしのことも話してあげないと。
「えっとさ。陽希がすごく辛かったのは、よくわかる。あの動画に出てたこと、今でも後悔……は違うか。自分でやったこたとじゃないもんね。ええっと、嫌だと思ってるはず」
「……」
「でもさ。わたしは陽希の出てる動画を見て、救われたんだよ」
「……?」
微かに首をかしげた。
「うち、早くにお父さんが亡くなって、お母さんも仕事が忙しくて。それはもう病気になって倒れるくらいに忙しくて家に帰ってこなくて。親に甘えられない子供だったの。お姉ちゃんはあんなのだし」
今でも子供だけど、それはそれ。そんな環境だったから、葵は少し大人びた性格をしていた。
たぶん、陽希も同じ。
「家にいられない罪滅ぼしなのかな。よく、玩具は買ってきてくれた。プリミラの玩具とかドールハウスとか。でも家のことしなきゃだから、学校の外で遊ぶ友達とかいなくて。……で、そんなわたしは動画の中の陽希に救われた」
寝る前の時間。本心はともかく楽しそうに遊んでいる陽希の動画を見てると、自分も楽しくなっていく。そういう遊び方があるんだって、ネットに繋いだパソコンの前に玩具を広げて真似してみたり。
格好いい男の子の友達と、一緒に遊んでいる気になれた。
「陽希にとっては嫌な思い出かもしれないけど、わたしにとっては陽希は恩人みたいなものなの。だから陽希の過去のこと、全部嫌だって思ってほしくないな。救われた人も大勢いるはずだから」
陽希は少し驚いた顔を見せた。葵には、それがはっきりわかった。
「……葵が嬉しかったなら、僕も嬉しい」
「うん。ありがとう。……ここだけの話ね、今もプリミラ好きなのは、その時の楽しさを覚えてるからだと思う。みんなには内緒だよ?」
いたずらっぽく笑いければ、陽希も微笑み返してくれた。
これで陽希が、わたしの昔からの大切な人が救われてくれたなら、すごく嬉しい。
そして。
「そうだったんだね! 陽希くん、葵の恩人だったんだねー!」
「……は?」
姉の声が聞こえた。なんでここにいるの?