62. 迷宮の最奥へ
竜種をエッセンス・インジェクターの効果で手駒にしながら、才牙たちは迷宮の奥へと進んでいく。
「グオオオオオオオオオ!」
「キシャアアアアアアア!」
竜種が暴れられるように広くなっている迷宮の通路では、敵味方の竜種と竜種がぶつかり合う、才牙の元の世界にあった怪獣映画さながらの光景が広がっている。
噛みつき合い、爪を掛け合い、空を飛べる種なら絡み合いながら錐揉みして地面に落ちる。
片方の竜種が勝てば、すかさず敵の他の竜種が襲い掛かる。
そんな血で血を洗うような抗争により、敵味方の竜種が次々に絶命して消失する。
この戦いで優位なのは、やはり才牙たちの方だ。
「味方の竜の数が減ったな。じゃあ、補充するか」
才牙がエッセンス・インジェクターを用いて、新たに出くわした竜種を強制的に味方へ変える。
つい先ほどまで迷宮側の竜が変性して襲い掛かることで、不意打ち気味に他の竜種に先制攻撃を与えられる。その1撃が与えた傷で優位に立ち、その後は多少の傷を負っても、才牙が手駒にした方の竜が圧勝する。
それだけではなく、シズゥと量産怪人も活躍している。
「やるです!」
「「「オオウ!」」」
既に戦闘服姿に変化しているシズゥの号令に合わせ、生き残っている3体全ての量産怪人が動き出す。無傷で残っている敵の竜種へ攻撃を敢行し、傷を負わせていく。
「グイアアアアアア!」
竜が傷つけられたことに怒り、爪を、牙を、尻尾を繰り出す。
量産怪人たちは、その攻撃を避けてから反撃する。
そうして竜の目が量産怪人に釘付けになっている間に、シズゥが豪力のエッセンスが入った封入缶を脚に押し当て、その脚に薄黄色の煌めきを纏わせる。
「いくです!」
シズゥが駆け出すと、そのあまりのスピードに、残像を残して空間に溶け消える。
数瞬の後に姿が現れたときには、居場所は量産怪人と戦う竜の直下にあった。
「吹っ飛べです!」
シズゥが煌めきを纏う脚で蹴り上げると、彼我の質量差からするとあり得ないはずなのに、竜の方が空中へと吹っ飛ばされた。
「グイァ?」
竜が、己がなぜ空中にいるのか分かっていないような声を上げる。
その戦闘から意識が離れた隙を突くように、地上からシズゥが砲弾のような速さと力強さで跳び上がってきた。
「いただきです!」
竜の腹へと、シズゥは仮面の口元と両手のエッセンステイカーを食いつかせた。
シズゥ自身の再生の力と武器の能力により、竜はその体を吸収されて消えてしまう。
竜を倒し終え、シズゥは地面に着地する。
「ごちそうさまです。いえー、やったです!」
シズゥは量産怪人に近づき、ハイタッチでお互いの行動をたたえ合った。
才牙とシズゥたちが嬉々として戦闘を行っている後ろでは、ミフォンやドゥアニたち少年少女らは顔を引きつらせている。
「無茶苦茶じゃない」
「あ、あははははっ。夢の光景じゃないんですよね、コレ」
ミフォンが才牙たちの暴れ方に額を押え、ドゥアニは普通に生きていたのでは出会えない光景が信じられない様子。
少年少女たちに至っては、迷宮を出たいと泣きながら小さく呟いていたり、現実逃避の遠い目をしている。
精神的にショックを受けている者たちを、アテタが優しい口調で動かしていく。
「ほら、竜の素材が落ちているわよ。拾わないと」
少年少女たちは現実逃避先を物拾いに集中することに移行させつつ、才牙たちと竜たちが戦っている光景を目に入れないよう作業していく。
人間が扱いやすい大きさになっている竜の牙や爪に骨。ガラス瓶の中に収められた竜の血や肝。綺麗な一枚鱗。七色に光る珠。
こんなに迷宮の奥深くまでくる冒険者が稀なことと、素材の有効活用先が多岐に渡ることもあって、1つの素材で一軒家が買えるほど高価で取り引きされる品々。
そんなものが、少年少女たちの背嚢の中にパンパンに詰まっている。
仮に全てを冒険者の組合に売却したら、才牙たち一行は今後一生働かずに優雅に暮らせるだけの金銭を得ることになるだろう。それだけの備蓄が組合にあるかは別として。
迷宮に入る前の少年少女たちなら、そんな高額な品を手に一喜一憂したところだろう。
だがいまは、現実逃避で抜け落ちた顔で、無感情に拾っているだけ。
「迷宮から出たら、元に戻るはずよね」
アテタは困り笑顔で楽観し、才牙はそもそも少年少女たちのことを気にしていない。
ともあれ、才牙に操られて竜同士が暴れ、シズゥと量産怪人が戦い、少年少女たちが戦い終わった場所で素材を拾う光景が続いていく。
しかしやがて、ある地点を境に、竜種だけでなく一切の魔物が出てこなくなった。
才牙一行は訝しみつつも、迷宮の通路が続くからにはと、奥へ奥へと進んでいく。
そうして歩くこと、まる一日。
就寝含みの休憩を終えてから突き進んだ先で、洞窟然としていた迷宮の通路とはかけ離れた光景が待っていた。
「真っ白な、立方体上の空間とはな」
才牙は呟きながら、1辺が50メートルはありそうな真っ白な四角い空間へと進み入る。
足元の床は、見た目は白のリノリウムだが、踏んでみると耕された土のような柔らかさがある。
白い空間にある空気には、出入口以外に隙間は存在していないはずなのに、微風が吹いている。
そしてなにより部屋の中央部には、人間の頭部の位置に浮かんでいる、真っ黒なボーリング玉のようなものがある。
その玉へと才牙たちが近づいていき、あと一歩で手が触れられるという距離で、玉が輝きを放つ。
しかし光り方は優しく、才牙たちの目を焼くことはなかった。
そして玉から、合成音声のような口調の声が放たれ始める。
『ようこそ、迷宮の最奥へおいでくださいました。勇敢なる者たちよ――とお決まりの言葉に当てはまらないほど、やや卑怯な方法でしたね』
声変り直前の男性の声とも、低い女性の声とも取れる声で、玉は才牙たちの迷宮での歩みについて、そう評価してくれた。