58. 新たな魔物は竜
量産怪人を少ない頻度で犠牲にしながら、才牙たちは迷宮を進んでいく。
以前に来た地区を抜けて、さらに奥へ。
ここから、初めて出くわす魔物が現れ始める。
腐った体を持ち、倒した冒険者を食べることから死体喰らいと呼ばれている、グール。洞窟の天井に頭を擦りつけながら歩く、4メートル大の魔巨人。二足歩行する牛の化け物、ミノタウロス。筒状の腕から石の弾を発射してくる、射撃ゴーレム。
それらの魔物たちを量産怪人に動きを止めさせ、シズゥがエッセンステイカーで仕留めていく。
魔物を倒して集められたエッセンスを、才牙は回収。そしてエッセンス・インジェクターを用いて、量産怪人に新たなエッセンスを注入する。
すると量産怪人は、致命傷を受けてもある程度動き続けるタフさを得たり、体が一回り大きく変化したり、より怪力になったり、後衛から攻撃する能力を得たりした。
そうやって戦力を増強した後で、さらに迷宮の奥へ奥へと進んでいく。
やがて別の新たな魔物が現れる地区に入ったところで、アテタが言葉に恐怖を混ぜながら才牙に喋りかけてきた。
「ここから先は、冒険者が滅多にやってこない場所で情報が乏しいから、気を付けた方が良いわ」
「冒険者が来ない? どうしてだ?」
「危険だからよ。なにせここから先には――」
アテタが喋っている間に、魔物が出現した。
その魔物は、4メートル大のオオイグアナな見た目をしていた。
大きさ以外は普通の動物に見えて、才牙はこれが魔物なのかと首を傾げる。
しかしアテタは顔に恐怖の色を滲ませて、警告の言葉を放つ。
「――あれみたいな、竜が闊歩する地区だからよ」
「竜? あれがか?」
才牙が元の世界にあった竜の姿からすると、目の前のオオイグアナな魔物はみすぼらしい。
そんな才牙の評価が不服だと言いたげに、オオイグアナが大口を開ける。その口の中には、魔力の輝きがあった。
「竜の吐息、ドラゴンブレスを撃ってくるわ!」
アテタの警告に、才牙は量産怪人に命令する。
「防御力の高い個体。盾になれ」
鉄や岩の身体を持つ量産怪人たちが前面に進み出て、オオイグアナ竜と向かい合う。直後、オオイグアナ竜の口から魔力の輝きが発射され、量産怪人に命中した。
攻撃を受けた量産怪人たちは、かなりの大ダメージを受け、1体が絶命した。
死んで人間の姿に戻った亮さん怪人を見やり、才牙はオオイグアナ竜に興味を抱いた目を向ける。
「なるほど、見た目はともかくとして、攻撃方法は竜だな。中々に興味深い」
「あれは幼地竜よ。この迷宮で出てくる中では、一番弱い竜なの。それでもあんなに強力なのよ」
「並みの冒険者が危険さで尻込みするのもわかるな」
才牙はそう言いながらも、量産怪人に攻撃命令を下す。
量産怪人は人数任せに幼地竜に群がると、首と足を抱えて拘束する。
「キュイキュイ!」
『幼い』と名前についているだけあり、幼地竜の鳴き声は子供のような甲高さがある。
聞く者によっては庇護欲をくすぐられる声だが、エッセンステイカーを振り上げたシズゥには関係なかった。
「死ね、です!」
シズゥが両手に1本ずつ握った刃を、幼地竜に突き刺す。エッセンステイカーの効果が発動し、幼地竜を構成するエッセンスが吸収されていく。
しかし1度の攻撃で吸収しきれるものではなかったようで、2度、3度、4度と攻撃が繰り返される。
その間に、量産怪人は暴れる幼地竜の頭や足や尻尾によって吹っ飛ばされるが、どうにか拘束を継続していく。
そしてシズゥが10度の攻撃を終えたところで、幼地竜は塵となって消えた。消えた場所には、人の指ほどの太さと長さがある牙が1本だけ現れていた。
「しょぼい、です」
シズゥは不満そうな顔で牙を拾い上げると、才牙へと差し出した。
才牙は受け取り、シズゥの頭をご褒美として撫でる。そのとき、横から強い視線を感じた。
目を向けると、アテタが才牙の手にある牙に熱視線を送っている様子があった。
