データ系令嬢、「ククク、私が婚約破棄される確率はたった5%……」と自信満々で夜会に臨む
邸宅の一室にて、ある令嬢が魔力で動くコンピュータに、データを入力していた。
長い銀髪で透き通るような白い肌を持ち、研究者が着る白衣を思わせる白いドレスを纏っている。高速でキーボードを叩き、自信に満ちた表情で画面を見つめる。
彼女の名はミラノア・クトーラ。自らを“データ系令嬢”と自負しており、これまでもデータを駆使して社交界を渡り歩いてきたという自負があった。
「私に最も似合うドレスは“白”とコンピュータが弾き出したわ」
「ククク、右足から歩く方が、私の美しさが23%もアップするのね」
「私が今度の社交パーティーで上級貴族とお知り合いになれる確率……79%!」
こんな具合である。
そうした努力が功を奏したのか、彼女は公爵家の令息ロディック・メイヴィアと知り合うことができ、婚約にまで至った。
彼女の父ヘンリー・クトーラがコンピュータと向かい合う娘に声をかける。
「今夜、ロディック殿と夜会に参加するそうだな」
「そうよ。この夜会の後、本格的な婚姻の話になるでしょうね」
「気をつけるのだぞ。メイヴィア家は名門中の名門、気紛れで婚約を破棄されたとしても、しがない子爵でしかない私では太刀打ちできん」
婚約は成立したが、一方的に破棄される恐れもある。油断はできないという状況だ。
しかし、ミラノアは父に微笑む。
「今、私のデータと彼のデータを全てコンピュータに入力したわ」
「ほう? 結果は?」
「私が婚約破棄される確率は……たったの5%よ!」
楽観できる数字ではないが、大きなミスがなければほぼ問題ないといえる。
「よくやった、ミラノア。どうかロディック殿と結婚し、我が家に栄光をもたらせてくれ」
「分かっているわ、お父様。データの力で彼との結婚を勝ち取ってみせる!」
公爵家と繋がりができれば、クトーラ家は更なる栄光を掴むことができる。
ミラノアは家を背負い、自信満々で夜会会場に向かうことになった。
***
夜会の会場である、とある屋敷に到着したミラノア。
ここでも自慢のデータが威力を発揮する。
コンピュータが弾き出した「自身を最も美しく魅せる歩き方」を披露する。
「周囲から歓声が上がる確率……87%」
すると、まもなくミラノアを見た他の貴族らが「美しい」「気品がある」と声を上げる。
まさにデータ通り。
データに従ってさえいれば、公爵家の令息とだって婚約できる。彼女にとってはデータこそが生きる指針であり、全てなのだ。
会場には婚約相手であるロディックがいた。
ふわりとした赤髪で、琥珀色の瞳を持ち、精悍な顔つきの好青年である。
「やぁ、ミラノア」
「ロディック様、ごきげんよう」
コンピュータに教えられた通りのフォームで挨拶をする。
これでロディック様からの好感度はさらにプラスされたはず、と内心ほくそ笑む。
「今夜は二人で夜会を大いに楽しもうじゃないか」
「そうですね」
返事をしつつ、ミラノアは会場に持ち込んでいた端末で“現在の婚約破棄される確率”を調べる。
すると、なんと『3%』に減っていた。先ほどの挨拶の効果が加味されたのだろう。
もはや私に失敗はあり得ない。ミラノアの自信はますます高まっていく。
「ワインでも飲もうか」
「はい」
ロディックに誘われ、ワインを飲む。
「アルコール度数は16%、やや高いわね」と成分を分析することも忘れない。
ワインの味は上質で、つい何杯か飲んでしまう。
やがて、夜会はダンスタイムとなった。
音楽家によって曲がかけられ、貴族の男女は誘い合って踊ることになる。
「僕たちも踊ろうか?」
「ええ、もちろんです」
ダンスタイムがあることももちろん計算済み。今日は『天女のワルツ』という曲がかけられることが分かっており、ミラノアはその曲に合わせた踊りを入念に練習してきた。これによりロディックはさらに自分に惚れ込むはず。
