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24.ミノタウロスと子供

 ダンジョンに休日はない。むしろレスキューの仕事は休日こそ本番という面が強い。あと昼夜の区別もない。

 だから社員たちには定休日というものはなく、ただ交代制のシフトがあるだけ。

 そして、俺たちの仕事が始まる時間が来てから数分もしないうちに、救助要請が来たとオペレーターからの連絡があった。


『そこのガレージの近くです。向かってください』

「了解」

『詳しい場所を送ります』


 俺のスマホに、救難要請を出したスマホの位置が表示される。

 移動していた。しかもかなり速い。人間としてはありえない速度。


「逃げてるのか? それともスマホを奪われて、モンスターが走っているだけ?」

『逃げているようです。配信したまま逃げていて、画面から状況は読み取れませんが、成人男性の呼吸音が聞こえます』


 じゃあ、俊足あたりのスキルを使ってるのかな。


「わかった。先回りして保護してモンスターを迎え討つ。灯里」

「うん。わかった。ここだね」

『待ってください。スマホの信号がもうひとつ。走っている男性が元いた位置に止まって存在しています。要請を出す前に、男性は家族の様子を配信していた模様です』


 はぐれたってことか。モンスターがいるとすれば、そっちの可能性が高い。


「灯里は逃げてる方を保護してくれ。移動箇所に先回りして捕まえて、すぐに戻れ。俺と葵で止まってる方に行く」

「うん! ……え? わたしひとり?」

「行って戻ってくるだけだから簡単だろ」

「いやいや」

「桃香、一緒に行ってやれ」

「ええ。わかったわ」


 緊急事態だ。話し合いしてる場合じゃない。

 武器である巨大スパナを手にした桃香が、灯里を促してワープポイントまで走る。


「克也さん、わたしたちはどうやって移動を」

「走る」

「ですよねー。頑張ります……」


 明らかにテンションの下がった葵は、なんだかんだで姉のことを頼りにしているのだろう。けれどすぐに表情を引き締めて駆け出した。


「オペレーター。襲ってきた怪物の情報はわかるか?」

『要請が出た時の配信画面から、ミノタウロスが少なくとも二体出てきたらしいです』

「ミノタウロスか……」


 強敵だ。


 ニメートルにも達する身長と筋肉質の体。顔は猛牛で、二本の角が生えている。

 武器として硬い棍棒を持っていることも多い。


 単純に腕力も上背もあるため、近接戦闘になった場合は大抵の人間が負ける。棍棒で頭をかち割られて終わりだ。

 遠距離攻撃ができるなら勝機はある。こっちに猛スピードで突進してくる前に急所を射抜けばいいだけ。


 簡単ではないけれど。


 移動している配信用スマホと、止まっているもうひとつのスマホ。

 家族の誰かがスマホを落としながらも、みんな一緒にミノタウロスから逃げているなら良いけど、持ち主がその場にとどまっているとしたら生存は絶望的。スマホと一緒にあるのは死体だけ。


 まさかミノタウロスと激闘を繰り広げているなんてことは、ありえないだろう。


 そう考えていたのだけど。



「ぐもおおぉぉぉぉぉぉぉ!」


 落ちたスマホがあるはずの位置から、ミノタウロスの咆哮がして鼓膜を震わせた。

 けれど様子がおかしい。敵を威嚇したり、攻撃時の掛け声ではない。


 これは苦悶の声だ。あるいは断末魔と呼ぶべきか。


 この階層の洞窟は光源もないくせに薄暗い程度で、ライトが無くても周りを見回すことができる。もちろん上の階層ほど明るくはなく、遠くは見えない。


「おぉぉぉぉぉぉ! おおおぉぉぉぉぉ」


 今いる細い通路の先に声の主がいるのは間違いないが、その様子は見えない。後ろにいる葵に、ゆっくり歩くようにジェスチャーで指示を出して、足音を立てないように歩く。


「ぐもあぁっっ!!」


 一際大きな叫びと共に、ミノタウロスの声が途切れた。叫んでいる真っ最中に死んだかのように。

 直後、こっちになにかが飛んできた。すかさず剣を構えて風をエンチャントさせたけど、それはこちらに届く前に地面に落ちた。


 ミノタウロスの首だった。断面はぐちゃぐちゃ。刃物で斬ったのではなく、力任せに胴体から引きちぎったようにしか見えない。


 何が起こってる? 向こうからは、まだミノタウロスの声が聞こえてきた。複数出てるって報告だったよな。


 少し足早になりながら声の方へ向かう。そして見た。


 小さな子供が、ミノタウロスと力比べしているのを。

 ミノタウロスが振り下ろした棍棒を子供が受け止めている。そのまま押し込もうとするミノタウロスと、耐える子供の押し合い。


 子供はこちらに背を向けていて、どんな表情をしているのかは見えない。髪は短い。服装は半ズボンにシャツと、性別もわかりにくい。

 背格好から察するに、年齢は小学校の高学年。葵と同じくらいだ。


 ありえない光景だ。こんな子供がミノタウロスの一撃を真正面から浴びれば、頭が潰れて間違いなく即死。力比べなんか出来るはずがない。


 なのに子供は、逆にミノタウロスから棍棒を奪い取ってしまった。棍棒自体もかなりの重さがあるのに、子供は手のひらの上で軽く放り投げて取っ手を握り直すとミノタウロスへと振る。


 咄嗟に体を庇ったミノタウロスの腕と棍棒が激突して、ミノタウロスの腕の方が折れた。苦悶の叫びを上げるミノタウロスに、子供は攻撃の手を緩めない。


 後退るミノタウロスへ棍棒を滅多打ちにする。胴にいくつもの青痣を作ったミノタウロスが膝を屈した途端、子供は棍棒を放り投げてミノタウロスの頭へ膝蹴りをかました。


 仰向けに倒れたミノタウロスにマウントポジションを取って、両手での殴打を繰り返す。そして敵が動かなくなったところで、二本の角を掴んで引っ張りあげた。



「ぐもあっ!!」


 さっきも聞いた断末魔。ミノタウロスの首がブチブチと千切れていき、胴体と生き別れになる。


 なんて腕力だ。普通じゃない。


 子供は、ミノタウロスの首を雑に放り投げた。


「ひっ……」


 あまりに残酷な戦いに、葵が小さく悲鳴をあげて。


 ミノタウロスの死体にまたがったままの子供が、こっちを振り返った。

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