7. 技術水準
才牙の前に立った嗜虐的な目の男性3人。そのうちの1人が口を開く。
「そんなナリしてきて、冒険者だぁ? オレらを馬鹿にしてんのかあ?」
意味不明な言い掛かりと、喋る口から放たれるアルコール臭に、才牙は不快感を抱いた。
そして才牙は、不快さを隠そうとしない顔で、ジロジロと目の前の3人を観察する。
「それなりに鍛えられた筋肉は及第点だが、暴飲暴食で内臓が痛んでいる顔色をしている。怪人用の素材としては不適格。戦闘員に改造しても程度が知れるか」
才牙が評価を口にすると、その意味を分かっていないまでも、男性3人は馬鹿にされていることは分かったようだった。
「んだとぉ、テメェ!」
喋りかけてきている1人が掴もうと手を伸ばしてくる。
しかし才牙は、その伸びてきた手をするりと避けると、3人の間をすり抜けるようにして通り過ぎてしまう。
そして、建物の出入口で待っていたミフォンとアテタへと近づいた。
「ここでの用事は終わった。次は町の中を案内してくれ」
「今日は依頼を受けないでいいの?」
「また後日にする。少し思惑もあるからな」
才牙とアテタが普通に会話する横で、ミフォンは拍子抜けした顔をしていた。
ミフォンの目が才牙に突っかかっていた男性3人に向けられていることから、冒険者組合でのイザコザで才牙が傷つけられることを期待していたのだと分かる。
その目の意味を、当の3人はどう受け取ったのか。それは他人からは分からないが、肩を怒らせて才牙に再び近づいてきた。
「おい、テメェ。ナメたマネしやがって!」
「カンベンならねえな!」
「そのキレイなオベベを引っぺがしてやる!」
3人の接近に、ミフォンとアテタが才牙から離れて距離を取った。
一方で才牙は、落ち着き払った様子で、男子の1人が服を掴みきるまでなにもしなかった。
「服に手をかけた暴漢だ。殴り倒しても正当防衛だ」
才牙は周囲に聞こえるように言葉を放ち、その直後に服を掴んでいる男性の顎を下から掌底で打ち上げた。
的確に脳を揺らす打ち方をされて、服に手をかけていた男性が膝の力が抜けた様子で座り込む。
別の1人に、才牙は自分から組みつきに行く。そして首相撲を行った直後、膝蹴りを相手の眉間へと叩き込んだ。
仲間2人を早々に沈められて、3人目は行動を躊躇した。
その隙を見逃さず、才牙は左足での綺麗な回し蹴りを、残る男性の首筋に叩き込んだ。
蹴りが綺麗に入って決着――かとおもいきや、意外なことに男性は持ち堪えていた。
「ぐふっ。ざ、残念だったな。魔力で身体強化した。こんな蹴りの1発や2発。ヘでもねえ」
「興味深いが、それなら本気で蹴っても死なないな」
才牙は左の足を引き戻しながら、その戻す反動を利用して右足を繰り出し、耐え残った男性の側頭部に回し蹴りを叩き込んだ。
草原でゴブリンの首を折った以上の威力での蹴り。
しかし蹴りを食らった男性は失神はしたが、首の骨は折れていないようだった。
才牙は蹴り足を戻しつつ、男性の折れていない首を興味深く見つめる。
「平均的な大人なら折れる威力のはずだが、魔力で身体強化、とやらの効果か?」
才牙が異様な耐久度へ興味を示していると、アテタがすすっと近づいてきた。
「魔力による身体強化なら、あたしもできるよ。後で見せてあげようか?」
「それはいい。未知の技術を知る事は、更なる技術の発展に必要不可欠な要素だ」
才牙とアテタが仲良さそうにしている横で、ミフォンが期待外れだったという目を失神している男性3人に向けていた。
アテタとミフォンの案内で、才牙は町の中を散策していく。その散策の中で、この転移後の世界の技術水準を確かめていく。
才牙が取得した知識によると、アゥトの町は直径2キロメートルほどの歪な円系をしている。
その町の中の行き来に使われている交通手段は、荷馬車に木製ベンチを備え付けただけの辻馬車。車輪の外周に鉄輪をはめて耐久度を上げてはいるが、軸受けに免振機構が備わっていない作りだ。
『辻馬車』とこの世界での言葉で表現はするものの、実際に車を引く動物は馬だけではない。
牛もあれば、小型化した象、大型化したバクに似た動物もいる。
才牙は初めて見る動物が気になったようだが、今日はあえて技術水準だけを注目することに意識を切り替える。
家の作りは、前に見極めた通りに、レンガ造り。頑丈な建物には焼成レンガが使われているが、平屋の家屋には日干し煉瓦も使われていた。屋根は基本的に板張りで、建物の周りに側溝がないのを見るに、アゥトの町周辺は雨量の少ない土地だと予想がつく。
住居のいくつかには、周囲に素焼きのプランターを備えたものもある。そのプランターで育てているのは、野菜や食べられる野草の類。見目だけの花を育てている様子はない。
