22.スタスタから出よう
要は灯里の所属していたスタスタという会社は、とんでもない馬鹿が仕切っているらしい。
「うん。わかる。わたしもそう思ってた。だよねお姉ちゃん」
「むぐー」
口を塞がれたまま、灯里も頷いていた。
「だよね。わたしも、あの社長は駄目って思う。なんか秘書のお姉さんも怖いし」
「むぐむぐ!」
口を塞がれてても頷いて意思を伝える灯里はすごいと思う。
「これは、本当は言っちゃいけないことなんだけどね。スタスタをやめるって言い出したキャストは多いらしいよ。この事務所はヤバい。余所に移るべきって子が大勢いる。割りと売れてる子たちも」
『それは賢明な判断だ』
『そうすべきだ』
『#スタスタから出よう』
『スタスタから、スタスタと出よう』
『こいつの座布団全部取れ』
『俺の推しにもアドバイスしてくる!』
スターライトキャスターなる事務所のヤバさを実感した視聴者たちのコメントが並ぶ。
「わたしも、こんな仕事したくないなって。事務職の友達とかも、転職しようかって声が出始めてて」
「ぷはっ! それがいいと思います!」
ようやく俺の手をどけた灯里が叫んだのは、たぶん視聴者への呼びかけ。
「わたしもクビになっちゃったし! なんか、亡くなったみっぴーさんの後を継ぐみたいな企画を社長が考えてました!」
『お涙頂戴企画?』
『感動ポルノ?』
『みっぴーの死を商売にする?』
「そんな感じです!」
つまりスターライトキャスターという事務所は、第二のみっぴーを発掘すると共に、それを二代目みっぴーみたいな形で売り出そうとしているということ。
二代目に任命された本人の人格はあまり考慮しないのだろう。
もちろん、これを売れるチャンスと見て取り組む者はいるだろうし、その努力は立派だ。
けど事務所の方針としては褒められたものじゃない。
「ありがとうございました。転職を考えてみます」
ちょうど退勤する職員が地上まで送り届けてくれるという。彼に伴われながら、その女は一礼してからガレージを出た。今日の配信もおしまい。
「なんというか、忙しくなりそうだねー」
夕食を用意しながら桃香が気軽そうに言う。
「スタスタっていう事務所、必死にキャスターを送り込んでくるわ。この階層まで」
「だろうなー」
「そうじゃなくても、克也がバズったせいでこの階層まで来るキャスターが増えてるんだから」
「俺のせいか」
「自分も同じようにバズりたいとか、そんな気持ちで来るのよ。克也にあやかって、第八層」
迷惑な話だ。
俺にあやかりたいという気持ちとか、俺がいるなら危機に陥っても助けてもらえるし、その場面で自分の配信がバズるとかの目論見でここに来る。
もちろん、ちゃんと装備を整えてるベテランDキャスターが多いのだろうけれど。そういう人たちがここに向かってくるから、スタスタの手先の素人も危険な六、七層を突破してここまでこれてしまう。
なお悪いことに。
「成功する人もいるんだよねー」
葵がスマホの画面を見せてくる。知らない女が第八層で配信してるところ。
「見たことある。スタスタ所属の人」
「つまり社長の差し金で?」
「たぶん」
『みんな見て見て! 宝箱! すごいよ初めてゲットした!』
画面の中で女がアイテムボックス、あるいは宝箱を前に小躍りしている。ダンジョン内でランダムに現れるそれ宝箱は見つけるだけでも幸運と言われている。
彼女が見つけた宝箱は白い色をしていた。
「おー。宝箱の中でもレアなやつだ。願いを叶える宝箱。その人が欲しいって思ってるものが入っている」
『きゃー! このコスメほしかったの! やったー!』
配信中の女が叫んでいる。すごい喜びようだな。
コメントもそれなりに盛り上がってるようだった。よかったねとか、喜んでるのかわいいとか。
ダンジョン攻略に必要な道具とかじゃないけれど、視聴者っていうのはこういう物に惹かれることもあるらしい。俺にはよくわからない。
「同接数はそこまでじゃないね。けど、ファンに愛されてる感じはするわ。こういうキャスターには幸せになってほしいわね」
「ですねー。スタスタで使い潰されるのはもったいないです。コメント送ろっと。スタスタ辞めたほうがいいですよ、と」
「余計なことするな」
「あうっ」
配信が盛り上がってるのに水を差すな。灯里の額に軽いチョップを食らわせて止めた。
「この子の配信は成功したから良いとして、同じようなのがこれから何人も来るわよ」
「だろうな。そうなればレスキューの必要も増えてくる」
忙しくなるんだろうなあ。
「週末が近いしね」
「あー。確かに」
土日休みはダンジョンが混む。行楽スペースみたいな扱われ方をする低レベルの階層もそうだし、泊まり込みで深いところまで潜ろうとするガチ勢もいる。もちろん、バズ目的でやってきて不用意に危険な階層に来る素人も増えるだろう。
週内に俺のバズ人気が落ち着けばと思ったけど、その気配は全くない様子。むしろ毎日、何かしらの出来事に遭遇してるから。
「土日は忙しくなるわねー」
「えー。土日も仕事ですか? わたし、ここでの暮らしに必要な物とか買いに行こうかと思ってたんですけど」
「お姉ちゃん。お金のためだよ。お休みの日は見てくれる人も大勢いるから、それだけ儲かるし」
「うー。それは確かに……頑張りますか!」
病気の母のために、灯里ははりきった様子を見せた。
そして土曜日がやってくる。