1.みっぴーとあかりんのコラボ配信
「やっほー! あかりんだよー! 今日も配信見てくれてありがとー!」
自分が画面の中央に入るよう調整しながら、配信主のあかりん、衛藤灯里は配信を見ている視聴者に挨拶した。
同接数は五十ほど。普段は一桁が当たり前だから、ありがたいことだけど。
「あのね、今日はなんと!」
「はろはろー☆ みっぴーの配信に来てくれたみんなー! 今日もいっぱい応援してね!」
「うわー!?」
みっぴーと名乗った女が横から入ってきて、画面の中央から灯里を押し出し自分がそこに陣取りカメラ目線になる。
「ちょ! みっぴーさん!?」
「今日はあかりんとのコラボなのです! はい拍手ー! あかりんを見てるみんなにも、みっぴーの魅力知ってほしいな☆」
『みっぴーだ!』
『かわいー!!』
『ずっと前からファンだよ!』
『本物はオーラが違う!』
灯里の配信の視聴者たちが、みっぴーの登場に怒涛のコメントを流した。押しのけられた灯里なんて誰も見ていない。
「ちょっ! わたしの配信! わたしについてもコメントしてくださいな!」
途端にコメントの流れが止まってしまった。
そう。いつもより人がいるのは、人気配信者のみっぴーとのコラボして同時配信してるから。みっぴーのファンのごく一部がこっちに来ただけ。
「あーん☆ コメントありがとー☆ あかりんのファンも、みっぴーを好きになってね☆」
笑顔でカメラに向けてウィンク。それから配信に乗らないような小さな声で。
「このまま、あかりんが最推ですって人も、みっぴーに推し変しちゃうかもね」
灯里に囁いた。
それは困るなあ。ただでさえ少ない灯里のファンを取られるのは辛い。
「やーん。第八階層なんて初めてだから、みっぴーちょっと怖いかもー☆」
カメラ目線で愛嬌たっぷりの表情を作るみっぴーを見て、灯里はこの人のコラボを受けたのは間違いだったかもと思い始めていた。
五年ほど前。世界各地に、突如として四角い穴と地下へと続く階段が現れた。
階段の降りる先には、何層にも重なった広大な地下迷宮。
中に入った調査隊が正体不明のモンスターに襲われながらも、いくつかの貴重なアイテムを持ち帰ったという報告から、それはいつしかダンジョンと呼ばれ始めた。
国内だけでも百以上あるダンジョンを管理するのは、日本政府には荷が重い。
封鎖しようにもアイテム目当てで強引に中に入る者、いわゆる探索者が後を絶たなかった。
そこに名乗りを上げたのが、動画投稿・配信サイトを運営している国内の最大手会社。
国内すべてのダンジョン入り口の土地を安く買い上げ、ダンジョン内に電波送受信用のアンテナ設置を進めて配信が可能な環境を作り上げた上で、ダンジョン配信特化型アプリ"D-CAST"をリリース。同名の子会社を設立し、ダンジョン配信支援の業務を開始した。
探索者の中でも、アイテムの入手やモンスター撃破の様子を配信することで名を上げるのを目的としたダンジョン配信者、Dキャスターが次々に現れ世間の注目を浴び始めるのに時間はかからなかった。
Dキャスターたちは成功を夢見てダンジョンを探索する。その姿は多くの視聴に応援され、アイドルのようにもてはやされる。
いつしか皆の憧れの職業となった。
しかし全員が成功するわけじゃないのは、どこの業界も同じ。
必要に迫られ、この一年ほどDキャスターとして活動をしていた灯里は、手応えを得られない日々を過ごしていた。
自分で言うのもなんだけど顔はかわいいと思う。男性受けを狙って高校の制服姿で配信したり妹を連れてきたりしてるけど、それでも視聴者数は伸びない。
数少ないコメントによれば。
『かわいいけど、それだけ』
『ちょっとアホすぎて見てて怖い』
『スキルはレアだけど活かせてない』
『水着で配信したら見るかも』
『いや、あかりん胸なさすぎて水着でもだめでしょ』
『妹の方がしっかりしてる。そっちをメインにすべき』
などと散々な評価を受けている。悪かったな胸が無くて。あとアホじゃないから!
