68. 次のステージへ
才牙はタラムの街の犯罪組織を撲滅した。その空いた席に、自身が新たに作った組織を宛がった。
組織の名前は『ナイ』――存在しないという意味でつけた。この名前は、仮に組織の構成員が他者に『オレらは悪の組織『ナイ』の関係者だぞ』と凄んだら、存在しない組織の構成員だという意味になるようにと、才牙の遊び心だ。
この組織の目的は、捕まえている犯罪組織の構成員たちの肉体を使い、創造のエッセンスを用いて物質や魔物を作りだすこと。加えて、タラムの街に現れた犯罪者を捕まえて、それらも製造用の献体にすること。
組織の代表者は、もちろん才牙ではあるが、表向きはドゥアニにしている。
ドゥアニは口から人を吹っ飛ばせる音圧を放つ能力を持つため、武器がない状態でも身を守る術があることが、組織の表の代表に選ばれた理由だ。
そしてドゥアニの下に、貧民区画に住む少年少女たちを付けた。思春期という常識が固まっていない状態なら、人の体を食いものにして物質を生み出す事業ですら、やがては当たり前のことと慣れると期待して。
「さて、タラムの街における、もろもろの厄介事や段取りが片付いた。その間に、組織が稼働して10日が経ったが、その成果がこれか」
才牙の目の前には、組織ナイが所有する倉庫があり、中には様々な物品が木箱に収められた状態で山積みにされている。
才牙の横には、表向きとはいえ組織の代表なのだからとスーツ姿に着飾らせた、ドゥアニが目録を手に立っていた。
「才牙さん――様の要望があった真銀硬貨を第一に生産しつつ、体力や体調が落ちている者には需要が高いものを生み出させてます」
代表者だからと変えさせた口調で、ドゥアニが報告する。
才牙は頷きを返しながら、倉庫の中を見回す。
「真銀硬貨はどの箱だ?」
「盗まれにくいよう、倉庫の奥の角に置いてあります。在庫は2箱です」
「これだけ箱があって、2つだけなのか?」
「まあ硬貨自体が小さいですし、1度に生み出せる硬貨の数が少ないですから。でも、2箱で3万枚はあります」
ドゥアニに案内されて、才牙が真銀硬貨の入った箱の中を確認すると、1箱目にはぎっしりと、2箱目には半分ほどの硬貨が入っていた。
「エッセンスドライバーを一から新造する分には足りるか」
才牙の呟きに、ドゥアニの目が才牙の腰に向く。
「ベルトにある装置を作り変えるんですか?」
「ああ。よりエッセンスから力を取り出すには、これを改造するよりも、真銀合金で作り直す方が手間がない。それに新造するのなら、科学と錬金術のハイブリッドにも出来る」
「……その口ぶりだと、もっと欲しいということですよね?」
「当然だ。あればあるほどいい」
才牙は2箱の真銀硬貨を運ぶ用意を始める。組織を構えたこともあり、タラムの街にも住居を買った。そちらの家へ運び込むことに決めている。
ドゥアニはその様子を見ながら、愚痴混じりの口調で更なる報告を行う。
「創造のエッセンスを使っている相手ですけど、衰弱が激しくてですね。あまり長く持たないかもしれません」
「食事はちゃんと与えているんだろ?」
「それはもう。才牙様がレシピを作った、あのドロドロになるまで煮込んだ小麦粉と野菜と肉のやつを、少し冷ましてから規定量与えてます」
「動けないよう椅子に縛り付けているんだ。運動消費ない分、あれで十二分に足りるよう、カロリー計算はしてあったが?」
「カロリーってのが良く分かりませんけど、多分、創造のエッセンスで物を作ると、とてもお腹が減るんじゃないかと」
「ふむっ……。衰弱とは、どのぐらいだ?」
「もう全員が、骨と皮だけみたいにガリガリです。元から痩せていた人だと、常に息が絶え絶えな状態ですよ」
「食事量を2倍にしたら、足りそうか?」
「長生きさせたいのなら3倍は必要です」
「それだと、単価の安い品物を生み出させると、収支が合わなくなるな」
「かといって希少な物を作らせると、それはそれで消費が激しいみたいですけど」
「仕方がない。とりあえずは3倍にしろ。ただし反抗的なやつは2倍にだ。格差をつけることで、多少は強力的になるはずだ」
ドゥアニは指示を書き留めてから、再び才牙に目を向ける。
「それで才牙様は、この後どうするんですか?」
「どうとは? この街のことか、それとも俺の次の行動のことか?」
「次の行動の方です」
「まずは真銀合金でエッセンスドライバーの作り直し。そして試運転。次にこの世界の次元エッセンスの取得実験。実験成功すれば、次元エッセンスと真銀合金製のエッセンスドライバーの組み合わせを試す。次元エッセンスの取得に失敗したり、真銀合金製でも負荷に耐えられないようなら、神を探し当てる準備に入る」
ドゥアニは、才牙が語る予定の最後に対して首を傾げる。
「神を探すって、どうやるんです?」
「ミフォンが使う神聖魔法は、神の力を借りているという。なら、その神の力を測定することができれば、力の元を辿れば神に行き着く。もしこの方法がダメなら、神を奉じる団体に押しかける。神の存在を見せろとな」
