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25.家族のはずのもの

「ワープ! よし、ここです桃香さん! ほら走ってる人が近づいてきます! 危なそうだったら守ってください!」

「堂々と守られる宣言する灯里ちゃん、嫌いじゃないわよ」

「はい! わたし、ワープと配信しかできないので!」


『割り切ってるあかりんは逆に偉い』

『ひとりじゃこの階層、歩けないもんね!』

『桃香さん頑張って!』

『桃香さん今日も美しい!』


「あの! わたしもかわいいって言ってください!」

「た、助けてくれ!」

「そう! 助けて……え?」


 成人男性の悲鳴と、ドタドタという足音。

 前方から男性が急速に近づいてくる。スマホのマップを見ると、救助要請を出したスマホがこっちに接近してきていた。


「も、桃香さん! あの人!」

「そうだねー。灯里ちゃん、止めてみて」

「はい! ……はい?」

「ワープと配信以外で頑張れる所、見てみたいな!」


『あかりん頑張れ!』

『できるできる絶対できる!』

『移動だけなら自転車でできる!』

『あかりんはただのカメラスタンドじゃないはずだ!』


「あの! 自転車とかカメラスタンドとか言い方! あーもう! やってやります! うおおおお! 食らえあかりんタックル!」

「どけ!」

「にぎゃー!?」


 男性を止めるために自分からぶつかっていった結果、見事に突き返されてしまった。てか助けを求めてた癖にどけって、ひどくない!? わたしじゃ頼りになんないの!?


「はい、お兄さん落ち着いて」


 灯里がぶつかったことで勢いは間違いなく削がれて、男性の動きが遅くなった。そこに桃香は横から迫りながら彼の腕を掴み、ついでに足を引っ掛けてバランスを崩させて地面に倒す。

 もちろん、暴力を振るうのが目的じゃないから、痛みはあまり感じないようにして。


『おおおおお』

『桃香姐さんさすがです!』

『一生ついていきます!』

『俺も投げられたい!』

『レスキューしてもらえた上に桃香さんに投げて貰えるって、前世でどんな徳を積んだんだこの野郎!』


 コメントが盛り上がっている。灯里はもう、返事をする気力もなかった。とりあえず男性の確保はできたし、追いかけてくるモンスターの気配はない。

 じゃあ、モンスターは克也が倒してくれるだろう。一旦、落ち着ける。


 にしても、前世の徳か。別にそんなの信じてないけど、この男が現世でも徳を積むような良い人だと嬉しいな。


 けど家族で配信していて、ひとりで逃げてきたんだよね。


「ここはもう安全です。要請を出した前後で何があったか教えてくれますか?」

「お、おお……」

「ゆっくり。まずは息を整えて。ここでは落ち着かないと言うなら、屋内に案内しますから」

「お、俺は悪くない!」

「ひぇっ!?」


 個人的なことだし配信しちゃ悪いかなとは思いながら、さり気なくカメラを向けて近づいていた灯里は突然の叫びに飛び上がった。


「俺じゃない! あいつが! あいつが悪いんだ! 白宝箱があるはずだからって言って! 勝手に行きやがって! あいつが! あいつが!」


 自分に言い聞かせるような言い方だった。



――――



 ギロリとこちらを睨みつけた子供。その風貌をようやく詳しく見ることができた。


 顔の半分が血に塗れている。本人のではなく、ミノタウロスから出血したものだろう。

 それでも、顔つきはなんとなくわかった。


 可愛らしい子だ。たぶん男の子だろうけど、中性的な顔立ちをしているように見える。


 そんな彼が、こちらを睨んでいる。


 彼は人間なんだろうか。ミノタウロスに近接戦闘を仕掛けて、力比べで勝った人間? 人間に擬態したモンスターなんてダンジョン内で遭遇した記録はないけど、にわかには信じられなかった。


 本当に人間なら、スキルのおかげだろう。


「オペレーター。要救助者らしき者を発見した。要請を出したキャスターは家族連れなんだよな?」

『はい。そうです』

「小学校高学年の男の子はいるか?」

『はい。男の子はスマホを持っておらずアプリに登録されていないため詳細は不明ですが、配信画面に映っていました。キャスターからは、ハルちゃんと呼ばれていました。彼と両親とで配信をしていたようです』


 ハルちゃん?


「男の子なんだよな?」

『はい。配信画面から分析するに、性別は男性です』

「ハルちゃん? まさかそんな……」


 葵が通信を聞いて、小さく呟いた。しかも、なにか知っているらしい。


 それが自分の名前であることは間違いないだろう。少年はこっちに相対するように向き直った。両手を地面につけて、いざとなれば四肢を全力で駆動させ跳びかかろうとする体勢。


 目は相変わらず睨みつけている。口からは低い唸り声。

 人間の子供の格好をした獣と言った方が良さそうだ。


「救助要請を受けて来ました。ハルちゃん、で間違いないよね?」

「…………」


 反応がない。ただ、こちらへの目つきを鋭くした気がした。

 睨んでいるというよりは、怒りを向けていると言ってもいい。


 何に怒ってるかは知らない。


「間違いない。やっぱりハルちゃんだ」


 不意に、葵は己の中の疑惑を確信に変えたように呟く。


「ハルちゃんだよね!? 玩具紹介動画の! 玩具大好きハルちゃん!」

「ぐるあぁ!」

「ひっ!?」


 瞬間、ハルという少年が駆け出した。敵意を剥き出しにして、こちらを殺さん勢いで。


 ミノタウロスとまともにやり合える相手と戦いたくはない。たぶん、単純に格闘で戦えばこいつは俺より強い。


 葵はこいつが何者か知っていそうで、つまり人間でモンスターではない。だから殺すわけにもいかない。


「エンチャント・(スパーク)!」


 素早く、剣に電圧を付与。相手の体格を見ながら調節する。

 低すぎたら無意味だし、高ければ殺してしまう。


 相手の動きを見極めながら、一撃を回避。そして肩のあたりに、剣の刃がついていない面を当てる。


 体に電撃が流れ込み、ハルの体は大きく痙攣して地面に倒れ込んだ。


 スタンガンのようなもの。全身の筋肉を一時的に収縮させて動きを封じた。


 調節はうまくいったようで、ハルは俺を睨みながらも動けないでいた。けれど、なんとか動こうとしている。


「大丈夫だよ」


 葵が、その隣にしゃがんで優しい声をかけた。


「大丈夫。わたしたちは味方。あなたを傷つけたりはしない。だから、安心して」


 目だけを動かして葵の方を見た彼は、そのまま目を閉じて動かなくなった。

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