17.恋を叶えようとした少年
「エンチャント・水!」
叫びながら剣を振る。剣から大量の水が出てきて、狼たちに濁流のように襲いかかる。
その水圧に押し戻された狼たち。前線の狼は水の勢いに飲まれた結果、足を折っただろう。そうじゃなくても、水に濡れた体では動きが遅くなるはず。
俺はぬかるんだ地面を踏みしめながら前に出た。
「エンチャント・氷」
静かに言いながら、襲ってくる狼へ剣を振る。深く切り裂く必要はない。かすり傷程度の傷口ができた瞬間、狼の内部に冷気が入り込んで凍らせる。
体の一部を凍らされた狼は、死こそ免れたものの地面に落ちて動きが鈍くなる。そこに光る矢が刺さった。
次の狼は心臓が凍って即死。横から襲ってきた狼がいたから、回避しつつそいつの前足を掴んで地面に叩きつける。複数の狼が襲ってきたから、エンチャントを水に切り替えて濁流で押し流した。
ちらりと後ろを見れば、葵は姉を守るように立ち、次々に矢を放って狼を討ち取っていた。俺の存在もあって狼が灯里たちの所まで来ることは少ないようだけど、接近を許してしまっても桃香がスパナで叩き落としていた。
俺も負けてられない。
「エンチャント・炎!」
剣に炎をまとわせて振った。火炎放射のようにはいかないから、派手な炎で狼を怯ませるくらいの効果しかない。
けど、それで一瞬動きが止まった隙に踏み込んで、高温の刃で狼たちを数体まとめて一度で叩き斬る。それを何度も繰り返した。
階段の方を見れば、他のレスキューたちも次々に駆けつけて狼狩りを始めていた。
百体ほどいたという狼も、どんどん数を減らしていく。狼は劣勢を悟ったか、残り十数匹となった時点で散り散りに逃げていった。
『狼の群れのど真ん中にワープして、無傷か』
『範囲攻撃使いこなしてる』
『エンチャントもだけど、普通に強くね、克也』
『狼掴んで地面に叩きつけてた!』
『バッテリー交換なんかしてる場合じゃない!』
なんか、みんな盛り上がってるな。満足してくれて何よりだ。
「た、助かった……」
灯里は腰が抜けたのか、地面に座り込んでいた。それでもカメラを俺に向けているのはさすがだ。
「ご苦労さま。助かったよ。さすがだな克也」
作業着を着て槍を持った社員が駆け寄ってきた。見たところ、彼らに負傷者はいない。
「救助要請したのは誰だ? あの子か?」
地面に女がひとり転がっていた。ボロボロになってるけど、うちの高校の制服を着ている。社員のうち、治癒スキルを持つ者が回復にあたっていた。
処置がされてるということは死んでないのだろう。近づけば、彼女は顔を覆いながら泣きじゃくっていた。
顔は見えないけど、わかった。クラスカーストトップの美海だ。そういえばDキャスターになると言っていた。
「いや、彼女じゃない。要請が出されたのは上の階だ」
「第七層?」
階段を登ると、薄暗い洞窟から風景が一気に変わる。
青空の下の森林。それが第七層の姿だ。木々の間に入れば薄暗いけれど、その中に張り巡らされている道からは明るい日差しが降り注ぐ。
洞窟へと続く階段の前に、死体がひとつあった。やはり、俺の高校の制服を着ていた。
背後から息を呑む声がした。それから。
「湯田くん……」
口元を抑えたまま灯里が告げた。
そうか。朝、俺に喧嘩をしかけてきた彼か。
遺体はかなり損傷している。狼に噛まれて食いちぎられて死んだのは間違いない。
「要請を出した直後に襲われて死んだらしい。配信もしてなかったから、どういう経緯で死んだのかは不明だ。今、目撃情報を探っている所だ。スマホの位置情報も取得して調べている」
「もしかしたら、モンスターを下まで引き連れようとしたのかも」
灯里が、少し自信がなさそうな顔をしながら言う。
「湯田くん、エリちゃんのこと好きだったから」
「……誰だ?」
「澤村英莉ちゃん。美海ちゃんの友達。というか取り巻き? 手下かな。美海ちゃんが配信してたなら、スタッフみたいな感じで連れてこられてるはず」
「オペレーター。澤村英莉。高校一年生。ダンジョンにいるか?」
『確認しました。第八層を目的もなく歩いているようです。同行者がふたり』
ダンジョンに入るのに必須のアプリを使うには、名前や年齢といった本人情報を登録しなきゃいけない。
だから会社側は、ダンジョン内の人探しは簡単にできる。
「保護してくれ。狼から逃げて迷子になったんだと思う」
『了解。人を送ります』
「それで灯里。その澤村と湯田になんの関係が……尾行したのか」
「うん。たぶん」
朝、湯田が俺に喧嘩を売ったのも、澤村を含めたクラスの女子の注目を集めたから。
美海についていって配信をすると知って、尾行した。完全なストーカーだ。俺に憧れの目を向けたのを見て、焦ったのかもしれない。
エリちゃんの心を射止めるために、素直に仲良くなって告白するとか、真面目にDキャスターになって名を上げるとかの方法は選ばかなかった。
ダンジョン内でモンスターをけしかけて、女の子たちがピンチになった所で颯爽と登場。助けて惚れられるみたいなシナリオ。
馬鹿馬鹿しい考え方だし、たぶんその場の思いつき。俺への嫉妬もあっただろう。陰キャが成功できるなら、自分の方がうまくやれると考えた。
結果がこれ。思ったより大勢の狼の群れに遭遇してしまって、必死に逃げたが追いつかれて死んだ。
逃げた先が階段だったのは、降りればレスキューの詰め所があるから助けてもらえると考えたのかな。美海たちは不幸にも巻き込まれた。
彼女たちに非はない。素人が無用心に第八層で配信していたことは、また別の問題。
「……という感じかなー」
「正直、推測と言うより妄想に近い考え方だな」
「だよねー」
「いや。正しいかもしれない。この男のスマホは、道を外れて木々が生い茂る中に入っていって、そして急いで引き換えしている」
位置情報からわかったこと。
手頃なモンスターを探して、思ったよりヤバいのと遭遇して、急いで逃げたとしか思えない足取り。
『馬鹿だな』
『自業自得』
『初心者の慢心』
『死んで当然だった』
コメント欄も、そんな言葉で埋まっていた。