55. 合流して
才牙が真銀合金の研究を一区切りつけ、その成果を1つ形にしたところで、ミフォンに連れられてきたドゥアニたちが宿屋に転がり込んできた。
走り続けて逃げてきたドゥアニたちは、宿屋の食堂で水を何杯もがぶ飲みする。
その光景の中に、才牙が部屋から出てきて入ってきた。
「無事に逃げきれたようだな」
才牙が無感情な声で告げると、ミフォンが非難めいた目を向けてくる。
「こうして逃げてきたんだから、ちゃんと匿ってくれるよね?」
「ああ、約束だからな。まあ、匿うとは少し違うだろうが」
才牙が意味深な発言をすると、なぜか宿屋の主人が食堂に現れた。そして大変申し訳なさそうな表情で、才牙に声をかけてきた。
「お客さんは、その子供たちの関係者で?」
「ああ、そうだが。それがどうした?」
「であるのでしたら、この宿から退去して頂けませんか」
唐突な宿屋の主人の要求に、ミフォンもドゥアニたちも驚いた眼を向ける。
しかし才牙には驚きはない。
どうして才牙が驚かないのかについては、遅まきながらに合流したアテタが理由を語る。
「才牙様が予想していたとおり、宿の主人に荒くれ者が接触して、なにか吹き込んでいたわよ」
アテタの言葉に、ミフォンとドゥアニたちが問い詰める視線を宿の主人に向けた。
「……そうです。あの連中に脅されているんですよ。貴方たちを追い出さなければ、宿を滅茶苦茶にしてやると」
宿屋の主人にしてみれば、街に住む荒くれ者たちの方の関係性を、一時的に宿を利用するだけの客よりも重要視したいらしい。
それもそうだろう。客の不評は一時的なものだが、荒くれ者に敵視されたら街で宿を商う限り一生涯に渡って悪影響が出るのだから。
そういった理由が分かるため、才牙は宿の主人を非難しなかった。
「事情は分かった。だが荷物をまとめる時間が必要だ。今すぐにとはいかないぞ?」
「それは分かっております。従業員総出で、出立のお手伝いさせていただきますから」
宿の主人は少しでも早く出ていって欲しいらしく、強硬な姿勢を崩さない。
ここまで言われると誰でも不愉快に感じそうだが、才牙の表情は通常と変わらないままだった。
「用意を手伝ってくれるのは有り難いが、俺の部屋にあるものは専門性が高い。余人の手に触れさせると、災いが起こるかもしれない。俺の指示通りに動くことが条件だぞ?」
「それはもう、はい。指示通りに致しますので」
ということで、才牙は宿屋の従業員に指示を出して、手早く荷物の片づけと出立の準備を終わらせてしまった。
問答無用といった感じで、才牙たちは宿屋を追い出された。
では次の宿を取ればいいかというと、そうはいかない。
「他の宿も、俺達が泊まることを拒否するだろうな」
犯罪組織の構成員たちが手を回して、そうしているに違いないのだから。
「なら、どうするわけ?」
ミフォンの冷たい視線での問いかけに、才牙は気にしなくていいと身振りする。
「ちょうど研究がひと段落ついたところだったんだ。人手が向こうからやってくるのならば、手間がなくていい」
意味不明な意見に、ミフォンとアテタだけでなく、荷物を持たせられているドゥアニたち少年少女も首を傾げている。
才牙は、その疑問を放置し、とある場所へと向かって歩き出す。
向かう先にあるのは、迷宮の出入口だ。
明らかに迷宮に入ろうとする才牙の動きに、ドゥアニが待ったをかける。
「迷宮に入って追手から逃げるのはできませんよ。犯罪組織の構成員の多くが、形だけでも冒険者になっていることが多いですし」
「そうなのか?」
ドゥアニが語ることによると、構成員の下っ端の多くが冒険者崩れなのだそうだ。闇金での借金を帳消しにする代わりに組織に入れられたり、冒険者同士のイザコザから罪を犯して組織に入ったりするらしい。
それだけでなく、表の身分を得るために、冒険者組合に登録している者も多いという。
「組合は取り締まらないのか?」
「迷宮に入ろうっていう命知らずは、どうしても荒くれ者が多くなりますから」
犯罪者とそうでない者の分別が難しいため、組合は登録については見て見ぬふりをするしかないのだそうだ。
もちろん、組合だって無策じゃない。
登録した冒険者が罪を犯せば、懸賞金を提示してでも討伐に乗り出してくる。
「過去には、その討伐で犯罪組織が1つ、冒険者たちの手で壊滅させられたという噂があるぐらいです」
「つまり、俺達を襲おうとするやつらは、捨て駒の使い捨てってわけか」
「役目を終えたら街の外に逃げるのかもしれませんけどね」
才牙が元いた世界と違い、この世界には戸籍というものがない。
だから街を捨てて外へいき、名前を変えて別の場所に入ってしまえば、犯罪者だと証明することが難しくなるらしい。
「似顔絵付きの手配書が出されても、新天地で真面目に暮らしていれば、他人のそら似と判断されることも多いわよ」
とは、アテタの注釈だ。
才牙が、この世界の犯罪者事情に疑問を抱いていると、向かう先を塞ぐように男性が10人ほど現れた。
見るからに、一山いくらで雇われましたと言わんばかりの、食い詰めた冒険者の風体をしている。
「おい。ちょっと顔か貸せよ」
その要求に、才牙は言葉ではなく仕草で、迷宮の中で話を聞くと告げる。
才牙がそのつもりならと、男たちは一度才牙たちを先に通してから、その逃げ道を塞ぐように後ろについていく。
そうして一行が迷宮に入り、そして順路から外れた脇道の奥へと向かう。
やがて辿り着いた行き止まりで、ついてきた男たちが再び声をかける。
「おい、俺達の言いたいことはわかるよな」
問いかけとも脅しともとれる言葉を受けて、才牙が1人で前に出る。
行き止まりの壁際に仲間を置いて、男たちと正面切って向かい合う、その姿。
犯罪組織に雇われた男たちの目には、才牙が自己犠牲で仲間を守ろうとしているように見えたことだろう。
才牙の性格を知っていれば、そんなことはあり得ないと判断できたに違いないが。
「そっちの用件は分かっている。だが先に、こちらの用件を済ましてしまいたい」
才牙が言いながら手を伸ばしたのは、白衣の内側。
男たちが武器かと警戒する中、才牙が取り出したのは1つの筒。
指2本分と長さがある筒の根本には、手で握るための持ち手と、指をかける金具がついている。
一見すると武器に見えないその見た目に、男たちは警戒を解く。
そうして無警戒となった男たちの1人に向けて、才牙は筒の先を向け、そして金具を指で引いた。
筒の先から光が出て、その光が狙っていた男の眉間に命中し、その男は仰け反って地面に倒れたのだった。