60. 迷宮の奥深くで
竜種が出没する区域に来て、しばらく。
ここまでに迷宮の深くまで来たことで、迷宮内で出くわす宝箱の中身も良い物がでるようになっている。
それこそ、宝箱の中では最下級とされる木の宝箱の中身ですら、一掴みほどの金貨や怪我が瞬く間に治る上級ポーションが入っているほど。銅や銀の宝箱になれば、魔法が籠った物品がほぼ確実に入っている。
魔法効果が上昇する杖や、身体能力を上げる指輪など、冒険者が欲しがる物品を、才牙たちは宝箱から入手していた。
しかし才牙が求めるものは、それではない。
「真銀のコインが、ようやく出たか」
才牙が溜息を吐きながら手にしたのは、両手に乗せて余るほどの大きさの革袋の中にある、山盛りに入った真銀のコイン。
真銀合金のエッセンステイカーとエッセンス・インジェクターを作ったことで、真銀が枯渇していたため、才牙にとってはようやく手に入れられた感じが強い。
そして、竜種という魔物の強者がでる区域に入っているからには、この真銀で装備を整えることは急務といえる。
「休憩に適した場所に行くぞ」
才牙が号令を発し、量産怪人に守られながら、迷宮の中を歩いていく。
出てくる魔物はシズゥと量産怪人が倒し、ドゥアニが自身に宿ったエッセンスの力を使って迷宮の地図を作っていく。
才牙一行の人数が休める広い場所も、ドゥアニが探し当て、そちらへと進んだ。
20メートル四方ほどはある大きな洞窟空間に入り、その空間に繋がる出入口を量産怪人で塞ぐ。
そうして安全が確保できたところで、怪人以外の面々が思い思いに休憩に入る。
才牙は錬金術に使う紙と素材を取り出し、シズゥと自身が使つための真銀合金製のエッセンステイカーの作成に入る。
シズゥは戦い通しで溜まった疲労を癒すため、携帯食料を食べた後で地面に寝転がって眠り始める。
ミフォンとアテタも戦いはしていないものの、竜種という強力な魔物の圧に精神が疲弊していたので、手ごろな岩の上に身を寄せ合って座って休憩する。
ドゥアニは一緒に逃げてきた少年少女たちに近づき、震えている彼ら彼女らのケアに入った。
「そんなに怖がらなくていいって。ここまで安全に来れているんだから」
「で、でも、竜だよ。竜がでる場所だよ。冒険者でも、危ないからって来ない場所だよ」
「こ、こ、こんな場所で捨てられたら、生きて出られない」
「才牙さんはそんな事をする人じゃ――」
「そんなの分からないじゃない。だって、人間をバケモノに変えるような人なんだよ」
少年少女たちは、危険極まりない場所と信用できない才牙に、恐怖している様子だ。
ドゥアニ自身、彼ら彼女らを慰めようとしているが、場所の恐ろしさと才牙への不信感には共感する気持ちがあった。
ドゥアニはエッセンスの力を持っているが、出来るのは声の圧力を上げての吹っ飛ばしが精々。竜を倒すほどの力はない。
そして才牙の性格についても、少し恐ろしく感じている。
敵対者には容赦ないどころか、どんな相手であろうと研究素材にしか思っていないような態度がある。それこそ、才牙自身ですら研究素材として思っている節があるほど。
自他ともに分け隔てなく考えていることについては評価できるが、その考えを向けられない限りはだ。
その考えの危うさから、少年少女たちが考えてしまっているように、彼ら彼女らが使えないと判断されたら、才牙が怪人化の対象にしてくるんじゃないかと疑えてしまう。
そういった疑いの果てには絶望しかないことを、ドゥアニは察する。
恐怖から才牙に反旗を翻したところで負けるだけだし、逃げようとしたところで魔物に殺されるだけ。
迷宮から生きて出るには、ドゥアニも少年少女たちも才牙の庇護が必要不可欠だ。
だからドゥアニは、内心は白々しいと思いつつも、性根少女たちの不安を払拭しようと言葉を重ねていく。
「無事に帰ったあとの事を考えよう。竜種が残した素材もあるし、宝箱から出てきた宝物もある。才牙さんは払いを渋る人じゃないから、荷物持ちの報酬はかなりになるはずだよ」
「でも、沢山お金をもっていたら、また狙われるんじゃ……」
「大丈夫だ。別にタラムの街に居なきゃいけないって仕来りはないんだ。冒険者になって、別の場所に行けばいいんだから」
ドゥアニは必死に少年少女たちが自棄を起こさないように努め、休憩が終わるまでにはその努力が報われた。
少年少女たちは恐怖心を抱きながらも、才牙に従うしかないと納得した面持ちで、迷宮行についていくようになった。
入手した真銀で制作したことによって、シズゥは真銀合金製の短剣状のエッセンステイカー2本での双剣攻撃が可能となった。
その攻撃力の上昇により、今までよりも破竹の勢いで迷宮を進むことができるようになる。
しかしその移動速度上昇も、新たな魔物が現れるまでだった。
