表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/62

28.葵と陽希

 陽希はなおも父を睨んでいた。しかも無言で。


 手を緩めれば間違いなく再び襲いかかってくる。それはまずい。


「灯里。この男を階段横まで運ぶぞ。陽希と引き離さないと」

「う、うん。だよね! それがいいよね! でも陽希くんは?」

「このガレージで預かる」

「そ、そっかー。ねえ、逆の方が良くない? この人をガレージで保護して陽希くんを詰め所に預からせた方が怖くない」

「……」

「いいえなんでもないです! 怖いから睨まないでください陽希様! 行きましょうお父さん! さあ早く立って!」

 

 陽希の存在にすっかり怯えてしまった灯里が、男の体を引きずってガレージの外まで行こうとする。体力が無いから無駄な努力だ。

 俺が立たせて、肩を貸しながら移動した。


 ふと後ろを見れば、陽希が追いかけようとしていて。


「待って。陽希くんはここにいて。ねえ、お腹すいたよね? お昼ごはんにしない?」


 桃香が立ちはだかって止めていた。

 あの子が、父親さえいなければ大人しくなると願おう。





「なるほどー。そういうことがあったんだねー。あのハルちゃんが大きくなって……凶暴になって……」


 詰所までの道中、陽希と家族の背景や配信中にあったと思われることを灯里に説明する。


『それは、この父親が悪い』

『このクズが』

『息子のことを考えてない』

『子供をダシにして自分が目立ちたいだけなんだよな』

『放置してたけど、あいつのチャンネル登録解除した』

『俺もしよっと』

『しかし、あのハルちゃんがこうなるとは。俺の娘も見てたよ』

『大きくなったよなあ』

『でも、今でもかわいい顔してるよね』

『わかる。美少年』

『玩具で遊ぶのはキツくても、これはこれで人気出そう』

『今でもハルちゃんって顔してる』


「あ。ちなみに本人はハルちゃん呼ばわりしたら怒るから気をつけてな」

「はい! 絶対に呼びません! あの子を怒らせることはしません!」


 灯里はすっかり怯えてるようだった。


 その後、詰め所にて同僚たちに男を引き渡した。既にオペレーターには事情を説明して詰所の職員にも話が行ってるから、引き渡しはすんなりいった。


 この男には今頃各方面からバッシングが来ていることだろう。

 その手の炎上沙汰が良いとは言えないけど、反省の材料にしてほしい。


 となると次の問題は、陽希の方だ。


「あ、なんか急に心配になってきた。陽希くんと葵、一緒にして大丈夫かな。もし葵の身になにかあれば……」


 急にソワソワしはじめた灯里を静かにさせるため、俺たちは帰路を急いだ。



――――



 桃香がキッチンで料理している間、葵は陽希とふたりきりになってしまった。

 姉も克也も出ていってるから、レスキューの仕事の受付は休止中。というか、今日はもう仕事をしたくない。


 となれば、普通の日曜日を過ごすべきなんだけど、ここは家とは環境が違いすぎる。まだ、ここでの暮らしに慣れていなかった。

 どう過ごせばよいのかも、よくわからない。


 それに。


「……」


 陽希が、ずっとこちらを見つめていた。


 葵は、自分がここに残されたのは陽希の監視役の意味もあると理解していた。なのに、なぜか陽希の方に監視されてる気分だ。


 彼は何も言わずに視線を向けるだけ。葵が少し体を動かしたら、陽希の視線も動く。


 試しに、こっちからもじっと見つめてみた。


「……」

「……」

「…………」

「…………」

「あー! 駄目だ。無言で見つめ合うなんて無理!」


 三十秒ほどでギブアップ。そんな葵にも、彼は反応しなかった。


 改めて陽希の様子を見る。顔全体の表情に乏しい彼だけど、その目からはこちらに対する純粋な興味が見えた。


 よし、お喋りしよう。わたしはこの男の子を放っておくなんてできない。昔から知っている人だから。

 大好きな人だから。


「初めまして。わたし、衛藤葵です。小学五年生。同い年、だよね?」


 返事はない。けど、彼は頷いてくれた。よし、コミュニケーションは取れる。


「杉下陽希くん。タメだし、陽希って呼んでいい?」


 頷き。


「ありがと。さっきはごめなさい。あんまり好きじゃない呼び方しちゃった。ちゃん付けで呼ばれるの、嫌だよね」


 頷こうとして、止まった。それから、少しためらってから。


「僕も、ごめん。襲いかかった」


 喋ってくれた。


「いいよ。ちょっとびっくりしたけど、お互いこうして無事だし。ねえ陽希。こんな感じでお喋りしていい?」


 頷き。


「ありがと。えっとね……あのお父さんは、陽希を見捨てて逃げた。合ってる?」


 頷き。


「そっか。だからお父さんが嫌いになって、殴ったの?」


 首を横に振って否定した。何に対する否定かといえば。


「お父さんを嫌いになったのは、見捨てた時より前?」


 頷き。


「ずっと嫌いだったの? それは……黒歴史について話してごめんね。玩具で遊んでいた時から?」

「最初は、違った。だんだん、嫌いになった」

「そっか。最初は小さかったし、自分が何しているかよくわからなかったってこと?」

「うん。……やりたくないって言ったけど」


 その続きを言うのに、陽希は躊躇いがあるようだった。


「いいよ。話したくないことだよね」

「ううん。話す……」


 その後も、少し沈黙があった。元々無口な子なのだろう。それでも、陽希はぽつりぽつりと話し始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