67. 創造のエッセンス
才牙は迷宮行を終え、そして迷宮を運営する黒玉のエッセンスを入手した。
宿に戻り、早速そのエッセンスの効能と有効活用法を探っていく。
「エッセンスを与える被検体が欲しいと思っていたところに、思わぬ収穫もあった」
才牙の部屋の中には、彼以外にもう1人の姿があった。
それは才牙の仲間の誰かではなく、まったく見も知らない中年男性が縛られて床に転がされている。
この男性は、才牙が宿の部屋に入ろうとした際に、横から襲い掛かってきた暴漢。そして恐らくは、ドゥアニたち少年少女をつけ狙っていた犯罪組織の一員だ。
猿ぐつわをされて「むーむー」言っている男に、才牙は黒玉のエッセンスが入った封入缶を押し付けると、封入缶から灰色の煌めきが発生した。
その灰色の煌めきが男の体内に入った直後、男は急に苦しみだした。
「うぐぅ、うむうううーーー!」
男が猿ぐつわで抑えられた呻き声をあげると、彼の胸元から灰色の煌めきが湧き出てきて集合し始める。
やがて集まった煌めきが形を作り始め、それはやがて1体の魔物――大爪兎の姿を作る。
才牙は生まれ出た大爪兎を素早く捕まえ、観察する。
「迷宮に出る魔物と同じようだ。少し解剖してみて、そして殺してみるか」
才牙は大爪兎を作業台に拘束すると、白衣の内側から取り出した解剖刀で切り裂き始めた。
毛皮を切り開き、筋肉を切り分け、腹を開き、内臓を腑分けしていく。
ちゃんと筋肉と骨と内臓が詰まっていることを確認したところで、大爪兎が絶命した。
命が消えた直後、大爪兎の全てが塵となって消え、跡に毛皮一片が残った。
「死ねば塵と化し、何らかの物品を落とす。これも迷宮の魔物の特徴だな」
才牙は、黒玉から得たエッセンスが迷宮の魔物を生み出すものだと結論付けようとして、少しだけ思い直す。
「あの黒い玉の役割は、迷宮の運営だ。魔物を生み出すだけのはずがないな」
才牙は顎に手を当てて考え、そして被検体の男性を再び使うことにした。
「おい。魔物以外のものを出すよう念じてみろ。上手くいけば、褒美として開放してやる」
「むぅ、むぅ」
男は自身が解剖台に置かれたモルモットと同じだと悟ったのだろう、目に『殺さないで欲しい』と懇願の感情を乗せて頷いている。
才牙は被検体の同意が得られたからと、黒玉のエッセンスを乱用しての実験を行った。
都合10度行われた再実験で、生み出されたものは、銀貨が入った小袋2つ、金貨と真銀硬貨が1枚ずつ、短剣2本、斧1本、ポーション1本、弱い魔物2体。
才牙は魔物を蹴り殺してから、実験結果を考察する。
「迷宮で手に入るものを再現可能で、魔物以外の物品については破壊しても物質として存在し続ける。ただし、それら物品を生み出すためには、目的物を作り出すのだという強い意志と、エッセンスの使用者の体力を大きく削る必要がある。そして意志薄弱となった者がエッセンスを使うと、魔物しか生み出すことができない」
才牙は黒玉のエッセンスを、創造のエッセンスと断定することにした。
そして、このエッセンスは大変に有用なものであると結論付けた。
「真銀を得るには迷宮に再び入るしかないと思っていたところだったが、このエッセンスを使えば、人間を鉱脈とすることができる」
仮に1人が1回に作れる真銀硬貨が1枚きりだとしても、何回も作らせればいい。
仮に1人が10回しか体力的に保たないとしても、何人も用意すればいい。
幸いなことに、タラムの街には貧民区と犯罪組織がある。それらの人たちが突然居なくなることはままあることだし、なにより犯罪組織は才牙と敵対中だ。犯罪者たちに遠慮する必要は欠片もない。
「人を真銀の鉱脈とするのなら、真銀以外を生み出せないようエッセンスを調整した封入缶を量産しておく必要があるな」