一方コラボ相手のみっぴーは、いつ配信しても同接五万人を割ることがないという。なんという格差社会。
「お姉ちゃん、大勢の人が見てるんだよ! 爪痕残さないと!」
「だ、だよね葵。お姉ちゃん頑張る!」
「うん! その調子!」
「えへへ」
「その締りのない顔は止めたほうがいいよ」
「はい……」
戦闘スキル持ちでボディーガードを兼ねて連れてきてる、妹の葵に言われて灯里は表情を引き締める。コメントの言うとおり。小学生なのに、姉の灯里よりしっかり者。
大人気Dキャスターとのコラボだ。たとえ事務所が灯里のスキル目当てで企画したとしても、コラボはコラボ。
見てくれる人も多い。これはチャンスだ。
「それでダーリン。どこに向かっての?」
「こっちだよ。すごい映えスポットを見つけたって投稿があったんだ。みっぴーと一緒に行きたくて」
「きゃー! 楽しみー! ダーリン大好き!」
みっぴーのボディーガード兼撮影係の男性が先導して歩く。
彼の名前はルイス。外国人っぽい名前は本名らしいけど、純日本人だ。どんな漢字なのかは知らない。
若く見えるけれど、歳は三十手前らしい。首元のチェーンネックレスや指のリングなど、シルバーアクセをつけて若作りをしている。
彼は腰に剣を携えてモンスターを警戒しながら、みっぴーにカメラを向け続けている。時折、灯里たちにもチラチラと目を向けていた。
ふたりは付き合っている。いわゆるカップル系Dキャスターだ。
このダンジョン第八階層は、細長い通路があちこちで枝分かれしている洞窟型。たまに広い空洞があるし川も流れている。滝もあったはず。SNS映えする光景があってもおかしくない。
恋人同士で撮るんだろうな。いいもん。わたしだって葵と姉妹で写真撮るもん。ネットに上げたらいいね貰えるもん。三つくらい。
「みっぴー気をつけて。前からモンスターが来る」
「あ。それわたしも思ってた」
ルイスの言葉にみっぴーが乗っかる。灯里の配信画面ではみっぴーのファンが称賛のコメントを流していた。
『さすが探知スキル持ち!』
『みっぴーすごい!』
「ちょっと! わたしの配信なんだからわたしも褒めてよ!」
『あかりんもかわいい』
「えへへー」
「お姉ちゃん、ほんと単純……」
すると進む方向から本当にモンスターが来た。と言っても弱いやつだ。洞窟ウサギ。装備があれば小学生でも狩れる。
葵がスキルで出した弓を構えたけど、必要なかった。ルイスが剣をひと振り。一瞬で倒されて安物の素材に変わる。
『さすがルイス頼れる』
『こんな彼氏ほしい!』
わたしの配信にわたしじゃない人の称賛が流れる。いいもん。悔しくないもん。
「どう? すごいでしょ?」
「そ、そうですね! ルイスさんすごいです!」
「もー! あかりんってば人の彼氏取っちゃ駄目だぞ☆」
「そんなんじゃないですよ!?」
ルイスがこっちを見てウィンクしたら、即座にみっぴーが絡んでくる。
いやいや。そんなつもりないから。ルイスは灯里から見れば年上すぎて対象外だ。
そんな調子で進んでいると、異変は突然訪れた。
「あれ? 電波が来てない?」
ルイスが手元のスマホを見て呟いた。灯里も自分の配信画面を見て圏外の表示に気づく。コメントも止まってたけど、それはいつものことだから気がつかなかった。
視聴者は今、黒い画面を延々見せられてるのだろう。
「なんでだろ。違った道に来ちゃった?」
「嘘でしょ!? しっかりしてよ!」
配信が途切れたと知った途端、人気Dキャスターのみっぴーは態度を一変させた。
さっきまでの媚びた言動が嘘だったみたいに。
「ほんっとに使えない男ね! この間抜け!」
「ごめんってば。ちょっと引き返して道を確認してくるから、みっぴーは休んでて」
「さっさと行ってきなさい!」
「わかってるよ。あかりん、葵ちゃんも、ごめんね」
「あ、はい。お構いなく……」
ルイスは灯里たちにも声をかけた。
それはいいんだけど、その視線に灯里は戸惑いを覚えた。
ルイスはさっきから灯里たちを気にかけてくれるけど、どうも視線がいやらしいというか。今も彼の目は灯里の顔ではなく、制服のスカートから伸びる足に向いていた。
「さっさと行きなさいよノロマ! あんた誰のおかげで人気出てると思ってるの!?」
「はいはい。あかりん、また後でね」
もう一度ウィンクして、来た道を戻るルイス。
後には気まずい静寂が残された。
地面にどっかりと座り込んだみっぴーは、小声で悪態をつきながら時折舌打ちしている。みっぴーの配信カメラはルイスが持っていったけど、灯里の配信は継続中。突然電波が戻ったら、まずいことになるのでは?
