6. 冒険者組合
アテタの手助けもあり、才牙はアゥトの町の中に入った。
科学技術の最先端を走っていた秘密結社イデアリス。その開発改造統括責任者の目で見ると、町の技術水準は目を覆いたくなるほどの低さ。
しかし馬車が全盛期で走っている時代だと考えると、それなりの建築技術が見える町並みをしていた。
「建物はレンガ造りで二階建て。建物の窓にガラスはなく、草で編んだ戸で覆う形。大通りは土嚢施工で作ってある。なるほど、なるほど」
才牙は感心した。
建築に使われているどの素材も、近くの草原で当たり前に取れるものしかない。つまり手近な材料だけで生活の質を上げようと考えている、生活に根差した技術だ。
才牙は、その創意工夫がみられる技術に、敬意を抱いた。
そんな想いで才牙は町並みを見ていたが、唐突に視線をミフォンへと向ける。
「お前たちは『冒険者』とやらなんだよな。人からの依頼をこなしたり、ゴブリンなどの魔物を討伐して金を得る、そういった職業だな」
才牙が封入缶で取得した知識を元に尋ねると、ミフォンは嫌そうな顔ながら頷きを返してきた。
「たしかに冒険者だけど、それがどうしたわけ?」
「いや、なに。お前たちぐらいの力量で出来る仕事なら、俺なら十二分な成績を出せるだろうとな」
「冒険者になりたいってこと?」
「俺の目的のためには、冒険者になることは良い選択の1つだからな」
才牙の目的という部分に、ミフォンは疑問を抱いた様子だった。
しかし突っ込んだ部分を聞いて藪蛇になることを恐れたのか、疑問を口にはしなかった。
その代わりのように、ミフォンは先頭だって冒険者の組合が入っている建物へと案内していく。心の内に、とある企みを抱えて。
冒険者組合の建物は、町に入ってからほど近い場所に建っていた。
レンガ造りながらに3階建てで、通りに面して見えている柱には石材を使用している。
この太い石柱は、冒険者という戦う力がある物を束ねる組織らしい、威厳と威圧感を放つ効果を発揮している。
才牙は、柱を作った石工の技術力に感心を示してから、扉がなく開け放たれた状態の出入口から建物の中に入った。
入った瞬間に、鼻に微小のアルコールの臭いが感じられる。臭いのする方向を見ると、酒場が併設されているようで、冒険者と思われる男女が思い思いのグループに分かれて飲食を行っている。
真昼間からの飲酒に、才牙は冒険者という存在の程度が分かった気になる。
「社会的地位が高い職種ではないわけか」
才牙は酒場から視線を外すと視線を、ミフォン――を通り過ぎてアテタへと向けた。
「冒険者の登録はどこでやる?」
「あっちの受付よ。これが登録料ね」
アテタから銀貨を1枚受け取ると、逆に背に負っていた荷物を預け、才牙は受付へと向かう。
受付に座っているのは、50代の細面の男性。痩せ型の体型に、植物性の布で造った紳士服を纏っている。
その受付の男性職員が、才牙に目を向ける。
「今日は、どういった御用件で?」
「冒険者登録がしたい。ここで出来るんだったな?」
「はい、登録ですね。では、こちらの紙に記入をお願いします」
受付の職員が差し出してきたのは、パピルスに似た造り方の薄茶色の紙。
その紙の上には、氏名と年齢、そして扱える武器や魔法の欄があった。
才牙は封入缶で取得した知識を元に文字を思い出し、欄を埋めていく。
名前をサイガ、年齢を20歳と書いたところで、得意な武器と魔法の欄で手が止まる。
「ふむ。困ったな」
才牙は天才になるように作られた肉体を持つ。そのため、戦闘技能は軽く学んだだけで完璧にできる。だから才牙は射撃、剣術、格闘術を修めている。
しかし銃器と剣の持ち合わせはないため、欄に書くと見咎められる恐れがある。