すなわち、婚約破棄される確率を限りなく『0%』に近づけることができる。
ところが――
「予定を変更しまして、『獅子のワルツ』を演奏いたします」
司会者の言葉に、ミラノアが動揺する。
え、ちょっと待って。データと違うじゃない。ミラノアは『獅子のワルツ』のダンスはまるで練習していない。
とはいえ知らない曲がかかっても、アドリブで踊るのが貴族の嗜みなのであるが、ミラノアは汗だくになる。
彼女はデータに頼るあまり、この「アドリブ」が大の苦手なのである。
「あうう……!」
「どうしたの? さあ、踊ろう。ミラノア」
「は、はいっ……!」
ロディックの手を取るミラノア。
『獅子のワルツ』はライオンをイメージした勇猛な曲であり、極端な話たとえデタラメでも勇ましく踊りさえすれば、それなりに絵になる。現にそうしているカップルも見受けられる。
だが、動揺しきっているミラノアは――
「ひっ! わわっ! ひええっ!」
勇ましい曲調についていけず、まともにステップを踏むことさえできない。
ロディックも心配する。
「大丈夫かい? 踊りはやめておく?」
ここで踊るのをやめたら婚約破棄される確率が上がってしまう――そう判断したミラノアは無理に踊りを続行する。
だが、平常心に戻ることは難しく、酷いダンスになってしまった。
「ふぅ、楽しく踊れたね」
「は、はい……」
ロディックのリップサービス丸出しの言葉が突き刺さる。
ここでミラノアは、再びコンピュータ端末で婚約破棄される確率を計算する。
先ほどの『3%』から変化はあるのか――
『15%』
跳ね上がっている。
ミラノアの顔に冷や汗が浮かぶ。
どうにかしてこの確率を下げねばならないが、その妙案が思いつかない。
そんな彼女に追い打ちをかける事態が襲う。
「ロディック、楽しんでる~?」
「ジェイナ!」
ロディックの腕に若い女が絡みつく。
赤毛で、まだあどけないが美少女である。
ミラノアの頭に「計算外」「データにない」「誰なのこの女」という思考が渦巻く。
ダンス失敗で狼狽した彼女の心が、さらにかき乱される。
「お、落ち着くのよ……」
ミラノアはコンピュータに、あのジェイナという女のデータも入力する。
もしも、ジェイナが恋敵になったとしたら、自分はどうなってしまうのか計算しておかねばならない。
さて、婚約破棄される確率は――
『30%』
倍になった。
もはや全く楽観できる数値ではない。
どうすれば、私はどうすればいいの。
動揺したせいか、先ほどワインを多めに飲んだこともあり、ミラノアの中でアルコールが急速に回り始める。
そして――
「んぎゃっ!」
無様にこけた。
「大丈夫かい、ミラノア!」
ロディックに支えられつつ、どうにか起き上がる。
しかし、夜会で転ぶなど、貴族令嬢としてあるまじきこと。これでさらに婚約破棄される確率が上がったことは間違いない。
それでもデータに頼るしかない彼女は、今の婚約破棄される確率を測る。
『50%』
転んだことでさらに上がった。とうとう1/2になってしまった。
もはやいつ婚約破棄されてもおかしくない。
なんとか挽回しないと――
その時、彼女にとって助け舟になる曲がかかった。
『天女のワルツ』だ。
この曲に合わせたダンスは猛練習してきた。
ここでロディックと完璧に踊れれば、逆転できる。
「ロディック様、踊りましょう!」
「ええっ? しかし……大丈夫かい?」
「はい、大丈夫です!」
とは言うものの、心配なのでミラノアは念のため“今の自分がまともにダンスをできる確率”を測定する。
『1%』
恐ろしく低い確率だった。
しかし、ここでダンスをしなければ自分は間違いなく婚約破棄されてしまう。
ミラノアは決心する。データを捨てる覚悟をしたのだ。成功確率わずか1%だが、ダンスを踊り切ってみせる。
私はデータを超えてみせるわ!
