57. 道中の光景
エッセンス・インジェクターを使い、才牙たちを襲いに来た者たちを量産怪人化した。
その量産怪人を使い、才牙たちは迷宮を踏破していく。
「フグオオオオオオオオオ!」「キシャアアアアアア!」
オークの肉体にスライムの腕を持つ怪人が、敵の魔物を腕の中に取り込んで消化する。リザードマンの身体に鱗猪の体表となった怪人が、敵を肉弾戦で倒す。
「ガアアアアアアア!」「ヒヒイイイイイ!」
一角猛牛の首から上がオーガの上半身に挿げ替えられた怪人が暴れ回り、蝙蝠の羽根が背に生えたゴブリンの怪人が空中から強襲する。
その他、40種類いる多種多様な量産怪人によって、道中の魔物たちは出会い頭に屠られる。
そうした量産怪人に守られて、才牙たちは戦闘をすることなく、迷宮を奥へ奥へと進むことができている。
「……ヒマです」
シズゥは、いままで迷宮での戦闘を一手に引き受けていたためか、量産怪人の活躍が面白くなさそう。
才牙はシズゥの不満を感じ取ると、彼女の頭に手を置いて優しく撫で始めた。
「シズゥにも働いてもらうときがくる。それまでは活躍の場を待っててくれ」
「活躍、できるです?」
「ああ。今までに出会ったことのない魔物が出てくるようになったら、エッセンステイカーの出番だからな」
才牙の説明に、シズゥの機嫌が一気に良くなる。
そんな2人の様子を、ミフォンが半目で見ている。
「傍目から見れば、いたいけな子供が悪人に騙されているようにしか見えない」
「もう、ミィってば、そう悪く見ては駄目よ」
アテタが苦言を呈してくるが、ミフォンは聞き入れない。
「この状況も問題だって。襲ってきた悪人とはいえ、こんな大勢の人を、こんな見た目にしちゃうだなんて。しかも魔物と戦うための駒として扱うなんて」
「可哀想だとは思わなくはないけど、仕方がないとも思うわよ?」
アテタが玉虫色の返答をしながら視線を送った先には、人間大の草犬に強襲鳥の翼がついただけの、弱い量産怪人があった。
その量産怪人は多数の魔物に襲われ、抵抗むなしくボロボロに。生命も断たれたようで、怪人の姿から元の人間の姿に戻り、地面に倒れ伏した。
こうした弱い怪人が倒されることが、ここまでの道中で3回あった。
しかし才牙は、死んだ怪人のことなど気にも留めてないようで、その死体を跨いで通り過ぎていく。
その光景を、ミフォンは問題視する顔で、アテタは諦めた顔で見ていた。
「才牙様にとって、全ては利用するべき物でしかないようだもの」
アテタが苦笑いと共に零すと、ミフォンは怒ったような顔を向ける。
「そう気づいているのなら」
「才牙様に忠告をしろってことなら、嫌よ。悪い事だなんて、あたしは思ってないもの」
「なっ!? 悪いことじゃない!」
「さっき言ったでしょ、全てって。才牙様の性質を考えれば、利用するのは他者だけではなく自分自身もだもの。1本筋が通っているわ」
仮に才牙が我が身可愛さで他者を虐げる人間だったのなら、アテタも同じ気持ちだっただろう。
そういった意味のことを言われて、ミフォンは咄嗟の反論が口から出なかった。
自分自身をも利用する――つまりは滅私の気持ちは、ミフォンの価値観からすれば善の行いなのだから。
「……それでも、悪い事は悪い事でしょ」
「才牙様は、自身が悪だと自覚しているわ。悪人だと自覚のある人を改心させるのは、難しいわよ?」
特に才牙のように、自ら望んで悪の領域に滞在し続けるような輩の場合、良識や良心に訴えるということはできない。悪い事をやっているという自覚はあっても、悪い行いに対する心の呵責がないからだ。
「だからって、才牙の行いを全て見逃すのは」
「ねえ、ミィ。もっと広い視点で考えてみて。才牙様って、本当に悪い事をしているかしら?」
アテタの唐突な話題の転換に、ミフォンは目を瞬かせる。そうして反応できていない間に、アテタの言葉が続いていく。
「子供の財産を狙うような悪い人や、その悪い人に雇われた落伍者たち。そんな人たちを魔物と戦う道具にして、誰が困るというの?」
「悪人でも、人を道具にだなんて」
「でも、きっと街の人たちの中には、才牙様の行いを歓迎する人もでてくるわ。悪い人たちがいなくなって、街の雰囲気が良くなったってね」
「話はわかるけど、でも……」
人間の命は善悪関係なく尊いもの。悪人だって、時を置けば改心する未来があるかもしれない。
ミフォンの人が持つ善性を信じる態度に、アテタは困り笑顔に変わる。
「ちょっと意地悪な言い方だったわね。でもね、人の行いは善に見えても悪だったり、悪だと見えても善だったり、善行をしているつもりで悪行だったりするものなの。一概に、人の行いを非難するのはいけないわ」
「才牙が人を『量産怪人』とやらに変えたのも、悪い面と良い面があると?」
「さっきは街のことを言ったけど、あたしたちだって、身の安全という利益を受けているわ」
確かに、量産怪人が戦ってくれているから、迷宮の中を雑談しながら歩くことができている。
その利益に預かっている中での批判は、確かに的外れとなってしまうだろう。
では、量産怪人の前に陣取って魔物と戦えるかというと、ミフォンは回復手段主体の神聖魔法使いであり難しい。
つまるところ批判する資格がないと理解して、ミフォンは口を噤むしかなかったのだった。
 