住民が使っている食器類は、金属か素焼きのものばかり。木製のものがないのは、町の周囲が草原なので木材が手に入りにくいからだ。
金属食器も、素材の色味が冒険者証と似ていることから、混ぜ物の多い青銅製ばかり。ステンレスどころか鉄器の姿もない。鉄を作ったり形作ったりするには、大きな熱量が必要だ。草原という高効率の燃料を確保することが難しい土地では、鉄は扱い難いのだと思われる。
人々の衣服は、基本的に麻布のような植物性の布で作られている。革もあるが、汚れ防止のエプロンや、火事場で火傷防止の手袋、冒険者の鎧に使われていて、一般的ではないようだ。
「技術が低いかというと、そうでもない部分もあるな」
武器屋に目を向ければ、青銅製の武器が多く目につくものの、鋼鉄製や見たことのない金属で出来たものがある。鍛造の鋼鉄剣は作りが細やかで、地球の現代に持って行っても、コレクターズアイテムとして人気が出そうな迫力がある。才牙が見たことのない金属は、取得した知識によると、魔法で変性させた金属だという。
防具屋の品揃えはというと、こちらも鋼鉄製や魔法金属で出来たものもあるが、目を見張るのは革製のもの。人間の体に沿った作りを実現できる技術力もそうだが、多種多様な革で鎧が作られている。魔物の革であると大々的に銘打っているものもあり、むしろ魔物の革の方が他の革よりも高価だ。
そして才牙が一番興味を引き付けられたのは、道具屋の品々。
道具やの物品には、それぞれ簡単な説明ポップが置かれているのだが、その説明文が衝撃的過ぎた。
「塗れば傷が消える軟膏。飲めば魔力が回復する水薬。投げつけた相手を眠らせる砂。防御結界を作り出す杭。なるほど、原理が分からん」
才牙の目には、ワセリン軟膏、色付きの水、細かい砂、黒茶けた杭でしかない。そのため説明されている内容を胡散臭く感じてしまう。
しかし道具屋に通っている様子の客は、ごく普通に商品を購入する。それどころか『効果が高かった』などと感想を店員に告げているほど。
「セイレンジャーの腕輪も、他者から力を借りるという仕組みを再現し発展させることができた。だが、その根本的な原理原則は不明でしかなかった。この世界も、それと似たような技術があるのか」
才牙は見知らぬ技術の一端を目にし、知識欲と研究欲が刺激されていた。
その欲を満足させるためにも、先ずは情報だ。
才牙はミフォンに顔を向ける。
「お前のような魔法使いなら、これらの道具の仕組みを知っているのか?」
ミフォンが魔法を使えることは、才牙は実感と共に知っている。そして未知の技術が魔法に根差しているものだとも予想がついていた。
それらのことを複合しての質問だったが、ミフォンはしかめ面で首を横に振る。
「私のような神聖魔法を使うものが作れる道具は、この店にあるものとは別種です」
「別とは、例えばどんなものだ?」
「病魔を癒し死霊にも効く、聖水。不浄を清める、聖別した塩。病魔を追い払う、聖油もあります」
「なるほど。ではアテタなら作れるのか?」
「あたしは攻撃魔法主体で学んだから、魔法的な効力を持つ道具を作る錬金術方面は疎いの」
「錬金術。魔法を使った『科学』という認識でいいのか?」
「錬金術に詳しくないし、その『科学』っていうものは知らないから、何とも言えないわ」
「なら、錬金術を学ぶにはどうすればいい?」
「初歩を学ぶだけなら、書物で十分のはずよ。この道具屋に並んでいるものなら、才牙様なら簡単に作れるようになるんじゃないかしら。あたしに知識を入れてくれた、あの金属の筒を作ったのって、才牙様なんでしょ?」
「封入缶は科学技術であって、魔法技術で作ったわけじゃないぞ」
しかし才牙は、魔法技術と科学の融合と考えられる、錬金術に興味を抱いた。
その興味を察知したのか、道具屋の店主が糸綴じ冊子を1つ差し出してきた。
「錬金術の初歩が知りたいのなら、この冊子がお勧めだよ。料金は銀貨で5枚だ」
「銀貨で5枚か……」
才牙が得た知識からすると、大人の1月の食費と同程度。買わない手はない出費具合だが、生憎と資金を持っていない。
才牙が視線をミフォンとアテタに向けると、ミフォンはとても嫌そうな顔になり、アテタはしょうがないなと財布を取り出した。
「銀貨5枚払っちゃうと、あまり資金に余裕がなくなっちゃうけど、それでも欲しい?」
「金など稼げばいい。初歩的であろうとも錬金術を学べば、俺の頭脳をもってすれば、売れ筋の商品を作ることなど容易い」
「じゃあ、先行投資ってことで」
アテタが支払を済ませると、彼女の財布の中には銅貨が十数枚しか残っていなかった。