2 ガーデンレベル1 ①
屋敷のあてがわれた部屋が僕の個室であった。
朝起きると、机の上には着替えの衣服がある。下着、長袖、長ズボン、皮のベストが一セット。探索者のもっとも基本的な服装である。そういえば、ショコラも会ったとき、同じような服装をしていた。机の脇には木剣も立てかけられている。
そういえばショコラはどうしたのだろう。弟子になれたのだろうか。
着替えていると、ドアがノックされ、ローブをきちんと着ている老執事が姿を見せる。
朝食に案内されて、コーレストと二人の食事、緊張してあまり会話ができない。メイドもローブを着た老人だ。
どうもこの老人たち、パーティーメンバーでもあるらしい。二人にしか会っていないが、全部で四人。
この四人がメイド、執事も兼ねて屋敷を管理しているようだ。
そのあとは昼食をはさんで剣の稽古である。
あれ、魔術師だよね、魔術ではなく剣……もちろん自分の中に魔力なんて感じないが、芽生えを促す修行とかは?
コーレストは魔術師でもあるが、剣も巧みである。攻撃的な流派と、守りからのカウンター的な流派と学んでいるという。
若くて、塑像のような美しさ、一流の魔術師で、剣も上手い。……モテモテなはず? うーん、老人にモテモテ……かな……この屋敷、老人しかいない。たまたまかな。
午前、午後と鍛錬をした一日の終わりはコーレストとの試合である。木剣で寸止めをしてくれるので怪我はないが、僕を殺すようなオーラをまとって踏み込んでくるので怖い。ただ、これも慣れで三回目ぐらいからは平常心で向き合えたと、思う。うん、思う。
晩御飯を食べると、もう疲れてしまって眠い。それでも暗い部屋の中で一人でいると、疑問が湧く。
なぜ、若い使用人がいないのか。一流の魔術師のようだが仕事はしてないのか。そもそもなぜ自分が声をかけられ、なぜ自分がここにいるのか。しかも自分は剣の鍛錬をしている……
疑問は湧くが、すぐに眠くなる。日々の鍛錬は、幸いなことに僕に悩む時間を与えてくれなかった。
変化は八日目にあった。
朝食のとき、コーレストが珍しく雑談を始める。
「今日は天気がいいですね。こんな日は剣の鍛錬をサボりたくありませんか」
冗談を言わないコーレストの、発言の真意がわからない。
「今日の鍛錬は散歩にしましょう」
にこやか表情で言う。
「鍛錬が散歩? 」
不審に思って問い返した。
「ええ、レベル1のガーデンに散歩に行ってはどうでしょう」
大陸には、大地や空からもたらされるダークマテリアルによって異世界が発現している。そこからもたらされる遺物によって都市は繁栄していた。まだまだ進行中である。
異世界は、タワー・ガーデン・ダンジョンと大きく三つの形態に分かれ、出来する魔獣や幻獣の強さによって攻略難度が異なる。そこは探索者がお宝を見つける空間であり、その異空間を攻略し、友好関係が結ばれると、なんと数年にわたって交易が可能になるという。
言うまでもなく、そこで見つかった遺物、あるいは輸入したものは当然高値で取引される––。
「……ガーデンって異世界ですよね。……行ったことはないのですが、僕が行っても大丈夫なんですか」
「もちろん危険ですが、たぶん大丈夫です。私は所用があって同行できませんが、ジョンとメアリーに同行させましょう。まあ、死ぬことはありません。二人に言い聞かせますから」
「えっと、この朝食を食べたあとに行くんですか? 」
「何か問題がありますか? 」
異世界は危険だ。異世界では人が死ぬことは日常である。
それなのに、コーレストってこんなに軽い人だったの? 僕の命はコーレスト所有のものではなく、僕のもののはずなんだけど。なんかコーレストに支配され………。
「大丈夫じゃ。わしたちがいるのじゃ」
ローブ姿の執事が座っている僕の後ろからコーレストの声に応える。