才牙は少し考えて、徒手空拳と欄に書き込んで、紙を職員へ差し出した。
「できたぞ」
「では、拝見いたします」
職員は紙に書かれた内容を見て、意外そうに才牙を見る。
才牙は不信に感じ、理由を聞いてみることにした。
「なにか不備があったか?」
「いえ。良いお着物をお召しなので、どこかの貴族に連なる方ではないかと思っていたのですが、違うようでしたので」
才牙の格好は、目が細かく編まれた白衣と、元の世界でも目に止まるほどの綺麗な仕立てのブラックスーツだ。
職員が着る衣服を基準にして考えるのなら、とても高級そうな衣服に見えることは間違いなかった。
「俺は貴族とやらじゃないが、ちなみにその紙のどこで違うと分かったのか聞いてもいいか?」
「貴族と関係のある方は、枠外にその貴族の方の家名を書き込むのですよ。この貴族が後ろ盾にいるのだから、便宜を図ってくれと」
「実際に便宜を図るのか?」
「割の良い討伐依頼などを優先的にです」
職員の言い方は、どことなく便宜を図っているとは言い難い雰囲気があった。
「討伐依頼以外で割の良い仕事は回さないと?」
「人柄が良いお方であれば」
貴族の後ろ盾を持つ冒険者は人柄が悪いと言いたげな口振りに、才牙は面白みを感じた。
「その冒険者に目を付けられたら、面倒になりそうだな」
「下手に敵対しようものなら、貴族が出張ってくる可能性があります。お気をつけください」
「『可能性』なのか? 確実には出てこないのか?」
「貴族とて暇ではありません。後ろ盾をしている冒険者に関わる全てに出張ったりはしません」
「では、どんなときに出てくる?」
「その貴族の面子に泥を塗られたときです。例えば、後ろ盾をする冒険者が不当に扱われたときなどです」
才牙は話の内容を吟味し、頭の隅に留め置くことにした。
「それで、俺の冒険者登録は終わりでいいのか? 銀貨1枚を払うと聞いていたが?」
「少々お待ちを。銀貨を受け取り次第、登録証を作りますので」
職員は金属の小板を机の中から取り出すと、鏨で文字を彫り入れていく。才牙の名前と登録した日付のようだ。
「これが冒険者証です。なくさないよう、紐などを買って体につけるといいですよ」
「紐を通す穴がないが?」
「文字のない場所に、ご自身でお空けください」
「そんな改造をしていいのか?」
「穴を空けるのが嫌な人は、革造りの小物に入れてます」
職員の口振りからするに、冒険者証はあまり重要視されていないもののようだ。
才牙が冒険者証を受け取って手触りを確かめると、とても柔らかな合金だと分かる。
「青銅合金だが、銅の比率が低いうえに混ぜ物だらけ。なるほど、これが登録したての人が手にする証ということか」
「はい。冒険者証を功績を重ねて更新する度に、良い金属へと置き換わります」
新人の証はどう扱っても構わないが、功績者の証は改造は許されていない。そんな言葉の響きが、職員の声にはあった。
「ふむ。ともあれ、これで俺は冒険者になったわけだ。仕事の依頼を受けたりするのは、どうやる?」
「常設依頼なら、物を盛って来てくれれば、その都度に依頼達成とします。掲示板に張り出す特設依頼は、依頼書を掲示板から剥がして受付までお持ちください。そこで依頼の受付を行い、成功すれば報酬を、失敗すれば罰金となります」
「失敗で罰金は、少し厳しいんじゃないか?」
「ご自身の実力を把握し、その実力に見合った依頼を受けることは、冒険者として必須の能力です」
「その能力に見合っていない者は、罰金で身銭を切るという痛みで覚えろってことか」
才牙は仕組みを理解して、受付から離れた。
そしてミフォンとアテタのもとへ戻ろうとすると、その途中で3人の男たちに行く道を塞がれてしまった。
才牙が相手の顔を見ると、嗜虐的な目つきをしていた。