「あの」
「なによ話しかけないで! 底辺配信者は黙ってなさい!」
「ひえぇ……」
気遣いで声をかけたのに、これだ。彼女はなおも苛立っていて。
「なにが映えスポットよ。そんなもののために歩くなんて。ねえあんた、瞬間移動で行けないの? ワープのスキル持ちなんでしょ?」
「そんな便利なものではないんです。ワープは」
「チッ。使えないわね。だから底辺なのよ」
スキルの説明には興味ないらしい。
「お姉ちゃん」
ふと、やり取りを見るだけだった葵が灯里の肩をつついた。
「え?」
「なにか来る。向こうから」
進もうとしていた方向を指差した。
みっぴーが座っている、その先になにかいるらしい。
彼女はなおも悪態をつきながら貧乏揺すりをしていて、こっちの話に興味を示さない。
直後、大きな影が姿を表した。洞窟の通路の幅いっぱいを占めるほどの巨体。正体は不明だけどモンスターだ。
みっぴーのすぐ近くまで来てるのに、彼女は気づかなかった。
あれ? でもこの人、探知スキル持ちじゃなかったっけ。
「キシャアアアアア!」
「キャー!?」
モンスターが声を上げ、彼女はようやく気づいて悲鳴をあげた。
「みぎゃー!?」
灯里も、みっぴーの悲鳴に驚いて変な声をあげた。
「あわわわ……どうしようどうしよう!?」
「お姉ちゃん逃げるよ!」
「え! あ! うん! でもみっぴーさん助けないと!」
「わたしたちには無理!」
「おわーっ!?」
葵に手を引かれ、驚きながら灯里は駆け出す。
「た、助けて! ねえ助けて!」
ちらりと後ろを見ると、座っていたみっぴーはそのまま腰を抜かしてしまい、這うように逃げながら助けを求めた。
「お願い助けて! ねえ! 誰か! ルイス! ルイス!」
彼女のボディーガードは、彼女自身が追い払ってしまった。
「なんでよ! なんでわたしなの!? 底辺キャスターのあんたじゃなくて! 登録者数はわだっ!?」
この状況で登録者数を比べることに、なんの意味があるかは知らない。みっぴーは誇るべき数字を言う途中で、謎のモンスターの手にかかった。
鋭い何かが彼女の胸を突き刺していた。
人気Dキャスターの断末魔を聞きながら、灯里と葵は必死に逃げた。
――――
『第八層のE16番のアンテナからの通信が途絶えました。克也くん、行ってくれる?』
エアロバイクを漕いでトレーニング中の俺の耳に、管理センターのオペレーターから通信が入った。
「わかった。原因は?」
『不明です。あと、近くに配信中だった端末がふたつ。それらの配信も途切れたようです』
「アンテナが不通になったから圏外になった?」
『位置的にそう。片方は結構なインフルエンサーみたいだから早く直してあげて。ついでに安否も確認して、文句言ってるようなら謝っといてください』
「りょーかい」
クレーム処理か。気の進まない仕事だ。
機械を迅速に直して復旧させたところで、Dキャスターたちは文句を言うだけ。
ダンジョンに電波が通って当たり前に配信できているのが、こちらの努力によるものだとは微塵も思っていない。
奴らにとっては、インフラは当たり前にあるものって認識なんだろう。機械は壊れるものっていう当たり前を、なぜか理解しない連中。
ダンジョン配信支援会社の裏方仕事が報われることは少ない。今まで何度、ヒステリックな文句を受けてきたことだろう。
俺だって、やりたくてこの仕事をしてるわけではないのに。
それでも対応はしなきゃいけない。
ため息をつきながら、俺はエアロバイクを降りた。
さあ、仕事だ。
読んでくれてありがとうございます。
面白いと思ったら、ブクマや評価、いいねや感想やレビュー等いただけると助かります。よろしくお願いします。