いつもローブを着てるね……頼りにします。
お昼のおにぎりを持ち、ふだんの木剣ではなく銅剣を装備してガーデンに向かう。
同行するのは相変わらずローブ姿の老人二人、老人だとなんか話しやすい。今まで聞きにくいかったことを聞いてみよう。
「今回のガーデンはどんなところなんですか」
ジョンが答える。
「レベル1の草原じゃ。五階層で構成されとる。まぁ、大丈夫じゃ。わしらがおる」
「使用人で若い人がいないようですが」
「わしら四人で十分じゃ。生活魔法があるから、屋敷の管理はチョチョイのチョイじゃ」
「セントディアでも有数の魔術師と聞いていますが、ほぼ家にいて、仕事はしなくていいのですか」
「年にはさからえん……引退したのじゃ。若い頃のように魔術も扱えんようになった、なぁ、メアリー」
「……ほんとうに。若い人がうらやましい」
雑談をしながら林間の道を歩いていくと、縦状に明るい場所が見える。草原だ。
「おお、ついたようじゃな。異世界に入るときは見えない膜を通り抜ける感覚があるから注意するのじゃ。」
林を抜け草原に入るときに、確かに違和感があった。この違和感が異世界への入り口––。
草原は、ただの午前中の草原だった。
「周りをよく見て、気配を感じたら、教えてくれ」
ジョンの口調が変わった。その変化を感じて、ここが異世界だとあらためてわかった。
魔獣は強くはなかった。犬のような姿をした魔獣が中心だ。たまに熊のようなのもいる。
メアリーがおにぎり大の水球で牽制したあと、ジョンがおにぎり大の火球で仕留めたり、鍛錬の実践として僕の剣で霧にしたりした。簡単ではないが、呼吸を合わせて攻撃すれば問題はなかった。野山で狩もしていたので、魔獣を殺す罪悪感も感じなかった。
魔獣を倒しながら歩いていくと階段が現れる。階段を登ると二層になるが、同じように見える草原である。それを繰り返す。
散歩は順調、おにぎりを食べて、三層の階段を登る。
トラブルが生じたのは、四層最初の魔物五体を協力して霧にしたあとだった。
メアリーが突然膝を突いた。
「すいません、魔力がきれそうです。こんなに急にくるとは……」
「それはまずい、わしもそれほど魔力に余裕はない……」
見るとメアリーは顔色も白く、暑くもないのに顔に汗がにじんでいる。ジョンも不安げな表情だ。
「ここで休憩してはどうでしょう。あるいは。回復魔術や回復薬があればどうにかなりますよね」
僕の提案にジョンが首を振る。
「休憩していても魔獣はやってくる。回復魔術はあるが、わしの魔力も、もう余裕がない…………回復薬は……もらわんかった…………」
ま、まずい。強くはない魔獣だが、それでも数が多ければ……このままだと……
「今から入り口まで戻るのは? 」
「それはたぶん無理じゃろう、ここは四層じゃ……帰り道の魔獣の多さを考えると……」
メアリーの息づかいが少し荒くなってきている。苦しそうだ。
「何か、方法は、ありませんか? 」
そう尋ねる僕にジョンが力なく答える。
「誰か、もう一人いれば助かるのじゃが、もう一人いれば……」
ほかの探索者もあたりには見えない、そもそもここに入ってから誰にもあってない! しかもここはガーデンの四層、連絡もとれないし、とれたとしてもすぐには来られない……
うつむくジョン、呼吸の荒くなり苦しそうなメアリー。
どうしたらいい。
もう一人––––もう一人……いれば……
「おおーっ!よく、来てくれた! 」
ジョンが突然声を上げる。
えっ、ジョン、急にどうした!
すぐに後ろから若い女性の声が聞こえた。
「何かお困りのようですね」
驚いて振り向くと、ローブを着た二十歳ほどの女性が立っている。外した前ボタンの隙間から黒いワンピースらしき服。フードを外しているため顔が見える。黒い髪と目尻が少し下がったかわいらしい表情、アクアマリンのような瞳。
この女性、誰?