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2.助けを呼ぶ声

 運動用のシャツ姿から、客前に出る用の作業着に着替える。高校生の俺が着るには少し渋いデザインだけど、動きやすい上に汚れも気にしなくていいからダンジョン内で動くには最適。


「お? 仕事?」

「ああ。桃香(ももか)も来てくれ。E16アンテナが止まったって」

「昔みたいに、ももねえって呼んで欲しいわねー」


 机に向かって作業をしていた若い女が振り返って、仕事に無関係なことを言いつつ悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 黒のタンクトップに作業着ズボンの活動的な格好。肩くらいまである髪は散らばらないようにヘアバンドでまとめた上で、被った野球帽の中にまとめている。


 佐原(さはら)桃香。ダンジョン配信支援業務における俺の相棒みたいなもの。

 仕事で俺が拠点にしているこのガレージも、名目上はD-CASTの正社員である桃香のために用意されたものだ。


 そんな彼女は小屋の一角に停められた大型バイクのエンジンをかけた。


「さ、乗って」


 いつものこと。俺は武器である剣を腰に差すと、桃香の後ろに座って彼女のお腹に手を回す。


「レッツゴー!」


 バイクが好きすぎて、ダンジョン内で爆走できるようオフロード仕様にしたもの。同時に仕事に使える機能がいくつか仕込んである。

 洞窟内をヘッドランプで照らしながら走行しつつ、桃香は通信のスイッチを入れた。


「はいはーい。佐原桃香と折付(おりつき)克也、現場に向かってます。だいたい五分くらいかなー。視界は良好。周囲にモンスター無し。いそうだったら教えてね、オペ子!」

『坂本です。オペ子言わないで。そのエリアにモンスター出没の情報は無し。ですが探索済範囲から外れる方向なのでご注意を』


 桃香はこんな性格だ。他人との距離を一瞬で詰めるのがうまく、何人もいるオペレーター全員と友達になっている。



 この第八層は、まだ全容が解明されているわけではない。探索者やDキャスターの協力も得ながら形を徐々に明らかにしていきつつ、新たなアンテナが設置していき配信可能範囲を広げている途中。それほど広大な場所だ。


 問題になったアンテナは、現状の配信可能範囲の端に設置されたもの。

 アンテナはある程度間隔を詰めて設置されていて、ひとつが壊れたとしても他でカバーできるようになっている。けれど端のアンテナが壊れれば、そこから先にある程度進めば電波が届かなくなる。


 未探索範囲には何があるかわからない。未知のモンスターが潜む可能性もある。

 そこで迷子になれば、電波を求めて迷宮を延々と彷徨うことになりかねない。未探索範囲ではD-CASTアプリで閲覧できる地図も役に立たないから。


 さっきオペレーターが話してた、通信が途絶えたインフルエンサーって奴の目的はなんだろう。

 電波がギリギリ届く未知の領域に行って、未開拓範囲でアイテムボックス、通称「宝箱」を探すとかかな。レアアイテムが入っている可能性がある宝箱が、未探索エリアには手つかずで存在しているから。

 そして不幸にもアンテナの故障で電波を奪われた。


 探索慣れしてるDキャスターなら、俺たち整備員が電波状況を回復させるまでその場で待機するものだから、たぶん無事だろう。


「到着。臨時のアンテナ起動するわね」


 アンテナの前で桃香はバイクを止めた。洞窟の壁面の一角。窪みの中に機械を設置し、モンスターに破壊されないよう電波の発信を妨害しない程度の金網で守られているそれを見ながら、バイクのパネルを操作。

 このバイク自体にもアンテナ装置は組み込まれていて、壊れたアンテナに代わって機能を果たすことができる。


 とりあえず、これで例のインフルエンサーも安心、と思ったら。


『その近くでキャスターからの救難要請が発信されてます! 急いで救出に向かってください!』


 オペレーターからの焦った声。それと同時に。


「みぎゃああああ!! 誰か! 誰か助けてー!」


 女の子が助けを求める変な叫びが聞こえた。


「ここは大丈夫。克也行ってきて!」

「わかった!」


 スマホに要救助者の位置が表示される。位置を確認しながら、俺は腰の安物の剣を抜いて走る。


「うわーん! なんでこんなことにー! 助けてー!」


 声がだんだん近づいてきた。


「葵大丈夫だからー! すぐ誰かが来てくれるからー! 誰か早くー!」


 でかい声だなあ。


「お姉ちゃん邪魔! しがみつかないで! 狙えない!」

「助けてー! 明日から良い子にするからー! 宿題もちゃんとやります! ピーマンも残さないからー!」

「それは普段からやって! てか離れて!」

「キシャアアアアア!」

「びえぇぇぇぇぇ!」


 切羽詰まってるけど、どうも馬鹿っぽさが出ている叫びの方へ急ぐ。馬鹿な声が聞こえてる限り、彼女は死んでない。


 直後に俺は、壁際に追い詰められたふたりの少女に、複数体の銀色の巨大な蟻が迫っているのが見えた。


 メタルアント。その名の通り、体表が硬い金属に覆われている。普通の武器では貫くことは困難。

 その防御力の高さから、一体でも出てくるとパーティーが全滅する可能性が高い、恐ろしいモンスターと言われている。遭遇したら逃げるのが基本。


 狙われている少女のうち片方は、スキルで作ったらしい弓を構えてメタルアントの一体と対峙している。けど威力が弱すぎて効果はないだろう。的確に関節を狙えば動きは止められるかも。


 もうひとりの少女は。


「誰かー! 誰か来てくださーい! なんで来ないんですかー!? 助けてボタン何度も押してるのにー!」


 アプリの救難信号送信コマンドのこと。ここまで変な呼び方してる人は初めて見た。それに連打するものじゃない。

 彼女が声の主。弓の子より年上なのに、腰にしがみついて泣きわめいている。


 それでも助けてあげないと。


「こっちだ!」


 メタルアントの注意を引くべく声を張りながら、俺は剣を構えて走った。

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