56. エッセンス・インジェクター
謎の道具によって、仲間が攻撃された。
そう頭で理解できても、初めて見る攻撃に対して直ぐ行動できる人間は少ない。
ましてや、犯罪組織に雇われてしまうぐらいの、程度の低い冒険者崩れの連中となればなおさら。
その混乱が抜けきっていない間に、才牙は手の筒を何度も光らせて、次々に冒険者崩れたちを射貫いていった。
そして10秒と経たず、倒れていない冒険者崩れは、ただ1人となった。
その残った1人も、他の冒険者崩れと比べて、優秀というわけではなかった。
ただ単に、才牙が狙った順番が最後だったといいうだけだ。
「な、え、はぁ?」
混乱が抜け切れていないその男に、才牙は改めて手の筒を向ける。
しかし才牙は、倒れている男たちの数を目で確認すると、手の筒を迷宮の天井へと向け直した。
「おい、お前」
「は、はい?!」
急に声をかけられて、唯一残った冒険者崩れが素っ頓狂な声を上げる。
才牙は不快げに眉を寄せてから、続きの言葉を放つ。
「どうせ迷宮の外で、お前たちの雇い主が待っているんだろう。対応できなかったからと、救援を呼んで来い」
「え、へ?」
「助けを読んで来いといっているんだ。理解できないか?」
才牙が脅すように筒を向け直すと、その冒険者崩れは慌てて迷宮の外へと逃げていった。
傍からだと、その男に慈悲を掛けたように見えるだろう。
しかし才牙の性格を考えれば、そんなことはあり得ない。
「どういう心算?」
ミフォンが端的に尋ねると、才牙は手の筒を見せびらかすように振る。
「この新しい道具を使って、迷宮を走破してしまおうと思ってな」
「道具? 武器じゃなくて?」
真っ当な疑問に、才牙は筒をちゃんと見えるように持ちかえる。
その筒は、ハンドガンに見えもするが、発煙弾や照明弾を投射する信号拳銃の方にこそ似ていた。
銃身は2つ折りに出来る構造になっていて、才牙が銃身を折ってみせると、中からは封入缶が現れる。
「その缶があるってことは、エッセンスに関係するものだったり?」
「そうだ。これの名前は、エッセンス・インジェクター。対象に強制的にエッセンスを注入するための装置だ。今回使用したエッセンスは、様々な魔物のエッセンスを詰め込んだものだ」
「注入って、失神しているけど?」
「真銀合金を使えば、エッセンスを圧縮することが判明してな。その圧縮したものを打ち込んでいる。それを打ち込んだからには衝撃で失神するのは当然だし、そして圧縮が解凍されるまで若干の時間がかかるんだ」
才牙が弁明した直後、地面に倒れていた冒険者崩れたちの肉体が変化し始めた。
それは魔物化のエッセンスを投与されたもの特有の現象だった。
やがて冒険者崩れたちは、様々な魔物の特徴をミックスした、化け物へと変貌した。
才牙は、次々と起き上がってくる化け物たちを見て、嬉しそうな表情になる。
「インスタントに量産できる怪人としては、及第点の出来栄えだ。もっと人数を確保できれば、迷宮の奥深くまで楽に行くことが出来るようになるはずだ」
才牙が量産怪人の評価をしていると、バタバタと足音が近づいてきた。
才牙たちがいる場所は、迷宮の脇道の外れ。普通の冒険者たちが訪れる場所では、決してない。
つまるところ、先ほど逃がした冒険者崩れが仲間を呼んで戻ってきたのだ。
「ここにいま――ひっ、魔物が!?」
先ほど逃げた冒険者崩れを先頭に、30人ほどの筋骨隆々な男たちが続いている。
そしてその誰もが、量産怪人に変貌した冒険者崩れたちを見て驚いていた。
そんな人たちを見て、才牙は次の手を打った。
「おい。退路を断て」
才牙が命じると、量産怪人の1人――両腕が蝙蝠の羽根となっているオークの怪人が、その肉厚な肉体からは想像できない軽やかさで空中を飛んだ。そして、やってきた男たちの背後に着地して、完全に逃げ道を塞いでしまった。
「な、なんだ、この化け物は!?」
援護に駆けつけた男の1人が剣を手に、その蝙蝠オーク怪人に攻撃しようとする。しかし逆に蹴りを受けて、地面に転がる羽目になった。
「つ、強いぞ、こいつ!?」
混乱する彼らだが、その怪人に注目するべきではなかった。
真に警戒するべきは、エッセンス・インジェクターを向けている、才牙だ。
「手駒を用意してくれてありがとう。お前たちも量産怪人になれ」
才牙がエッセンス・インジェクターを発動させ、30人の男たちに次々と魔物化のエッセンスを打ち込んでいく。
光が命中した者がバタバタと次から次へと倒れていき、そして間を置いてから、肉体が量産怪人へと変貌する。
こうして合計40体ほどの量産怪人を手に入れて、才牙は満足げな表情になる。
「これだけ戦力があれば十分だろう。あとは――」
才牙が言葉を区切った直後に、また新たな足音が聞こえてきた。
その軽快な足音の主の姿が、すぐに見えてきた。
「もう、準備できてるです?」
現れたのはシズゥで、大荷物を背負っている。
そういえば居なかったなと、ミフォンとアテタが呟く中、才牙は微笑みをもってシズゥを迎え入れた。
「いいタイミングだ。ちゃんと食料とかを買い込んできたな?」
「もちろんなのです。とーっても重かったですよ」
シズゥは荷物を地面に降ろすと、手際よくドゥアニが連れている少年少女たちに分配していく。
問答無用な手際に、少年少女たちは何も言えず、あれよあれよという間に荷物持ちをさせられていた。
シズゥが『肩の荷が下りた』と満足な表情をする横では、合計40体の量産怪人の検査を才牙が行っていた。
「様々な魔物のエッセンスをミックスさせた状態に変化するからには、使えないのが一定数混ざると思ったが、そうでもないみたいだな」
例えば、オーガの上半身にゴブリンの脚、スライムの頭にリザードマンの胴体など、行動や呼吸に支障をきたす変化になっても不思議ではなかった。
しかし実際のところ、そういった動きや生命活動に支障をきたす変化はしていない。
たまたま運が良かっただけなのか、はたまたちゃんと動けるように自動的に変化する性質があるのか、才牙は興味を持つ。
しかし才牙は、その実証をする場面ではないと、気持ちを入れ替えた。
「さて、戦力は十分だ。この1回の迷宮行で、迷宮を走破するとしようじゃないか」
才牙は高らかに宣言すると、量産怪人に命じて通路を先へと進ませていく。その後ろを才牙が、そしてシズゥを始めとする仲間たちが続いて歩いていく。
50人規模の大所帯だ。迷宮の特性から、魔物が挙って集まってくる。
しかし迷宮の浅い層ということを抜きにしても、40体もいる量産怪人の敵ではなかった。
「グオオオオオオ!」「グキイイイイイイイ!」
様々な雄叫びを上げて、量産怪人がその手足で次から次へとやってくる魔物を駆逐していく。
まさに鎧袖一触な感じで屠っていくため、楽々と道を進んでいける。
「ふむっ。やはり最初からこうするべきだった――いや、タラムの街に来た際に真っ先に犯罪組織の1つを潰し、怪人の素体を確保するべきだったな」
才牙は独り言で反省の弁を呟いているが、その内容は悪の秘密結社の幹部らしい、人の命などなんとも思っていないものだった。