そうして挑んだ彼女とロディックのダンスの結末は――
***
ミラノアはソファに寝かされていた。
ダンスは大失敗だった。心の動揺とアルコール、さらにはデータを捨てるほどの覚悟がかえって力みを生んでしまい、ミラノアはダンスを始めてすぐにまた転んだ。
その後も懲りずに踊ろうとするミラノアに、ロディックは強めの口調でこう言った。
「休もう。今日はもう無理だ」
「はい……」
ロディックに抱きかかえられ、ソファに寝かされるという彼女からすれば最悪の結末になってしまった。
あまりにも情けなくて、あまりにも不甲斐なくて、ミラノアは涙ぐむ。
やがて、ロディックが言った。
「君に話がある」
用件は聞くまでもない。
『ミラノア・クトーラ! 君との婚約を破棄する! ダンスもまともに踊れない令嬢に用はない!』
脳裏にこんな台詞が浮かぶ。
ミラノアは覚悟を決めた。
「ミラノア、まもなく結婚する僕たちだけど、どうか無茶はしないで欲しい」
しかし、計算外の言葉をかけられた。
「君が今日の夜会、気合を入れて臨んだのは分かる。きっと僕を喜ばせたいためなんだろう。だけど、無理はしなくていいんだ。自然体の君でいて欲しい」
ミラノアにはロディックの言っていることが理解不能だった。
コンピュータの計算なら、自分は婚約破棄されているはずなのに――
「なんで……婚約を破棄、しないのですか……?」
ミラノアの言葉に、ロディックは首を傾げる。
「婚約を破棄?」
「だって、あなたは婚約を破棄するつもりだったでしょう? 5%の確率で……いえ、今は90%ぐらいになってるはず……」
「えぇっと、ちょっとよく分からないけど、僕は君と婚約してから、君との婚約を破棄しようとしたことなんか一瞬たりともないよ」
「……え」
計算外のことが次々起こる。
「じゃ、じゃあ、さっきの女性は……」
「女性? ああ、ジェイナのことか。ジェイナは僕の妹だよ。そういえば紹介してなかったね」
「妹……!」
ミラノアは婚約相手の妹すら把握していなかった。データ系令嬢を自負していながら、まさに調査不足。自分はこういう抜けているところがある、とつくづく反省する。
自分の話題になったことに気づいたのか、近くにいたジェイナが寄ってくる。
「あなたがミラノアね。兄がお世話になってまーす」
「どうも……」
「ロディックはね、あなたにベタ惚れしてるのよ。家にいる時も、いつもあなたの話ばかり。理知的で、一生懸命で、それでいてちょっとドジなところが可愛いって」
「余計なことを言うな!」ロディックが叱る。
「兄の方が、『婚約破棄されたらどうしよう』だなんていうぐらいだったんだから」
「おい、やめてくれ……」顔を赤くするロディック。
「アハハ、じゃあねー!」
兄とその恋人に気をきかせて、ジェイナは夜会に戻ってしまった。
「すまないね、妹が失礼なことを……」
「いえ……」
ミラノアは涙ぐんでいた。
しかし、それは先ほどまでと違い、喜びの涙だった。
自分が婚約破棄される確率は最初から『0%』だったのだ。
ミラノアは思わず、こうつぶやいてしまう。
「ロディック様……あなたと出会えてよかった……」
ミラノアはここにきてようやく、自分は最高の殿方と出会うことができたと思えた。
この人なら私のいい面、悪い面、ドジな面、全てを包み込んで愛してくれる。そう思えた。
「僕もだよ。僕は必ず君を幸せにしてみせる」
そう自分を見つめるロディックを見て、ミラノアは確信する。
もはやコンピュータで計測する必要すらない。
ミラノアがロディックと幸せになる確率――『100%』
完
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