5. 町に入る
才牙はミフォンとアテタという配下を得たことに満足し、当初の目的を果たそうと考えた。
「二人に質問だ。このキャンプ地から人の集落まで、どのぐらいの距離がある?」
ミフォンは不服そうに顔を歪めて黙り込んだが、アテタが苦笑いを継続しながら質問に答える。
「一番近い集落――町まで歩いて2日と言ったところかしら」
「ちょっと、アテタ!?」
「黙っていても仕方がないじゃない。この人が本気になったら、あたしたちじゃ勝てないんだよ?」
「それは、そうだけど……」
2人の会話を聞き流して、才牙は町までの距離について考える。
「そこまで距離があると、あいつらは邪魔になるな」
才牙が目を向ける先は、知能が初期化されたミフォンたちの仲間たち。
歩き方すら忘れた彼らを2日間連れて歩くことは、とても重労働だ。
才牙は処分しようと解剖刀を白衣の内から取り出す。
刃物の出現と才牙の不穏な言葉に、ミフォンが慌てて止めに入った。
「殺そうっていうの!?」
「俺たちが町まで行くのに2日かかるんだろ。その間放置して、生き残れるか怪しい。なら命を絶ってやった方が慈悲深いと思うが?」
「は、話はわかるけど、でも殺さなくたって」
「別に俺としては、放置してもいいんだぞ。だが、平原に住む野生動物やゴブリンなどの手にかかったら、楽には死ねないとおもうが?」
才牙の理論的な見解に、ミフォンが必死に反論を考える。
「なら、アテタにやったみたいに、知能を戻してあげて。それで解決でしょ!」
「残念だが、そいつらを配下に入れる利点がない」
「利点って、じゃあミィは?」
「そいつは魔法使い。俺の知らない技術を持つものだ。その技術を解明するために必要だから、知能を戻してやった。だが、そこに転がっている男どもは違う」
才牙の目的と理由を知って、ミフォンは反論の糸口を失ってしまった。
それでもミフォンは助けられる理由が何かないかと探していたが、アテタが首を横に振ってみせてきた。
「やめなよ、ミィ。才牙様は、神聖魔法使いや元素魔法使いが、あたしたちだけじゃないことを知っているわ。あまり不評を買うと、切り捨てられかねないわ」
「様って……アテタ、どうしちゃったの?」
「どうもしてないわ。でもミィは約束したんでしょ。才牙様の配下になるって。なら、そう振舞わないと」
アテタの言い分はもっともで、ここで才牙に不必要と判断されれると殺されかねない。
なにせ知識を失って抵抗できない男たちを、邪魔だからという理由で、平然と殺そうとする相手だ。口答えする奴は面倒だから殺す、なんて考えに至る可能性は十二分にある。
そして殺されることになっても助けたいと思えるほどの絆を、ミフォンと仲間の男たちは育んでいなかった。
だから我が身可愛さから、これ以上の反論は口から出てこなくなった。
「もう助けてとは言わない。でも使えそうなものは回収させて」
「それぐらい待つことは構わない。ゆっくりと分かれの挨拶でもするといい」
才牙の許しを得て、ミフォンは知能を失った男たちが身に着けている物から、貨幣と換金可能な物品を取っていく。アテタも手伝い、5分ほどで作業は終わった。
作業を終えた2人が離れたのと入れ替わりに、才牙は男たちに近づいて解剖刀の刃で彼らの頸椎の継ぎ目を破壊した。
男たちの首の神経が破壊されたことで心臓が止まり、血流が滞って酸欠に陥って10分もしないで死亡する。
ミフォンとアテタは、仲間だった男たちが死ぬ姿が見たくない様子で、ずっと顔を背けていた。
キャンプ地から3日かけて、ミフォンとアテタが拠点としている町へと辿り着いた。
予定より1日多く時間がかかったのは、ミフォンとアテタの仲間たちが持っていた荷物も持ってきたための重量過多が原因。
それでも5人分の荷物を3人で運んだにしては、時間の消費はさほど多くない。
その理由は、才牙が3人分の荷物を運べたことで、女性の魔法使いで非力なミフォンとアテタの荷物の増加分が軽減されたからだ。
「でも凄いわよね。見た目は事務仕事の人みたいな痩せ型なのに」
アテタが感心したように褒めると、才牙は当たり前だと胸を張る。
「肉体の作りが常人とは違うからな。鍛えれば鍛えた分だけ強靭になるし、鍛えなくなっても筋肉も神経も衰えない特別製だ」
