12.お互いの背負っているもの
なんてゆっくりなパンチ。しかもブレブレ。
少し身を引いて避けると、湯田は自分のパンチの勢いでつんのめりバランスを崩した。
背後に回って少し背中を押してやれば。
「うごっ」
情けない声と共に、彼は床にキスする羽目に。
「てめぇ……」
「俺がダンジョンのレアスキルに助けられてる雑魚なのは確かだ。けどお前よりは強い。用事があるから、お前はどっか行け」
「ふざけんな!」
立ち上がって殴りかかろうとしてきたけど、相変わらず動きが雑だ。立つ前に腹を蹴って再び床に沈める。
「ぐう……くそっ! くそっ! 蹴られたって言いふらしてやる!」
「うわ情けない」
喧嘩売っておきながら、勝てないとわかったら告げ口とか格好悪いにもほどがある。
「む、無駄だよ! 湯田くんから殴りかかってきたの、ちゃんと撮ってるから! 折付くんが怒られるようなことになったら、この動画出して悪くないって言っちゃいます!」
物陰からスマホを構えた灯里が出てきた。スマホで録画中らしい。
「な……あ……くそっ! 覚えてろ!」
湯田は真っ青な顔して、立ち上がって逃げていった。
「ありがとな、衛藤。助かった」
「えへへ。どうしても折付くんの力になりたくて。昨日は助けられちゃったし」
「あれは仕事だから。金をもらってやってることだ」
「あー。うん。それは、そうなんだけどねー。そっか後で請求くるんだっけ。あ、あの。五十万円……の半分で足りるでしょうか!? 昨日の投げ銭、それくらい来たんですけど!」
「足りるはずだ」
レスキューもただではない。人手を割くのだから、料金が発生するし後で請求が来る。
別に法外な値段じゃない。会社としてやってるのだから、常識的な額だ。
ちなみに踏み倒そうとしたら、配信で得た投げ銭が差し押さえられる。救助要請も投げ銭もアプリ内で行われたこと。だから取り逃しがないシステムとなっている。
ちなみに、事前に保険に入っておけば請求額も安くなったりする。
そこは登山と似た考え方だ。
「衛藤が俺を呼んだのは救助費用のことか」
「ううん違います! えっと、ですね……。なんというか……あの、ですね」
かなり言うのを迷う様子を見せた灯里だけど、意を決して俺の前でパチンと手を合わせて拝むポーズ。
「わたしを折付くんの会社、D-CASTに紹介してください! 働かせてください!」
「ああ。いいぞ」
「だよね簡単に了承もらえるわけないよね。折付くんもただのバイトだし急に言われても……って、え!? いいの!?」
「ああ。ようこそD-CASTへ。一緒に頑張ろうな」
「待って待って! そう簡単に決まることなんでしょうか?! いえわたしから言い出したことなんだけど!」
「それがな。昨日親父から電話があって」
会長からの電話の内容は、つまりこうだ。せっかくバズったのだから、そのきっかけである衛藤灯里と組んで配信業をしろ。チャンスを逃すな。
だから俺からも灯里に声をかけるつもりだった。
それを説明してあげれば。
「えええっ!? 折付くんってM-CASTの会長の息子さん!? お金持ち!?」
「そういうことになるかな」
そこに食いついてきた。
あの男の息子であることに、ありがたみなど感じたことはないけど。
「じ、実は家が立派なお屋敷だったりするのでしょうか!?」
「屋敷というか、豪邸は持ってる」
今はダンジョンのガレージに閉じ込められてるけど。
「お、お屋敷の中にはメイドさんとかいたりして!?」
「いるな」
今の俺にいるのは、お目付け役のメカニックだ。
「あ……あははー! そっか。折付くんお金持ちなんだ! なんだ、そういうことはもっと早く言ってよね。名前で読んでもいい? 克也って。わたしと克也の仲じゃん」
「おい」
媚を売るみたいにすり寄ってくる灯里から一歩引いて距離を取る。なんでまた、こんな奴とビジネスパートナーにならなきゃいけないんだ。
「むむ? つまり、わたしと克也がそういう仲になれば、わたしもお金持ちの一員になれる?」
「そういう話はやめろ」
俺の母のことを思い出すから。
「あ。ごめん。失礼なこと言っちゃった。……でも、わたしもお金が欲しくてさ」
俺は、自分で思ってた以上に怒った声を出してしまったらしい。灯里が少し怯えた様子を見せる。けど、逃げたり遠慮したりする様子はない。堂々と望みを言う。
金か。欲しがる理由は、単なる物欲とは違う様子だ。
「お母さんが病気で。ハイパーポーションがなきゃ治せなくて」
「そうか」
ぽつりぽつりと、灯里は身の上話を始めた。途中、始業を告げるチャイムが鳴ったけど、灯里の話の方が大事だ。授業はサボらせてもらおう。
父を早くに亡くしたこと、母のこと、事務所をクビになったこと。
普段は馬鹿馬鹿しいほどに明るい彼女だけど、思っていたより重いものを背負っているのか。
灯里が話したのだから、俺も身の上を話した。
父とは疎遠になっていて、なのにバズという金の匂いを察した途端に連絡してきたことが、すごく嫌だと。それから、ダンジョンに閉じ込められていて家には数カ月帰ってないことも。
母の顔を覚えてないことも。
「そっか。お金持ちにも色々あるんだね。ねえ、克也」
「うん」
「わたしたち、家庭環境とかは全然違うけど、似たもの同士かもしれないね」
「どうかな」
「ちょっと! そこは、うんって言ってよ!」
「灯里と似てると思われたくない」
「どういう意味でしょうか!? ……ん? でもわたしのこと、名前で呼んでれた?」
「そうしてほしいんだろ?」
「うん!」
そう答えた灯里の笑顔は、とても眩しかった。