厚顔不遜な予定を聞いて、ドゥアニは顔をこわばらせる。
「神殿の人たちと争いを起こすってことですか!? 止めた方がいいですって。街どころか、国が敵になりますって」
「ふんっ。目的実現のためになら、国の1つや2つを相手にできなくて、どうする。俺が元の世界に帰るために必要だというのなら、神だって殺す覚悟だぞ」
「わーわー! 信心深い人が聞いていたら、それだけで才牙様は神殿に狙われちゃいますってば」
「言葉だけで敵対してくれるのなら手間がない。全力をもって屈服させてやる」
才牙の楽しみだと言いたげな顔つきに、ドゥアニはこれ以上言っても無駄だと諦めた。
才牙は大量の真銀硬貨を使い、エッセンスドライバーを新造した。
今まで使っていたものは、試作品らしい無骨かつ煩雑な造りだった。それこそ封入缶を入れるスロットも手で開け閉めする必要があったし、エッセンスを使用する際の引き金も外に剥き出しだ。
そこで改めて作るにあたり、デザインを一新させることにした。
外観は、真銀合金の綺麗な銀色と硬質さを生かした、艶めいた金属外殻にスリットが入った近未来的な造詣に。封入缶を入れる場所も、左右に1箇所ずつ、上から押し入れる方式へ。エッセンスの効果発動も音声認識化した。
内部も、エッセンスの力に負けない堅牢さを保ちつつ、科学技術と錬金術を組み合わせ、より効果的にエッセンスの効力を引き出す仕組みを組み上げてある。
この一新されたエッセンスドライバーを腰に巻き、才牙は2つの封入缶を取り出す。1つは迷宮で竜から得た竜化のエッセンスが詰まったもの。もう1つは、迷宮の黒玉から得た創造のエッセンス。
どちらも強力なエッセンスであるため、2つを同時併用して耐えきることができたのなら、新型のドライバーの耐久性は万全といえる。それこそ、次元エッセンスでも十全に扱えるようになると、机上の試算ではなっている。
「さあ、実験だ」
タラムの街の外、誰もいない場所にて、才牙は白衣の内側から2つの封入缶を取り出した。
その封入缶が新生エッセンスドライバーの2箇所に押し入れられたところで、外殻のスリットの部分が光を飲み込むほどの漆黒に変わる。この色の変化は、ドライバーが封入缶のエッセンスを認識した証。色はエッセンスが放つ輝きによって変わるため、竜化と創造のエッセンスの色が合わさった色が漆黒というわけである。
才牙はエッセンスドライバーがちゃんと動いていることを確認すると、音声認識を起動させるための言葉を口にする。
「創竜転化」
才牙の声の直後、エッセンスドライバーが唸りを上げ始め、スリットの黒い輝きが強まっていく。そして漆黒の煌めきが全身を包むほどに吹き出した。
漆黒の煌めきは才牙の身体を覆い隠すと、数瞬後にはなにもなかったかのように消え去った。
再び現れた才牙の姿は、漆黒の戦闘服姿に一変していた。
頭部のヘルメットは竜を模した形になっていて、全身が全身タイツ状の繊維で覆われている。ここまでは以前と同じだが、腕と胸元と膝から下の足に中世甲冑を思わせる装甲が追加されていた。
この姿の才牙から放たれる威圧感も、新たな戦闘服の脅威度を示しているかのように、大幅に増している。
才牙は変化した自分の姿をヘルメット越しの視界で確かめ、続いて軽く手足を突き出して動きやすさを確認した。
「ふ、ふふ、ふはははははは! 凄いじゃないか、新型は!」
才牙は右腕を引いてナックルアローの構えを取ると、必殺技の名前を口に出す。
「エッセンスナックル」
才牙が呟いた瞬間、瞬く間に右腕に漆黒の煌めきが発生し、暴力的な旋風を起こし始める。
才牙はその右腕を前方に突き出し――腕から漆黒の竜巻が発じて、前方10メートルの直線を破壊しつくした。
「素振りでコレか。本来の使い方である、相手に直撃させる方法なら、どれだけの破壊力がでるのやらだな」
才牙は必殺技の1つの効果に満足したところで、変化を解くためドライバーの両側面を叩いた。
するとドライバーから自動的に2つの封入缶が迫り出してきて、才牙の姿が白衣の物に戻った。
「エッセンスドライバーの新造は済んだ。資金も十全で、どんな物資を得る方法も確立した。これであとは、俺が元の世界に帰るために、神の力ないしはそれに準ずる強さのエッセンスを得ることだな」
才牙はドライバーから封入缶を引き抜いて白衣に仕舞うと、タラムの街へと戻っていった。
この日の後、才牙の必殺技の破壊音と破壊痕を見て、冒険者たちが下手人であろう魔法使いを探したらしいが見つかるはずはなかったのだった。
ライトノベルのコンテストに応募する作品を書くため時間が取れなくなりそうなので、ここで第1部完とさせていただきます。
再開するか、それとも別作品を書き始めるかは、未決定です。
ご理解くださいますよう、よろしくお願いいたします。
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