1 旅立ち
セントディアは大陸の中でも大きな都市だった。他に行ったことがないので比べることができないのだが、めまいを起こすほどの大きさだった。
ここまで約一週間かかった。大きな街道は、昼間歩く分には安全だったし、途中の村で野宿したり川で体を洗ったりして、どうにかここまで来ることができた。
大きな門の入り口では簡単な検査があるようだ。村から来た僕は身分を証明するものがまったくなかったのでどうしたいいのかわからない。列に並んでいる間に考えようと思っていたら、あっという間に自分の番になった。
「ロンド村から来たギャレット・ミュートです。身分を証明するものがないのですが」
そう言っても門番は厳しい顔をしている。
「何をしにセントディアに来た? 」 いかめしい顔で問う。
「十五歳になったら訪ねるよう、コーレストさんという方から言われて」
そう言った途端、門番の顔つきが変わった。驚きの表情だ。
「コーレストさんがお前にそう言ったのか? 」
「はい十ニ歳ごろの話ですが……」
「通れ」
「えっ、いいんですか? 」
「コーレストさんの弟子ならば許可する」
弟子になった覚えはないのだが、無事大門を通って、都市を見渡す。
大きい。お店がたくさんあって人も断然多い。当たり前だが村とは比べ物にならない。
焼肉のいい香りがする。お金は少しだけあるのでちょっと食べてからコーレストさんの家を訪ねようかと思って、ふと気がついた。
家はどこにあるのか?
知っているのはコーレストという名前だけ。職業はたぶん魔術師。なんせ十二歳の頃に言われた話だし。どうしよう……
すれ違った人に家を尋ねたら、すぐに教えてくれた。どうも有名人らしい。魔術師コーレスト。やはり魔術師だったのか。家までの道は分かりやすかった。とりあえずすぐに訪ねてみよう。
★
街道につながっている東門は大きい。
列に並んで待っていたら、前の方から男の子の声でコーレストという名前が聞こえた。これから押しかけて弟子にしてもらおうと思っていた人だ。
国の中でも五本の指に入るという有名な魔術師。ただ、弟子は取らないという噂だった。
歩いて一日ほどの隣の町では才能があると言われた私。剣術、魔術は基礎的なものであれば習得済みである。私なら弟子にしてもらえるかもしれない。
そのコーレストの名前が出て聞き耳を立てると、どうもその男の子は彼女の弟子らしい。
そんな、、、弟子はとらないと聞いていたのに。
十五歳で取ったばかりの、町で発行されているランク1のアイデンティティーカードを見せ、急いでその男の子を追う。そいつは初めて来たのか周りをキョロキョロしながら歩いているのですぐに追いついた。
「あなた、コーレストの弟子なの? 」
ショコラは後ろから話しかけたが、ギャレットは自分に話しかけられていると気がつかない。
「お前だよ! 」
ギャレットの前に出た。
ギャレットは驚いた。いきなり女の子が自分の前に立って叫んでいる。
「何? 」
「私はショコラ。お前、コーレストの弟子なのか? 名前は? 」
「ギャレット……弟子なんかじゃないよ。十五になったら、ぜひ会いに来なさいと言われただけなんだけど」
ショコラは拍子抜けした。が、彼女が会いに来いと言うからには、それだけ、こいつは——?
「一緒に行きましょう。私もコーレストの家に用があるから」
そう言って歩き出した。ギャレットはよくわからないがとりあえずショコラについて行くことにした。
ショコラは家を調べていたのか、すぐに門に着いた。
お屋敷である。でもそれほどは大きくない。彼女は僕にベルを押すように勧める。ベルを押すと老執事の男性がすぐに出てきた。
「お待ちしておりました。ギャレットさんですね。どうぞ中へ」
自分のことを待ち構えていたようでびっくりして言葉が出ない。請われるままに中に入る。ショコラも無言でついてくる。
簡素な応接間に通されると、すでにソファーに会ったことのある若い女性が座っている。
コーレスト、会ったのは三年前だがほとんど変わっていないように見える。
立ち上がって握手を求めてきたので、なんとなく握ってみた。手を握った瞬間なんか変な感じが伝わってくる。
「待っていたわ、ギャレット。隣の方はお姉さんかしら? 」
「私はショコラ・ローズです。姉ではなく、ギャレットとは会ったばかりです。あなたの弟子になりたくてリパンの町から来ました。弟子は取らないと聞いていましたが、弟子にしてください。よろしくお願いします」
ショコラはずいと前に出て、深々と頭を下げた。
「困ったわね、弟子は取るつもりはないのに。でも、ギャレットは弟子にあたるのかしら。弟子じゃないんだけど」
独り言のようにつぶやいて、考え込んでいる。僕はどうしたらいい?とりあえずよくわからないので黙っていよう。
コーレストはしばらく考えていたが、方針が決まったらしく、
「ショコラ、ね。しばらくここで待ってもらっていい? ギャレットは私と一緒にこちらへ」
そう言って立ち上がって部屋を出て行く。僕はわからないまま黙って後について行った。
その後、二人で地下の練習場で剣の稽古を二時間ほどした。
コーレストは二つの流派を学んでいるそうで、僕の剣の実力を見たかったそうだ。農作業や野山で遊んではいたが、剣術は習ったことがない。持ち方、素振り、簡単な打ち合いなどを言われるままにした。
僕はなにしにきたのだろう。よくわからない。
三年ほど前、農作業をしているところにフードを被った五人が来た。いくら田舎の村でも格好からたぶん魔術師だろうと推測できる。一人がコーレスト、四人が老人だった。
「十五歳になったら、できるだけはやく私を訪ねなさい。セントディアに来てコーレストという名前を言えばすぐに家はわかるはずです」
僕と、わざわざ両親にも会って、それを繰り返した。
両親は喜んだ。こんな地方の村の、こんな農家の息子をいきなり都会の魔術師がスカウトに来たのだから。ただ、僕は不安と、喜びと、半々だった。魔法はまったく使えない。魔力があるようにも感じない。けれど、都会に行ける。もしかしたらお金持ちになれるかも。おいしいものももっと食べられる。
そして今、剣の稽古である。魔術師じゃないのか?
稽古が終わったあと僕はグッタリと疲れてしまい、言われるままに食事を摂り、言われた部屋で倒れるように寝た。ベッドはふかふかで、旅と稽古の疲れで泥のように眠った。
コーレストが応接間に戻ると、ショコラはやはりソファーに座って待っていた。
「お待たせしてごめんなさいね。弟子入りしたいってことはあなたは魔術師なのよね」
確認を取ると、
「それじゃあ、ギャレットのこともあるから弟子にするわ。私の代わりに、二人があなたの面倒を見ます」
そう言って扉の方を見る。視線をそちらに向けると、さっきまでは誰もいなかったはずなのに二人の老人が立っていた。
「マーガレットとマーク、二人は理論派だから、あなたの教育係にはちょうどいいと思うの」
ショコラの頬には涙が伝わった。静かに泣きながら、小さく「やったー」とつぶやいた。
「でも、ギャレットは弟子じゃないのよ。だから弟子はあなただけかも」
コーレストの言葉の意味がイマイチよくわからなかったが、自分が弟子認定だということだけを理解してショコラはうなずいた。