「羨ましいわ。あたしなんて、ちょっと運動しなかったら、すぐ息切れしちゃうようになるんだもの」
移動の3日間で、才牙とアテタの仲が急接近していた。
恋人関係というわけではなく、才牙を上に置いた仲間関係といった感じに。
その事実に、ミフォンは不満を感じている。
しかしその不満を押し殺して、移動を続けてきた。
それもこれも、町に入る際に才牙をハメようと画策しているからだ。
3人が到着した町には、外壁はないものの、周りをぐるりと堀が巡っている。堀の中には川から引き込まれた水がゆっくりと流れていて、再び川へと戻される造りとなっている。
そのため町の中に入るには、堀にかけられた橋を渡るしかない。
そして橋には番兵の姿があり、橋を渡ろうとする人たちを検問している。
この検問で、ミフォンは番兵に才牙を人殺しとして突き出そうと考えているわけだった。
とうとうミフォン達が検問を受ける番になり、ミフォンはいよいよ才牙をハメようと口を開き――言葉が放たれる前に、アテタが番兵に声をかけていた。
「はあい。調子はどう? こっちは仲間が3人死んじゃって、困ったことになったわ」
「死んだって、下手を打ったのか?」
「腕に覚えのある辻斬りみたいで、前衛3人が一瞬でやられちゃったわ。それであたしたちは魔法使いだからって、見逃されたの」
「何とも痛ましい。その辻斬りの特徴は?」
「ほんの少しの間しか見てないし、仲間が殺された衝撃が大きくて人相を忘れちゃったわ。身に着けてたものも、冒険者がよく着る感じのものだったし」
番兵はアテタの言葉を信じている様子で頷くと、視線を才牙の方へと剥ける。
「その男は見たことがないが、誰だ?」
「仲間が殺されたときに出会った人。親切にも仲間の荷物を持ってくれたのよ。あたしたちの細腕じゃ、町まで持ってくるの大変だろうからって」
アテタの説明を、番兵は頭から信じたわけではなさそうだった。
それはそうだろう。仲間が殺された直後に、都合良く荷物持ちが現れるなんて疑わしい。
しかしここで、才牙たちの見た目が良い方に――ミフォンにとっては悪い方に作用した。
殺されたミフォンの仲間たちは、3人とも前衛の男性だ。
3人の戦闘慣れした男性を殺すには、才牙の見た目は優男で力不足に映る。魔法使い2人が戦闘の援護をしたとしても、その誰もが無傷で前衛3人を殺しきることはあり得ないと感じられる。
だから番兵も、多少の疑いは残りつつも、アテタの言い分に納得した。
「了解した。そっちのお前は、冒険者か? 違うのなら、入町料で銅貨10枚必要になるぞ」
「そこは大丈夫。荷物を運んでくれたお礼に、あたしたが出すことになっているから」
「そうか――たしかに、銅貨10枚受け取った。ようこそ、『アゥト』の町に」
番兵に促され、才牙たちはアゥトの中に足を踏み入れる。
真っ直ぐに伸びる大通りの町並みは、日干し煉瓦に灰色の漆喰壁の建物が立ち並んでいた。
「ほう。2階建ての建物があるな。それなりに建築技術はあるようだ」
才牙が高評価をつける傍らでは、ミフォンがアテタを問いただしていた。
「ちょっと。なんで、あの男を手助けするような真似したの。犯罪者として突き出せるチャンスだったでしょ」
「ミィこそ、なにを言っているの。あたしたちは才牙様の手下じゃない。上役の役に立つことをするのは当然よね?」
絶望的なボタンの掛け違いが起きていることに、ミフォンはようやく気付いた。
「アテタ。本気で言っているんだよね」
「当然でしょ。才牙様こそ、あたしたちの新しいリーダーだもの」
「嘘。以前のアテタなら、あの男の所業が許せないって、自分から言うはず」
「以前はそうだったかもしれないわね。でも今は違うわ」
ミフォンは信じられない思い抱き、そしてアテタの変節の原因に思い至る。
「才牙。アテタになにしたんだ。こんなこと、言う人じゃなかったのに!」
「なに。封入缶で知識を戻す際に、ちょっとだけ細工を入れただけだ。俺に心酔するよう思考が偏向するようにな」
「なっ!? その仕掛けを、すぐに外しなさい」
「それは無理だ。この思考誘導の核は、アテタが人格を再形成する際に取り込まれた。それを外したら、再びアテタの人格が崩壊する。それでも良いというのなら、抜いてやるぞ。再び知識を入れることはないだろうけどな」
才牙の冷笑に、ミフォンは絶望顔になった。