20.身の丈に合った階層に行こう
放課後。教師になんと言われようと、俺たちはダンジョンに行く。俺はそれが仕事だから。灯里と葵は稼がなきゃいけない理由があるから。
俺はいつものようにガレージまでランニング。灯里はワープで多少楽をして向かう。昨日と同じく追いかけっこになって、俺はまた記録更新をしてしまった。
「三人ともおかえりー」
「ただいま。今日のメンテナンスの仕事は?」
「ないわよー。あったけど、わたしが日中に終わらせちゃいました!」
桃香が出迎えてコーヒーを出しながら出迎える。
彼女は正社員で、俺が学校行ってる間も当然働いている。
第八層は広いとはいえ、アンテナの数も限りがある。毎日バッテリー交換するものでもないし、基本的には暇だ。
前みたいにアンテナの通信途絶なんかがあれば、即座に向かわないといけない。その待機要員みたいなもの。
「そうですかー。じゃあ、配信の内容はどんな感じにすればいいかな。ダンジョンの中の案内動画、みたいな感じとか」
「お姉ちゃんのトレーニング配信」
「嫌です! やめてください!」
「じゃあ、ダンジョン内を歩き回るか?」
「うん! そうしようそうしよう! れっつごー!」
自転車漕ぐ配信を回避するためなら、なんだってするって勢いだ。
「この第八階層は洞窟みたいな構造になっている。第六、七は森林みたいな形で道は真っ直ぐで平坦。それより上も、石煉瓦作りの迷路だったり広い草原だったりして歩きやすいけれど、ここから下は地面の凹凸も多くなり、かなり歩きにくくなる。それでもここはまだ真っ直ぐな方だ。下に行くほど道は険しくなっていく」
灯里が掲げるカメラに向けて話しながら、俺は洞窟内の先頭を歩く。葵はついてきてるけど、桃香はお留守番でガレージにいる。
視聴者数は今日もそれなりにあるらしい。けれど、大したモンスターと遭遇することもなく歩くだけ。ダンジョン講座はためになるってコメントもあるけれど、そこまで盛り上がってはない。
「基本的に、初心者は第六層より下は来てはいけない。冒険気分を味わいたいなら五層の迷路だけでも十分だ。出てくるモンスターは強くないし、階層の全容が解明されてる。地図を見れば迷うこともない。おっと」
進行方向から、複数の矢が飛んできた。風の音でわかる。矢が一本なら剣で弾き返せるけど、複数あるなら風のエンチャントでまとめて吹っ飛ばす。
『矢に反応した!?』
『いやいや。人間技じゃないって!』
『運が悪かったら今ので死んでた』
「別に。鍛えただけだよ」
再度風を吹かせた。洞窟の通路だから、向こうまで確実に強風が届く。
弓を放ってくる敵なんて、この階層だとスケルトン兵くらいしかいない。案の定、向こうでガラガラと骨が崩れる音がした。
攻撃力はそこそこあるけど、防御力は紙なんだよな。
『スケルトン兵、大勢で襲ってきたらパーティーが全滅しかねないからな』
『油断しちゃいけない』
『俺、しばらく低階層で修行するわ』
「ああ。そうしてくれ。油断せず、自分の実力を見極めてくれ。低階層でも探索のためのスキルや装備が見つかることもある。深く潜るのは、それからでいい」
『勉強になります、先生!』
『いのちだいじに』
『修行します!』
『けど、今日の昼間から妙に救助要請が多いのよねー。この第八層で』
『桃香さんのコメントだ!』
『桃香さん見てる-!?』
『やっほー。桃香だよー』
『わー! 桃香さんファンです!』
『お納めください!』
今頃夕食の用意をしている頃だろうけれど、配信見ながらやってるらしい。
「なんで画面に映ってない人に投げ銭が来るかな。わたしにもください!」
『葵ちゃんにお小遣いをあげようねえ』
「それはいいから! それより桃香さん! 救難要請が多いってどういうことでしょうか!?」
『なんかねー。明らかに初めてこの階層に来ましたって素人っぽい人が、こぞって降りてきて配信しては襲われるって事例が多いの』
『なんでそんなことに』
『克也の影響だな、きっと!』
『自分もバズろうって魂胆だ!』
俺のせいかよ。
『かもねー。けど違うかもしれない。そういう素人、みんな女の子なんだよね』
「というと?」
『バズる目的で潜る人は、それなりに自信があるっていうか。みっぴーさんの件、結局は素人が八層まで来ちゃいけないって教訓込みで広まったでしょ? で、それを見てバズり目的で入る鍛えてる人は、そう簡単にピンチにならない』
注意喚起ができたなら、ありがたいことだ。
『要請を出す人は違うの。なんというか、ダンジョン慣れしてないというか。みっぴーさんみたいな、若いアイドルがキャスターやってますって感じの』
「その人もバズり目的で入ったんじゃないか?」
慣れてる人がダンジョン入りするのを見て、自分も行けるって考えて素人が行くことは想像がついた。
けど、他になにか理由があるのかも。それは。
そう言えば朝、聞いた話で……。
『第八階層で救助要請。克也くん、そこから近いです。行ってください』
オペレーターから通信が入った。
「了解。みんな、救助要請だ今から向かう」
『克也の活躍きたー!』
『チート見せてください!』
『葵ちゃんも頑張って!』
「はーい。わたしも頑張ります!」
『かわいい!』
『お小遣いを以下略』
「だから! なんで葵ばっかり人気なんでしょうか!?」
灯里の抗議を聞きながら、俺は現場に向かった。