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10.克也を使え/灯里を使え

 電車が家の最寄り駅に着く頃には、灯里も泣き止んでいた。

 家であるアパートまで、ふたり並んで歩く。


「お姉ちゃんにしては上出来だったよ。あんな案件、受けることないって」

「うん。けど、社長怒らせちゃって。もっとわたしがうまくやれてたら……」

「まー。お姉ちゃんが馬鹿なのは確かだけど、これは仕方ないことだから」

「あの。わたしのこと馬鹿って言った?」

「それより、これからどうする? 今日の配信でスパチャ集まった?」

「えっとね……うわすごい。五十万円くらい来てる!」

「みっぴーさんへのお香典かな?」

「それもあるけど、ほとんどは折付くん宛」

「へー」

「でも全然足りないね、お金。このスパチャも半分くらいは事務所に取られるだろうし」

「一応、スパチャ来た時点ではスタスタ所属だもんね。半分貰えるだけでも大金だけど……一億円には届かないかー」

「高いよね。ハイパーポーション」


 ダンジョン内で稀に手に入るハイパーポーションは、飲ませた者の怪我や病を完全に回復させる効果がある。

 現代の医療では治療法不明の病でも関係なく治す。


 その効果と希少性から、買うとなれば一億円は必要と言われている。

 宝箱を開けても出てくることはほとんどない。倒せばこれを確定でドロップさせると言われているモンスターもいるけど、それと遭遇すること自体がレアなこと。


 しかし灯里たちにはハイパーポーションが必要だった。

 唯一の肉親である母親が、不治の病で入院中だから。


 衛藤家の父はずっと前に事故で亡くなって、それ以来女手ひとつで姉妹を育ててきた母親。そんな苦労人の人生が、こんな風に終わるなんて絶対に嫌だった。


 けど、普通の高校生と小学生が一億稼げる仕事なんて存在しない。Dキャスターなら可能性がある。もしかしたらダンジョンでポーションが手に入るかもしれないし。


 だから始めたのだけど、このざまだ。母がいつまで生きてられるかも正直わからない。時間がなかった。


「どうする? 別に事務所にいなくても稼げはするだろうけど、個人でやることにも限界があるよ」

「良い案件とかも来ないしね。さっきバズってフォロワーがたくさん増えたのは事実だけど。これを利用しない手はないね」

「お姉ちゃんじゃ利用し切れないと思うけどね。お姉ちゃんの配信つまらないもん」

「ちょっ!? 葵!?」

「でも事実でしょ? バズったのはみっぴーさんと、折付さんのおかげ。お姉ちゃんの力じゃない」

「そうだけど……ふっふっふ。お姉ちゃんには秘策があります」

「……なに?」

「折付くんの力を借りればいいのです!」

「うまく行くかなあ……」



――――



「準備できたわよー。さ、焼きましょう」


 ホットプレートと、下処理をしたオーク肉とウサギ肉。あと、普通の焼き肉用の肉。いくらかの野菜とご飯。


 ガレージ内にある住居スペースにて、桃香と向かい合っての食事だ。


 やっぱりオーク肉は食肉用に作られた牛肉と比べると硬いけど、そこは桃香シェフの下処理のおかげで美味しく食べられるものになっている。


「それで、会長はなんて言ってたの?」


 俺のお目付け役である桃香は遠慮なしに聞いてきた。


「別に。成功のチャンスを逃すな、だってさ」



 俺が幼い頃から何度も聞いてきた、父の口癖だ。



 D-CASTの親会社は、その名もM-CASTという。父がこの動画サイトを世に出したのは、まだ高校生の時。

 当時買っていたペットの猫の姿をネットで配信したところ、大反響だった。そこに需要を見出した父は、動物の姿を配信するのを主目的とした配信サイトを作った。

 Mはモフモフという意味なんだ。


 サイトの利用者が増えて儲けが出るようになり、撮る対象がペットだけではなく人間にも拡大して、一般的な動画サイトみたいな形になってさらに成長。

 儲けた金で将来有望な会社や技術を買い取り、それを成長させる投資活動を行った結果、国内有数の巨大企業グループにまで成長した。


 父の口癖はひとつ。チャンスを逃すな。彼は儲かると感じた仕事にすかさず着手して成功者となった。


 俺にも同じようになってほしいらしい。だから、俺が高校生になったらダンジョンに潜るよう命令した。D-CASTのバイトとして働きながらチャンスを探せという意味で。


 意味がわからない。どうせ、俺を遠ざけるための理由付けに過ぎない。


 父は成功者になった結果、多忙な毎日を送っている。高校を卒業してからずっとだ。

 その立場や金を狙った女と関係を持って、生まれたのが俺。一夜の過ちってものらしい。


 結局、俺の母である女は結婚こそしたものの、すぐに他の男に目移りした。浮気の証拠を押さえられて家から叩き出されたらしい。

 今頃何をしているのか調べようもない。正直、俺は母の顔を覚えてもいない。


 父にとって親父は、一時の過ちで生まれた黒歴史。輝かしい人生についた汚点。だからダンジョンに閉じ込めた。


 俺がバズったのを知って、金に繋げられるからと連絡を取っただけに過ぎない。これを好機と見て儲けろと言ってきた。


「チャンスを逃すな、かー。具体的には?」

「衛藤灯里を使えってさ」

「なるほど」

「うまくいくはずないだろ。バズなんて一過性のブームだよ」

「では会長に反発して、指示を無視いたしますか?」

「……」

「ああ。お坊ちゃんにも反抗期が来てしまったのでしょう。それも仕方ないこと。ですがお目付け役のわたしの立場はどうなるのかしら。このご時世クビになろうものなら、この先どう生きていけば」

「ああもう! わかったから!」


 本当にこの人は。

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