「これ、欲しいのか?」
「もちろんよ。竜の素材は、魔法を扱う者にとって、垂涎の品なのよ。粉にして薬にして良し、魔法を使う際の触媒にして良し、権力者への賄賂に良しなんだもの」
「そうなのか」
才牙は手にある牙をしげしげと見つめる。
有用な素材であることは分かった。だが、才牙は物理化学と人体改造に長じた科学者である。牙の有効活用法は、人体改造の際に組み込むぐらいしか発想がない。
そして人体改造においては、エッセンス・インジェクターがあり、そして先ほどの戦闘で幼地竜のエッセンスも手に入った。
竜の牙を用いて人体改造をするよりも、インジェクターを使って竜のエッセンスを注入した方が手間が少ない。
「錬金術の素材としても有用そうだが、これから先で何度も戦う相手だろうしな」
才牙は、手にある牙を希少とは感じられなかった。
そのため牙を、すんなりとアテタへと渡してしまう。
そのことに、アテタ自身が驚きの顔になる。
「もしかして、くれるのかしら?」
「ああ、やる。迷宮の最奥に行くまでに、別のものが手に入るだろうしな」
その才牙の感想の通りに、また魔物がやってきた。
それは先ほどと同じ幼地竜の他に、新たに人間の大人ほどの背丈でボールのように丸い身体を鈍色に光らせているゴーレムが現れた。
「あのゴーレムはアイアンゴーレム。名前の通りに体が鉄で出来ているわ」
「並みの金属では刃が立たない相手ということか。それなら、新たなエッセンステイカーの出番だな」
才牙は白衣の内側から、真新しい短剣を取り出した。
柄や鞘は既存品から流用したものだが、その刃は青白く輝いている。
その短剣を、才牙はシズゥへと投げ渡した。
「硬度と靭性を加味した真銀合金だ。よく切れるぞ」
「ありがとです!」
シズゥは持っていたエッセンステイカーの片方を鞘に戻すと、投げ渡された真銀のエッセンステイカーを握った。
量産怪人たちは、既に幼地竜の口と足を掴んで止め、丸まって転がってきたアイアンゴーレムを数体がかりで受け止めていた。
シズゥは、まず近くにあるアイアンゴーレムへと真銀合金の刃を振るってみた。
すると良く研がれた包丁で野菜を切る程度の手応えで、鉄の身体であるゴーレムが易々と切り裂けた。
この1撃が致命傷となったのか、それとも真銀合金を使ってエッセンスを奪い取る効果が高まっているのか、アイアンゴーレムは塵となって消えた。消えたあとには、手のひら大の鉄の塊があった。
「おおー! これはスゴいです!」
シズゥは真銀合金の刃の威力に感極まったように声を放つと、すぐに幼地竜へと駆け出す。そして量産怪人たちが拘束している間に、攻撃を繰り出した。
先ほどは10度の攻撃でようやく仕留められた相手だが、今回は真銀合金の刃を2度振るっただけで倒すことができた。
その事実にシズゥが喚起する一方で、今まで静かだったミフォンがここで口を開いた。
「あんなに凄い武器があるのなら、すぐに渡してあげれば良かったのに」
「手に入った真銀の量では、エッセンス・インジェクターとあの短剣を1つずつ作るのが上限だった。予備がないからには、普通のエッセンステイカーで倒せる相手に使って摩耗させるわけにはいかなかった」
この才牙の言葉は真実だろう。
なにせシズゥは双剣使いなのに、渡した真銀合金の短剣は1本だけ。才牙自身が腰に吊っている剣も、真銀合金のものには変えられていないのだから。
「宝箱の中から真銀が見つかれば、錬金術で新たに作る準備はできているんだがな」
不幸なことに、ここまでの迷宮行で見つけた宝箱の中にはなかったのだ。
「万物は求めれば求めるほどに遠ざかるものだから、仕方がないでしょ」
「元の世界で言うところの『物欲センサー』というわけか。では次に宝箱を見つけた際には、期待せずに開けるとしよう」
そんな会話を続けながら、才牙たちは迷宮のさらに奥へと入っていく。