「とうとう、地竜がでてきたわ!」
アテタが警戒の声を出したように、通路の先に現れたのは、コンテナほどの大きさがある巨大なイグアナのような魔物。
その恐竜のような見た目に、知識があるアテタ以外、全員が驚いた目を向けてしまっている。
しかし地竜は、才牙たちを目にした瞬間、敵対する体勢に入った。
「グラアオオ!」
ひと鳴きし、柱のように太い脚を踏み鳴らしながら突進を開始。
その迫力は、突っ込んでくる大型トラックの様だ。
才牙はいち早く驚きから抜け出すと、量産怪人に命令を飛ばす。
「全力で押し止めろ!」
量産怪人が命令に従って動き、地竜を押し止めようとする。しかし真っ先にぶつかった数体が吹き飛ばされ、後続は身体に取り付くことに成功するが押し止めるまでには至らない。
それでも量産怪人たちの頑張りのお陰で、地竜の移動速度が低下。突進ではなく、歩行といえる速度になったことで、突進による蹂躙を危惧する必要はなくなった。
そうして動きが鈍った地竜の顔へと、跳びかかる影が現れる。
それはシズゥだった。
「顔面、がら空きです!」
シズゥは手に1本ずつ持ったエッセンステイカーを同時に、地竜の額へと振り下ろした。
硬い金属が切り裂かれる嫌な音がした後で、地竜の頭から血が噴き出し、シズゥの顔を汚す。
「グラアアアアアアアア!」
痛みによる悲鳴を上げて、地竜は頭を横振りする。
シズゥは変に堪えるような真似はせず、地竜の頭を蹴って跳び退いた。
このシズゥの攻撃で、地竜の歩みは完全に止まった。
ここが攻め時だと分かるのか、量産怪人たちは押さえていた手を離して攻撃に移る。
しかし、片や人間大、片やコンテナ大の体格差。
量産怪人たちが激しく攻撃しても、数撃で倒せる相手ではない。
そうこうしている間に、地竜は頭を攻撃された混乱から覚め、続いて自分を攻撃している怪人たちへと目を向けていた。
「グラアアアア!」
大口を開けて、地竜は量産怪人の1体に噛みついた。
いや、噛みついたというよりも、その大きな口で丸齧りにしていた。
齧られた怪人は、膝から上を地竜の口内に、膝から下が地面に落ちている。
「がり、ごりごり、ばきぼり」
地竜の口が動く度に、硬質なものがかみ砕かれる音が響く。
しかし地面にある膝から下の怪人の脚が人間の脚に戻った瞬間、噛む音が柔らかいものへと変化した。
変化が解けたということは、口の中にある怪人は絶命したということだ。
味方のあまりな死に方に、量産怪人たちの動きが鈍りかける。
そこに才牙の命令が飛び込んできた。
「戦う手を止めるな。攻撃し続けろ!」
絶対者からの命令に従い、量産怪人たちは賢明に攻撃を続けていく。
しかし怪人の1体が、新たに地竜の犠牲になる。今度は丸齧りされなかったが、片腕を噛みちぎられていた。
そうした怪人の被害に、とうとうシズゥが怒った。
シズゥは再び地竜に近づくと、今度は横合いから地竜の背へと飛び乗る。その手には、再建と豪力のエッセンス封入缶が握られている。
「噛んでくるのなら、噛み返してやるです。再建変化!」
シズゥは再建の封入缶を腕輪――エッセンスブレスレットへと装着。赤黒い煌めきが全身を包み、やがて赤黒い色のフルフェイスヘルメットと全身タイツ状の戦闘服姿へと変わる。
そうして姿を変えた直後、今度は豪力の封入缶の先を自身の胸元に押し当てて、薄黄色の光を全身に纏った。
「力と根性比べ、です!」
シズゥは膂力が増した腕で、エッセンステイカーを地竜に突き刺し、そしてヘルメットの口元にある開閉ギミックを動かして噛みつき攻撃を行った。
エッセンステイカーによるエッセンスの吸収と、シズゥの再建の力による肉体吸収が、地竜を襲う。
「グラギイイイイイイイイイイ!」
自身の存在が吸い尽くされる嫌悪を感じているのだろう、地竜はシズゥを振り落とそうとするように身じろぎする。
しかし豪力のエッセンスにより、一時的にだが、シズゥの膂力は増している。
多少の身じろぎ程度で、シズゥの噛みつきも突き刺した刃も離れることはない。
その後少しの時間、同じ構図が続いたが、やがて地竜は存在をエッセンステイカーとシズゥに吸収されて消滅してしまった。
エッセンステイカーだけでなくシズゥの再建の力も使ったからか、地竜が消えた痕にはなにも出なかった。
そして才牙は、なかなかな強敵の出現に、腕組みしながら思考を回していた。
「これほどの強い魔物がでてくるからには、迷宮の底は近いと見るべきだな。では前進だ」
才牙は疲労困憊な量産怪人に労い一つなく、行進の再開を命じた。
一行が粛々と命令に従って移動した先には、先ほどの地竜のような大型の魔物が暴れられるよう迷宮が作ったかのように、今までの通路が嘘だったかのような、巨大な広場が続いていた。