才牙は錬金術の本を紐解き、創造のエッセンスを用いて真銀を生み出すための魔法陣の作成に入る。
もちろん錬金術の本に、そんな方法が載っているはずもない。
だから才牙は、意思と魔力がある限り特定のものを生み出し続ける魔法陣と、真銀を変化させる魔法陣、意識を変調させる薬を作るための魔法陣を流用して、新規開発していく。
その作業に熱中しているため、創造のエッセンスで体力を搾り取られて息も絶え絶えになっている被検体は、しばらく放置されることになった。
才牙は創造のエッセンスを手に入れ、それを元にして真銀硬貨を製造するための封入缶を作り出した。
続いて行うのは、敵対してきた犯罪組織の乗っ取りだ。
やり方は簡単。犯罪組織のアジトに突撃し、出会った構成員に魔物化のエッセンスを与えて量産怪人化させるだけ。
そんな楽な作業なので、才牙1人で実行している。
「手足の1本程度は砕いても構わん。全員を無力化しろ」
「「「ギキイィ!」」」
量産怪人となった者たちが、アジトにいる者たちを制圧していく。
犯罪組織だけあり、構成員たちも武器を手に反抗してくる。しかし、しょせんは迷宮で身を立てられなかった者たちでしかない。竜やオーガのエッセンスが混じった量産怪人の前には、手も足も出ずに打ち倒されていく。
才牙は暴れる量産怪人の後についていき、死にそうになっている構成員のみ死なない程度だけの処置を行う。
量産怪人は元が構成員だけあり、アジトのどこに何があるのかが分かっている。そのため、逃げ隠れしている者たちを逃がすことはない。
それはアジトの一番奥にある豪華な部屋、犯罪組織の頭がいる場所でも同じ。
もぬけの殻に見えていた部屋の中から、頭が隠れている秘密の場所を暴き、その身柄を引きずり出す。
頭は量産怪人に床に押さえつけられながら、恨み眼を才牙に向ける。
「こんなことして、分かってんだろうな! オレらと繋がりのある組織が、お前を殺しにくるぞ!」
脅しなのか、それとも助命のためのハッタリなのか。
どちらにしても、才牙は取り合う必要を感じない。
「なら、お前が知る犯罪組織の場所を教えろ。お前と同じ境遇に落としてやる」
才牙が笑顔で告げると、頭は口を閉ざした。他の組織とはいえ、犯罪者仲間の情報は売れないというところだろう。
しかしそれは、無駄な抵抗でしかない。
量産怪人の1体が、部屋の中から書類の束を取り出して、才牙に差し出す。その書類束は、この街にある犯罪組織の名前と住所が書かれた、いわゆる住所録だった。
「不用心な――とは言えないか?」
才牙の元いた世界でも、電子機器が発達する前の時代は、台帳に住所や連絡先を書き残すことが当たり前だった。
ましてや、いまいる世界では防犯意識は高いが、それは犯罪に巻き込まれることを予防するためのもの。情報統制にまで気を配っている者は少ない。
そんなこの世界の常識から照らしてみると、犯罪組織の一覧が載った住所録は非常識とまでは言えない。
「まあいい。これを使えば人間鉱脈の量が確保できるんだ。細かいことは考える必要はないな」
才牙は住所録に目を落とし、どこの犯罪組織から潰していくべきか、そしてどれだけの人間鉱脈を確保できるかの想定に入った。
そして、この日から数日の後、貧民区にある犯罪組織は全て壊滅し、その構成員は消え去ることになる。
加えて、タラムの街の郊外にある、犯罪組織が所有していた倉庫が改築され、内側の音が外に漏れない構造になった。その倉庫には、夜な夜な人が運び込まれるや、常に閉じられている倉庫の出入口がたまたま開いたときには悲鳴が聞こえるなどという、不確かな噂が流れることになる。
再宣伝:
自分の他作品になりますが
『ホラ吹きと仇名された男は、迷宮街で半引退生活を送る』
書籍版がKADOKAWA ドラゴンノベルスにて 2月3日に発売予定です。
よろしくお願いいたします。