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27.獣の如く

 桃香に連絡をとって、息子は生きていると父親に伝えてくれとお願いしたら、彼はすぐに立ち上がったそうだ。最初からこうすればよかったな。そもそも泣きわめくなという話だけど。

 そして配信中であることにも気づいたようだ。体裁を取り繕うように、顔を引き締めていた。手遅れだと思うけど。


 灯里のワープによって、彼はすぐにガレージまで来た。


陽希(はるき)!」


 入ってくるなりそう叫んで、周囲を見回した。それが彼の本当の名前か。

 ベッドがあるのは奥の居住スペース。そこまでずんずん向かっていき、息子の寝顔を見た。


「よかった! よかった……陽希が無事で! 起きてくれ! 父さんだぞ!」

「あの。眠っているので、お静かに」

「ああ。申し訳ありません。……あなたはまさか、あのエンチャント系整備員の克也さんじゃないですか!?」

「ええ、まあ」


 男を宥めるようにして陽希から遠ざける。てか、なんなんだそのダサいあだ名は。


「初めまして! わたし、ハルちゃんねるの杉下洸希(すぎしたこうき)と言います! そうだ、コラボしませんか。この配信、今何人も見ているんですよね? わたしも最大登録者数四十万人のインフルエンサーなんですよ!」


 灯里の持ってるカメラに向かって、表情を作りながら言う。俺に話しかけてるんだから俺を見ろ。


 すると葵が、この男……というか陽希のチャンネルのページをそっと見せた。チャンネル登録者数、三十二万人。

 メインコンテンツが更新されなくなった上に、つまらない動画を上げ始めたから解除した人が結構な数いたらしい。だから最大登録者数なんて言ったのか。意味のない数字だよ。


「実はですね、陽希に新しい挑戦をということでDキャスターをさせようとしていたんです。克也さんみたいに活躍して、誰かを助けたりして多くの人を魅了するキャスターにさせます」

「あの。杉下さん。今はそういうことを話している場合ではないと思います。奥さんが亡くなられたのはご存知ですか?」

「え……ええ。わたしの見ている前で、怪物にやられて……」


 それが、大きな悲劇であると言うように、男は悲しげな顔を見せた。

 実際に悲劇ではある。その状況から息子を置いて自分だけ逃げたことに彼は触れようとしなかった。


「しかし、陽希がDキャスターになることは妻の願いでもあるのです! だから陽希のためにも、コラボしませんか?」

「ねえ。杉下さん。あの」

「陽希にはフォロワーが大勢います。ダンジョンは初めてでしたけど、キャスターとしての経験は克也さんよりもずっとあります! だからDキャスターとして大成功するはずなんです!」

「あの。杉下さん。あれ」

「いずれは克也さんよりも有名なキャスターになるはずです! だから今のうちに関係を作るのは克也さんにも得があって」

「あの! 杉下さん! あれを見てください!」

「なんだ君は」


 息子のことを勝手に決めつけ、俺に対しても微妙に無礼なことを言う男は、煩わしそうに灯里を振り返る。

 カメラを構えつつ男に呼びかけていた灯里は、別の方を向いていた。


 陽希が目を覚ましたらしく、身を起こしてこっちを見つめていた。


「陽希! 目が覚めたのか! この人が克也さんだ! 今、コラボ配信ができないかお願いしている所なんだ。陽希からも頼んで」

「お母さんが死んだ」


 初めて聞いた陽希の言葉。短く言って、それ以降口をつぐんだ。


「あ、ああ。そうだ。母さんは亡くなった。だけどな、陽希がキャスターとして活躍するのは母さんの希望でもあったんだ。だから、だから陽希も」

「……」


 次の瞬間、陽希の体がブレた。

 とてつもない速度で踏み込んで父に肉薄すると、軽く跳躍しながら顎を拳で殴り上げる。


 体を数センチ浮かせてからガレージの床に倒れた男に、陽希はマウントポジションを取って鼻をぶん殴った。


「あっ、あがっ」

「……」

「や、めろ」

「……」


 頬を、こめかみを、目を。固く握った拳で何度も殴打。ミノタウロスをも殺せる拳だ。人間が殴られ続ければ無事では済まない。


「おい! やめろ!」

「陽希くん落ち着いて!」


 俺と桃香で彼の腕をそれぞれ抱えるように掴んで、とりあえず殴るのを止める。そして男から引き剥がそうとしたが、それはできなかった。


 陽希は両膝で父の胸部を両側から挟み、締め付けた。

 肋骨が軋んでいるのだろう。男が、血を吐きながら苦悶の悲鳴を上げる。


「やめろ! 殴りたい気持ちはわかる! けど殺すのはまずい!」

「……」


 無言でこっちに視線を向けた彼の目には、理性の光が灯っていた。

 睨みつければ恐ろしい形相をする。まるで獣みたいな動きをする。しかし彼は常に冷静で、理知的に暴力を奮っているらしい。


 なんて奴だ。


 実の父親に遠慮なく暴力を振るえる度胸は、少し感心できるけど。


「は、陽希くん! 良くないよ! なんか、そういうの駄目だと思います!」

「……」

「ひいぃっ!? なんでもないです! わたしには襲いかからないでくださいごめんなさい!」


 まったく灯里の奴は。睨まれて、一瞬で日和ってしまった灯里には呆れて脱力するばかりだけど、同じ感情を陽希も抱いたらしい。

 力が緩んだ。


「桃香!」

「ええ!」


 ふたりで一気に引っ張り、ようやく陽希を父から剥がすことに成功した。

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