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21.素人キャスターの救出

「オペレーター。要救助者は」

『二十代女性。今日まで、この階層に潜った経験なし』


 桃香が言ってたパターンか。


「た、助けて! 来ないで! いやっ!」


 腰を抜かせた女が、ブラッドレッドウルフに向けて木の枝をブンブンと振り回していた。

 枝は上の階で拾ったとかかな。人食い狼は、昨日逃げた奴らだろう


 一体だけの狼にエンチャントを使うまでもなく、俺は素早く接近して剣を振る。狼の首が落ちてドロップアイテムに変わる。狼の牙。拾うまでのものじゃない。


「大丈夫か? 立てるか?」

「あ、ありがとうございます……」

「ダンジョンに入るのは何度目だ?」

「え、あの……今日が初めてです……」


 その女は俺の差し伸べた手を掴んで、フラフラと立ち上がった。とりあえず怪我などはないらしい。


「灯里。ガレージで保護したい」

「こっちのワープポイントからガレージ横まで移動できるよー。……配信は続けていい?」

「ああ。いいぞ」


 人食い狼を一匹倒した程度ではそんなに盛り上がらなかったのだろう。灯里は配信画面を見つつワープポイントまで案内していった。


 俺としては、この子がなんでこんな階層まで降りてきたのか尋ねたかった。取り調べと言うべきか。


 それを配信することに支障はあるかもしれない。彼女も配信していた様子だし、顔が世間に晒されることに問題はないと思う。

 けど、事情が世間に知られることは問題かもしれない。


 事前に確認すればいいだけか。


 あっという間にガレージまでは到達。事情を把握していた桃香が、既にホットココアを用意して待っていた。


「どうぞ」

「あ……ありがとうございます……」

「ねえ、何があったの? あなた、こんな階層まで来るって格好じゃないわよね?」


 配信して良いかの許可なんて取る暇もなく、桃香はその子に尋ねた。自分と年齢は近いけど、少し年下と見たらしく、目線を合わせて気軽そうな調子で話す。


「あ、はい。事務所の命令で……」


 灯里の掲げるスマホをちらりと見てから、そのまま話しだした彼女の様子を見るに、配信することに問題はなさそうだ。

 それより、事務所の命令?


「スタスタ……スターライトキャスタープロダクションという会社なんですけど」

「スタスタ!? それってむぐっ!?」


 灯里が声をあげたけど、女を驚かせたくないから、すかさず口を塞いだ。


「ごめんなさい。お姉ちゃん、時々叫びたいって気持ちになる体質なの」

「むぐぐー!」

「続きを話してくれる?」

「あ、はい」


 妹から存在しない体質を主張された灯里は抗議の声をあげたけど、女はすぐに続きを話した。


「スタスタの社員なんですけど、別にキャスターじゃないんです。裏方というかスタッフというか。ダンジョン関係ない配信で裏方をしてます。機材を準備するとか。画面外のキャスターさんにタオルとかお水を渡しするとか」


 つまり撮影助手だ。Dキャスターがちゃんと配信できるよう走り回る、俺と同じ裏方か。


「なのに今日、社長から突然言われまして。顔が良いからDキャスターやれと。とりあえず第八層まで降りて配信して同接を稼げと」

「なんで、この第八層まで?」

「わかりません。これは同僚から聞いた話ですけど、バズる可能性があるからだと」

「バズる……」


 俺が今、陥ってるのと同じ状態。


「これも噂ですけど、みっぴーが亡くなって会社は金の卵を失いました。ゴールデン帯のバラエティ番組とか、ドラマ出演の話も出ていたのに」

「むぐっ! むごご、ごごんむっ!」


 灯里が何言ってるかわからない。けど葵にはわかるらしい。


「それ、わたしも知ってます。テレビ局とそういう契約が出来てたのに、みっぴーさんが亡くなった。社長はテレビ局から怒られたでしょうね」

「うん。そうだと思う。うちみたいな規模の事務所だと、まだテレビ局の方が力が強いから」

「だから、次のみっぴーが欲しくて仕方ない。ってことでしょうか。それをインフルエンサーに仕立て上げて、テレビに出させる」

「……うん。そうだと思う。もちろん、そう簡単にはいかないと思うけど。でもインフルエンサーが欲しいのは、スタスタの社長は思ってるはず」


 ずっと年下の葵に、女は話しやすさを感じたらしい。しかもスタスタという組織の内情にも詳しい。聞き手の役を譲った桃香はキッチンに戻っていった。


「とりあえず新しいインフルエンサーを見つければ、それをみっぴーさんの代役としてテレビに出せますもんね」

「だね。だから、事務所にいるキャストに一通り声をかけたんだと思う。みっぴーが行ってた階と同じところまで行って配信してバズれって」


 それが桃香の言ってた、今日多発していたという救助要請の正体。


「で、キャストだけじゃ足りなくて、裏方にまで声をかけた。とにかく女の子なら誰でもよかったんだと思う」

「お前はそれを聞いて、素直に従ったのか?」

「素直ではないと思う。かなり抵抗あったし。けど会社に逆らうとかできないよ」


 会社に雇われている立場の弱さがあるのだろう。そう語る女の背中は、かなり小さく見えた。


『スタスタってクソだな』

『そんな事務所だとは思わなかった』

『人造みっぴーなんて作れないだろ』

『てか、みっぴー自身があれだし』


 そういえば配信は続いてたんだな。コメント欄にも、そんな言葉が並んでいた。

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